第17話 最高位

《side第三者視点》


 暗闇の中に浮かぶ廃墟の広間。


 巨大な裂け目から冷たい月光が差し込み、廃れた空間が薄青く照らし出されていた。静寂が支配するその場に、次々と現れたのは、他ならぬ八体の鬼妖魔たち。


 彼らが顔を合わせることはめったにない。存在そのものが厄災と呼ばれるほどの彼らが一堂に集まるとき、それは重大な変化の兆しを意味していた。


 まずは、炎に包まれた「焔鬼」が口元に冷笑を浮かべ、辺りに不気味な温かみを漂わせた。彼の身体からは黒い炎が湧き出しており、見る者に激しい熱気を感じさせる。


「新たな存在が生まれるというのか? 面白い…だが、俺が支配する焔の領域を侵すような真似をするなら、すべてを焼き尽くしてやるまでだ」


 焔鬼の言葉に冷たく応じたのは、「霧姫」。彼女の身体は薄青い霧に包まれ、影のように溶け込んでいる。その霧が舞い上がると、周囲の温度が一気に下がる。


「力を持つ者が増えるのは結構なことだけれど、目障りな争いが増えるなら面倒ね。私の霧の領域に触れるようなら、その者も霜と化すまで」


 霧姫の声は冷たく、表情には一切の感情が浮かんでいなかった。その冷徹な眼差しは焔鬼さえも一瞬怯ませるほど。


 広間の隅からくぐもった笑い声が響き、霧姫の言葉に答えたのは、薄暗い影に溶け込むように浮遊している「影喰らい」だった。影喰らいは幾つもの眼球が浮かび、周囲を見渡すかのようにして、楽しげに囁く。


「いいなぁ〜、彫刻も悪くない。だが、俺なら影ごと呑み尽くして、存在そのものを闇に消し去るかもしれんがね」


 彼の言葉には、楽しげな狂気が含まれており、他の鬼妖魔たちを不快にさせるほどの不気味さが漂っていた。


 その不気味な笑い声をかき消すように、大地を揺らすような重い足音が響く。巨大な体躯を誇る「獄牙」だ。彼は全身が鋼の鱗で覆われ、筋骨隆々とした姿が他の鬼妖魔たちを圧倒する。


「影だの霧だの、そんなものは小細工だ。俺ならば、そいつと真っ向勝負して、その力を叩き潰すまでよ」


 獄牙の言葉には、ただ力だけを信じる彼の自信が溢れていた。しかし、彼の豪快な態度に不満そうな表情を浮かべたのは、「地震」だった。


「力比べだと? そんなくだらないことを…この世界が壊れるほどの破壊をもたらす力を見せてくれる者なら、その崩壊の美しさを楽しませてもらうまでだ」


 地震は一歩踏み出すと、地面が激しく震え、周囲の建物にひびが入った。大地そのものを操るかのような彼の力に、他の鬼妖魔たちも一瞬たじろぐ。


 その様子を静かに見つめていたのは「虚無」だった。彼の瞳は他の鬼妖魔とは異なり、冷たい光を放っている。その目には、誰にも計り知れない暗黒の深みが宿っていた。


 虚無は無言で仲間のやり取りを見つめるだけで、口を開こうともしない。ただ、その瞳が新たな存在に対してどこか冷淡な期待を込めていることは明らかだった。


 その様子を眺めていた「屍操り」がくすりと笑みを漏らした。彼の体は朽ち果てた肉と骨で構成され、不気味な臭いが漂っている。


「さすが、静かだな、虚無。だが、強力な者が生まれるなら、その死体をも再利用してやる。何せ、新たな屍も多くなるだろうからな」


 屍操りの言葉は嫌味に満ちており、他の鬼妖魔たちを冷たく見下すような視線を向けていた。


 最後に姿を現したのは、青白い光を放つ「袁煕エンキ」だった。彼の存在はまるで死者の魂そのものであり、薄らと不気味な笑みを浮かべていた。


「新たな力が生まれるなら、自然の流れに過ぎない。ただし、それがこの世界をさらに歪めるなら、俺は喜んでその眺めを楽しむまでだ」


 鬼火の声にはどこか無感情な響きがあり、彼の存在が持つ異質な力を感じさせた。


 八体の鬼妖魔がそれぞれ異なる思惑を抱えながら、冷たい視線を交わす。そして、まるで互いに競い合うように、その冷笑を浮かべていた。


 彼らが言葉を交わしながらも、お互いの存在をどこか忌み嫌い、しかし認め合っているという奇妙な関係がそこにはあった。


 言葉の裏には互いの力量を測り合い、いつでも牙を剥く用意がある冷ややかな緊張感が漂っている。


 やがて、沈黙が再び広間を支配する。


 その場に集った鬼妖魔たちは、次なる厄災がもたらすであろう破壊の光景を胸に思い描きながら、それぞれの領域へと静かに消え去っていった。


 彼らの後には、ただ冷たい静寂が残るだけだった。

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