第18話 道

《side朝霧拓真》 


 あの日から数日、俺は学園の中で氷結先輩の姿を追い続けていた。


 あの圧倒的な力、そして「闇に近づけばいい」という冷たい言葉。どうしても、その言葉の意味を知りたくて、彼女の後ろ姿を目で追い続けてしまう。


 氷結先輩は、誰もいない時間を見計らうようにして、学園のあちこちを歩いている。まるでこちらの存在を察しているかのように、彼女の動きには隙がない。


 それでも、なんとか遠くから尾行を続けていると、いくつかの場所を巡る彼女の様子が徐々にわかってきた。


 たとえば、学園の中でも人がほとんど足を踏み入れない古びた塔の前で立ち止まることがある。高くそびえるその塔は薄暗く、重厚な鉄の扉で閉ざされているため、生徒が入ることは許されていない場所だ。


 氷結先輩はしばらくその扉の前に佇んで、何かを考えている様子だったが、すぐにその場を去っていく。


 彼女がどこに向かうのかを見届けようとして、つい近づきすぎた瞬間、先輩がふとこちらに視線を向けた気がして、俺は慌てて影に隠れた。


「……」


 鼓動が一気に速くなるのを感じる。冷や汗が背中を伝い、息を潜めた。俺が尾行していることを、先輩は本当に気づいているのかもしれない。


 それでも、数日間の調査を続けたことで、俺の中にあの日の戦いで見せた彼女の力への憧れが膨らんでいく。氷結先輩があれほどの強さを手に入れた理由は、ただの訓練や努力だけではない気がした。


 強くなりたい。それも、彼女のように、誰にも負けない圧倒的な力が欲しいと、心の奥で切望するようになっていた。


 そんな俺の変化に気づいたのは、やはり真だった。


 昼休み、俺が一人で考え込んでいると、真が近づいてきた。


「拓真、最近おかしくないか?」


 唐突な問いかけに、俺は一瞬驚いて顔を上げた。真の視線はいつもと違い、何かを見透かすような鋭さがあった。


「……なんのことだよ?」


 とぼけたつもりだったが、真は顔を近づけてさらに問い詰めるように言った。


「隠したって無駄だ。お前、この前から氷結先輩のことをずっと追ってるだろ?何があったんだ?何か俺に話せない理由があるのか?」


 その視線に、俺は嘘をつけないことを悟った。真とは幼い頃から一緒に育ち、互いに隠し事ができない仲だ。特に、真の勘は鋭い。何か異変があれば、すぐに察知してしまう。


 俺は小さくため息をつき、目を逸らしながら静かに口を開いた。


「真……俺、強くなりたいんだよ」


 その言葉に、真は黙り込んだ。そしてしばらくして、静かに答えた。


「それはわかるよ。でも、どうして氷結先輩を尾行することが、強くなることに関係するんだ?」


 俺は真の顔をじっと見つめ、あの日の戦闘のことを思い出しながら言葉を紡いだ。


「あの日、俺たちは妖魔の前で何もできなかった。無力で、ただ圧倒されるだけだったんだ。でも、氷結先輩は違った。あの先輩は、俺たちには到底できないような圧倒的な力で妖魔を粉砕した」


 真は俺の話を黙って聞いている。その瞳には、少しばかりの不安が浮かんでいた。


「俺も、あんな風になりたいんだよ。誰にも負けない強さが欲しい。仲間を守るために、あの力が必要だと思ったんだ」


 真は俺の言葉を静かに受け止め、少し視線を落とした。


「でも、それって本当に“強さ”なのか? 氷結先輩の力は確かにすごいけど、彼女があの力を手に入れるために何を犠牲にしたか、考えたことがあるか?」


 その言葉に、俺は返事ができなかった。確かに、あの冷たい視線や言葉がただならぬものを感じさせた。真の言う通り、氷結先輩があの強さを得るためには何か大きな代償があったのかもしれない。


 だが、それでも俺の心の中には、どうしてもその力を求める気持ちが消えなかった。


「わかってる。でも、俺は強くなりたいんだ。それがどんな代償を伴うとしても」


 俺の言葉に、真は深いため息をついた。そして、少し悲しそうな表情で俺を見つめる。


「拓真、お前がそんな風に力を求めるなんて……ちょっと心配だよ。だって、お前はそんな冷たい奴じゃないだろ?」


 俺は言葉を詰まらせた。真の言葉が心に突き刺さる。俺は自分が力に取り憑かれ、冷徹な道に進もうとしているのか?その疑問が頭をよぎったが、すぐにかぶりを振って否定した。


「違うんだ、真。俺は……ただ、あの力を手に入れることで、皆を守りたいんだ」


 真はその答えに、複雑な表情を浮かべた。そして、ゆっくりと頷いた。


「……わかった。でも、拓真、約束してくれ。力を手に入れても、お前自身を見失うなよ。もしそうなったら、俺が全力で止めるから」


 真の真剣な目を見て、俺は一瞬胸が熱くなった。彼は本気で俺を心配してくれている。心が揺らぎそうになるが、それでも俺の中にはまだ氷結先輩への憧れが残っていた。


「……ああ、約束するよ」


 俺は小さく頷いたが、心の中ではまだ答えが出ていなかった。

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