第5話 儀式
封魔学園高等部への進学を控え、残りの時間があとわずかになった夜。
月が高く空に浮かぶ頃、俺は父さんに呼び出された。
「拓真、お前には封魔学園に入る前に儀式を受けてもらう」
「儀式?」
「そうだ。これは封魔士として、お前の成長を助けるために必要なことである」
一人、朝霧家の奥にある
そこは、代々朝霧家に伝わる特別な場所であり、成人を迎える前の若き男性魔道士だけが入ることを許された場所で、覚醒の儀式を執り行うために設けられた部屋だ。
入り口の障子を開けると、優しい灯りが和紙の灯籠の中でゆらめいている。
「来たのね、拓真様」
奥の座敷に座っていたのは、長年朝霧家に仕え、家族同然の存在である脇見久美子さんだった。俺が生まれてからずっと世話をしてくれたお姉さん的な存在で初恋の人でもある。
彼女は凛とした美しさを保ち、穏やかで落ち着いた声が、いつも拓真だった頃からずっと、俺の心を癒やしていた。
「えっと、父さんに儀式を受けてこいと言われてきました。どうして久美子さんが?」
俺は少し緊張しながら尋ねた。
久美子さんは微笑みながら、静かに語り始めた。
「この覚醒の儀式は、朝霧家に代々伝わる大切な伝統です。ただ強い魔力を持つだけでは、魔道士として本当の力を発揮できません。そして魔道士は、魔力だけでなく、心の絆や感情のバランスが大切なのです」
俺は首を傾げる。
「それはもちろん、闇に落ちないために心が大事なのはわかります。ですが? 絆と感情が大事なんですか?」
「そうです。封魔士として、力を引き出すには、人とのつながり、信頼、そして自分の感情を正しく理解し、受け入れることが必要なのです。魔道士は一人で生きる存在ではありません」
久美子さんの説明は、深く俺の心に響いてくる。
彼女が言う「信頼」という言葉には、俺自身も気づかない大切な意味が込められているように感じた。
「この儀式では、あなたの内に眠る魔力を呼び覚ますため、深い心の絆を感じることが重要なのです。拓真様、怖がらないで、リラックスしてください」
久美子さんはそう言うと、目を閉じ、両手を静かに組み合わせた。
久美子さんの穏やかな声が、静かな和室にこだまする。外からは風の音がさわやかに竹林を通り抜け、どこか神聖な雰囲気が部屋全体を包んでいる。
「さあ、ゆっくりと目を閉じて、心の奥底にある力に意識を向けてみて。自分の感情を解き放ち、過去に経験した全ての出来事を思い出し、その中にある痛みや喜びを抱きしめるのです」
俺は言われた通りに目を閉じ、心を静かにした。
拓真として、幼い頃からの家族との思い出や、封魔学園に通うために必死に努力してきた日々が脳裏をよぎる。
父の厳しい訓練、兄との競い合い、そして妹・琴音との温かい絆。
それらの記憶が次々に蘇り、俺の心は次第に温かさと切なさが混じり合う感情に包まれていった。
「その感情は、全てあなたの力の源になります。良いことも悪いことも、全てがあなたを強くするのです。そして……」
やがて、久美子さんはそっと俺の手に触れ、導くように久美子さんの胸へと導いて柔らかいぬくもりが伝わってきた。
「この儀式を通じて、あなたの魔力は目覚めます。そして、その魔力を高めるためには、人との深いつながりが必要なの。それは心だけでなく絆として、体の繋がりが……。特に男性の封魔士は女性とは違い神の巫女には慣れません。ですから、女性とのつながりは、封魔士にとってとても重要なのです」
俺は久美子さんの胸から伝わる感触と、言葉の意味を理解して驚いて目を開けた。
「女性とのつながり……ですか?」
久美子さんは優しく微笑み、着物をはだけさせていく。
「そうです。魔道士たちは、信頼する女性との深い絆を通じて、魔力を高めてきたのです。感情が高まることで、魔力の流れが整い、より強い力を引き出すことができるのです。一つお聞きしても良いですか?」
「はい!」
「拓真様は私に好意を持ったことがありますか?」
俺は問いかけられた瞬間に顔が熱くなるのを感じる。
「ふふ、良かった。先ほどもお伝えしたとおり、信頼する深い絆を結んだ女性でなければ意味がありません。拓真様が私に好意を抱いてくれていて良かった」
少し戸惑いながらも、久美子さんの言葉の意味を理解しようとした。
「拓真様、私もお慕い申しておりました」
「えっ?!」
「ふふ、ですが、私はただの女中です。このようなお役目をいただけでも本望。拓真様はこれから大義をなされることでしょう。私はそれを見守る役目をさせていただきます」
真っ白な肌が蝋燭の光に照らされて艶めかしく光っていた。
「この儀式も、拓真様の魔力を覚醒させるために行われます。そして、いずれあなた様は、封魔学園で出会う女性たちとの関係により、さらに強くなられるでしょう。あなた様の力を支える重要な最初の役目をさせていただけることを嬉しく思います」
俺は久美子さんの言葉を静かに受け止めた。
彼女の穏やかで優しい語り口は、いつもとは違う神秘的な雰囲気を感じさせた。
彼女の言う「絆」が、魔道士としての力にどれほど大きな影響を与えるのか、少しずつ理解し始めたのだ。
「あなたは、これから多くの人々と出会い、その中で強くなっていきます。でも、その根底にあるのは、自分自身を知り、他者と心を通わせることです。覚醒した力をどう使うかも、あなた様次第なのです」
久美子さんは、そっと手を引いて拓真を立たせると、彼の肩に優しく手を置いた。
「これで、あなたは封魔士として更なる力に目覚めます。どうか、ご無事で! 自分を信じて、そして、これからの道をしっかり歩んで行ってください。んんはぁ〜!」
艶かしい久美子さんの声が和室に響き、俺は覚醒の儀式をただただ美しい人の姿を見ながら迎えた。
「これが……俺の魔力……」
翌朝、目を覚ますと、隣には誰もいなくなっていた。
ただ、今まで感じたことがないほどに、魔力や気持ちが安定していた。
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