第4話 元気ヒロイン

《side朝霧拓真》


 封魔学園中等部の卒業が決まり、冬休みに入った。俺がこの世界に転生して半年が経とうとしている。

 最初は戸惑うことばかりだったが、こちらの生活にも慣れて、魔銃の扱いや妖魔との戦闘にも多少は戦えるようになってきた。


 今日は高等部に行くための準備として、久美子さんにお供してもらって、街に買い物に来ていた。


 封魔学園は寮生活が待っている。様々な領の掟が決められていて、すぐに家に戻ることはできない。

 買い物をする時にも、魔銃は常に所持している。魔法道具は常に持ち歩くことで、魔力が馴染むそうだ。


「拓真様、色々とお買い物ができましたね」

「久美子さん、付き合ってもらってありがとうございます。何か甘い物でも食べて帰りましょうか?」

「ふふ、女心を掴む拓真様、素敵です!」


 いつもの割烹着姿ではなく、着物で共に歩いてくれる久美子さんはやっぱり美人だと思う。

 年上のお姉さんで、俺のお世話を何かとしてくれる久美子さんに、拓真は少なからず恋心を持っていた。


 だけど、久美子さんは俺が寮に入るのを機に朝霧家を離れて、結婚をするそうだ。

 つまり、これは俺にとって失恋であり、思い出を作る最後の逢引きだったりする。


 朝霧家から馬車を使って街にやってきたが、街並みは蒸気で走る列車や、数は少ないが車の姿も見た。

 文明開花の花が開く。発展を遂げつつある街並みは賑やかなものだ。


「揶揄わないでよ。それにしても街はすごいね」


 時代背景的には明治の終盤か、大正に変わる頃だと思うが、ゲームの設定なので、その辺は曖昧になっている。


「拓真様はあまり外に出られなかったので、知らなかったんですね。私の行きつけの甘味処があるので、行きましょう」

「うん。甘味処ってことはあんみつ?」

「きなこ餅やいそべ焼きもありますよ」


 俺たちは甘味処に向かって歩いていく。


 ふと前方で騒ぎが起きているのに気づいた。

 喧嘩か? いや、ただの喧嘩にしてはあまりに賑やかだ。


 大柄な男と、小柄な少女が戦っているのが見えた。


「夕凪、小夜…!」

「うん? 拓真様、お知り合いですか?」

「あっ、いや。確か空手道場をされている夕凪家のご令嬢じゃないか?」

「ああ、街でも有名ですね。兵部省の長官家ですね」


 主人公が選ぶ一人である夕凪小夜ゆうなぎさよの登場に驚いて叫んでしまった。

 それを誤魔化すために呟いた一言で、久美子さんは彼女の家系について説明してくれる。


 夕凪小夜は、封魔学園の中でも有名な元気少女で、柔道と空手の有段者だ。運動能力万能で、明るく元気な役割を果たしている。

 毎日空手や柔道の訓練をしているので、日焼けした褐色の肌は太陽に照らされて輝き、引き締まった身体に赤みが混じった長い黒い髪一つにまとめられているが揺れている。


 その体型は中学生とは思えないほど高身長で胸が大きく美しい。彼女の顔立ちは、一見快活だが、その中にどこか凛とした強さが感じられる。


 鋭い目つきで相手を睨む姿は、妖魔と戦う際の姿に類似していて、ゲームをやっていた者として感動してしまう。

 彼女は単なる強さだけでなく、その美しさでも多くの人々の心を捉えて離さない。


 俺の最推しが、目の前にいる。


 どくんと胸が締め付けられる感覚があった。


「見ろよ、夕凪様がまた野試合をしてるぞ!」

「相手は誰だ? 夕凪様に勝てる奴なんて、いないよな!」


 周囲の観客の声が聞こえる中、俺も観戦に加わった。


「拓真様?」

「久美子さん、少しだけ見学してもいい?」

「仕方ないですねぇ。でも、とても綺麗なお嬢さんですね」


 小夜は、相手の攻撃を軽々とかわし、間を見計らって反撃に転じた。彼女の動きは鋭く、その度に観客の歓声が上がる。

 だが、勝負は一瞬で決まった。


 小夜の一撃が相手を地面に叩きつけ、その勝利を確信させた。


「ちくしょう、どうして俺様が小娘如きに負けるなんて…!」


 負けた男が激昂し、歯ぎしりをしながら何かを呟いた瞬間、男の体から異様な魔力が発生して不穏な気配が漂い始めた。

 まさか、妖魔化するのか? 田島の一件以降、俺は妖魔と何度か戦うことで、妖魔化する光景を目にしたことがある。


 その危険を察した俺は、素早く腰にある魔銃に手をかけた。


「久美子さん。少し離れていてもらえる?」

「拓真様?!」

「大丈夫だよ。生まれたばかりの妖魔なんて、俺の敵じゃない」

「ふぅ、ご無理なされませんように」

「ああ」


 久美子さんを引かせている間に、男の周りに魔力が高まり始める。


「俺様を甘く見るな?! 小娘如きに負けるか?! 今度こそ殺してやる!」


 その言葉と共に男の姿は変貌し、巨大な岩の体へと姿を変えた。闇堕ちだ。闇に飲まれ、理性を失ったその姿は、もはやかつての人間ではない。


「キャー!! 妖魔よ!」

「うわっ!? 逃げろ!」


 普通の人々に妖魔は対処できない。魔力を持った者にしか倒せない。

 逃げ惑う人々の合間を縫って、俺は魔銃を抜いた。


 夕凪小夜は一瞬驚いたものの、構えを取り直して戦う気配を見せる。しかし、妖魔化した相手に彼女がどう対処するのか知らないが、俺は迷わず行動に移る。


「焔」


 焔から放たれた魔弾が妖魔の眉間に一撃を加える。

 轟音が響き、炎の魔力が妖魔を貫いた。


「ぐあああああっ!」


 妖魔は苦悶の叫びを上げ、その場に崩れ落ちた。やがて闇は消え去り、彼の姿もまた元の人間へと戻った。

 どうやら生まれたばかりで、全身火傷で元に戻れたようだ。


 すぐに警備兵やってきて、俺が身分を見せれば、敬礼をしてくれ、男を連れて立ち去っていく。


「朝霧拓真…」


 夕凪小夜は、俺の名前を小さく呟いた。封魔学園では教室こそ違うが、同じ学園で知らないわけじゃない。


 そして、今の妖魔との戦いを彼女は覚悟をしていたはずだ。彼女も魔道士であり、その拳で妖魔を殴り倒す。


「邪魔したか? 夕凪小夜」


 小夜がゆっくりと歩み寄ってくる。


「いや、助かったよ。ありがとう。それにしても今の魔法は凄かったね」


 感謝の言葉を述べられて、ホッと息を吐く。登場人物である彼女に嫌われたいわけじゃない。


「ああ、夕凪も魔法の習得は上手くいっているのか?」

「う〜ん、魔法って難しいんだよね。まだ完璧に習得できたとは言えないかな。夕凪家は身体強化の魔力だから、目にも見えないしね。修行を頑張るよ。とにかく助けてくれてありがとう。朝霧、かっこよかったよ」


 最推しにかっこ良いと言われて嬉しい。


「俺も自分の力で対応できてよかったよ」


 そう言って照れ笑いをすると、夕凪小夜も笑った。


「いいなぁ〜! ボクも魔法を習得して封魔学園に行くまで間に合わせるよ! 今度はボクも一緒に戦わせてよね!」


 彼女の言葉に、俺は再び頷いた。


「ああ、その時はよろしくな!」

「うん! じゃあね」


 小夜に別れを告げて、俺は久美子さんと甘味を食べて準備を全て終えた。

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