第3話 初討伐
退屈ではあるが、封魔学園付属中等部の授業に出なければならない。
「皆さんも、すでに三年間で、妖魔について学んで来られたと思います。ですので、これは復習問題です。妖魔とはなんでしょうか?」
教室で、授業をしているのは高齢の魔道士で、長年戦い引退をされた方で、見た目とは裏腹に高い戦闘技術と魔法力を持っておられる。
「はい!」
「うむ。篠宮
挙手をして立ち上がった人物に視線を向ければ、見目麗しき女性が立ち上がる。
金色が混じる髪は、聖書に出てくる天使のようで、柔らかい性格と優しい笑顔を持ち、学園内では(癒しの天使)と呼ばれている。
封魔学園では、その回復の固有魔法を持つ数少ない登場人物で、主人公が選ぶ五人の
「妖魔とは、もともと人間であった者が闇に堕ち、獣や異形の姿に変貌し、理性を完全に失った存在であります」
「そうじゃな。妖魔は、魔法が誕生し、魔に堕ちる。この国では闇に堕ちると表現するが、人の心が魔に飲まれ変貌した者たちを妖魔と呼ぶ」
黒板に誰かが書いた絵が張り出される。
「その姿や能力は個々によって異なり、かつての人間の面影は微塵も残っていない。いや、残る者もおるが、それは相当に高位の妖魔だけじゃ。彼らは闇の力に取り込まれ、凶暴で破壊的な本能に支配されているため、周囲にあるすべてを攻撃し、破壊し尽くすまで止まらない」
長年、封魔学園の世界で問題としてされている歴史を持つ。
「妖魔が生まれる過程は、闇堕ちや鬼堕ちと呼ばれ、主に絶望、憎悪、嫉妬などの強い負の感情に支配された人間が、心の闇に引き込まれることによって起こるとされておる」
人の心につけ込む闇が、立派な人物や、愛する家族を守るために戦った者ですら、闇に堕としてしまう。闇に堕ちれば、すべてを失い、人成らざる者へ姿を変貌させる。
「誰であっても、心に闇を抱えることがある。けれど、闇に飲まれるのか、それともその闇を乗り越えて自分を強くするのかは、君たち次第じゃ。傷つくことは悪いことではない。じゃが、それを乗り越えねばならぬ。立ち止まり、心が折れた者から闇は忍び寄る」
先生の言葉によると教室は温度が下がったように寒くなる。だが、それほどに恐ろしい相手に戦いを挑んでいるということだ。
♢
妖魔との戦いは、常に闇に堕ちるかもしれない恐怖との戦いでもある。
だからこそ、己を鍛えることで、身も心も鍛えることになる。
訓練所に毎日通いながら、魔銃の調整をしていた。
普段なら風の音と竹が揺れる音だけが響く静かな場所なのに、今日は違った。何かが壊れるような音、そして誰かの叫び声が交錯していた。
「何だ……?」
不安を覚えながらも、魔銃を手に取って学校の中を走る。
目に映ったのは、田島の変わり果てた姿だった。
封魔学園の中等部から一緒にいた拓真の友人で、封魔学園へ入学を目指していた。
小さい頃から互いに切磋琢磨し、時にはくだらない喧嘩をした仲だ。けれど、最近の田島はどこか変だった。
学校にも来ないで、姿を消していた。
そんな彼の姿は、いつもの友人とは違っていた。あれほど屈強だった彼の身体は痩せこけ、顔色はまるで死人のように青ざめている。
眼には深い闇が宿り、その背後には黒い影が揺らめいていた。
「田島……お前、何してるんだよ?」
声をかけると、田島はびくっと反応した。その瞳が俺の方を向いたが、そこには昔の親友の面影は微塵もなかった。
『タクマ……』
彼の声はかすれ、喉から絞り出されるようなものだった。まるで、言葉を発することすら苦痛だと言わんばかりだ。
俺は眉をひそめ、田島の異変を理解しようと必死だった。
「お前、どうしたんだ? 何があった?」
すると田島は、震える手で頭を抱え、苦悶の表情を浮かべた。
『モウ……ムリダ……』
その一言に、俺は戦慄した。彼の声には、まるで全てを諦めたような響きがあった。
『スベテウシナッタ! ナニモナイ』
田島の言葉は、途中で途切れ、彼は唇を噛んでいた。拳を握りしめ、肩が震えている。俺は言葉を失った。
『コユウマホウ……ツカエナイ……カアサン、トオサン……ダレモミテクレナイ……」
田島の声は震え、怒りとも悲しみともつかない感情が込められていた。
「待てよ、田島。お前、何言ってんだ?」
俺は言葉を探しながら問いかけたが、田島の様子はますますおかしくなっていった。
『……モウダメダ……タクマ……!」
田島の身体が大きく揺れ、闇のような黒い霧に包み込まれた。
黒い霧はまるで生きているかのように、彼の身体に絡みつき、徐々にその姿を変えていく。
彼の肌は灰色に変わり、目は血のように赤く光り始め、手足は鋭い爪を持つ獣のようになっていく。
「田島! お前、妖魔に堕ちちまうぞ! ダメだ、闇に堕ちるな!」
俺は叫びながらも、頭の中で必死に考えた。
このままでは、彼は完全に妖魔になってしまう。
妖魔化が進行すれば、理性も人間としての自我も全て失われ、破壊と殺戮しか知らない存在になってしまう。
もう元の田島には戻れないのか、そう思うと胸が締め付けられた。
「頼む、田島! 闇に呑まれるな!」
必死に声をかけるも、田島の変化は止まらない。黒い霧はますます彼の身体を覆い尽くし、姿は完全に獣と化していく。
『タクマーーーー!!!』
田島の赤い瞳が俺を見つめ、その中にかすかな後悔と悲しみが見えた。
「田島!」
『……トメテ……」
田島はかすれた声で、そう懇願した。
俺の手に汗が滲んだ。これが、俺の親友の最後の言葉になるなんて、誰が想像しただろう。だが、彼を止めなければ、彼は完全な妖魔となり、誰かを傷つける存在になってしまう。
「……田島……すまない……」
俺は魔銃を構えた。引き金にかけた指が震え、胸が痛んだ。だが、これが唯一、彼を救う手段だとわかっていた。
「……スマナ……」
彼のかすかな声が、風に消えるように届く。俺は引き金を引いた。
銃声が響き渡り、炎のように燃え上がる魔弾が田島の身体を貫いた。
初めて殺した妖魔が、友人になるなんて、俺は燃える田島の体を見つめながら、一滴の涙が流れた。
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