第2話 成人の義

 朝日が差し込む中、朝霧家の広い庭に設けられた舞台で、俺は正座をしていた。


 真っ白な正装の袴を着込み、緊張した気持ちを隠せないまま、成人の儀に挑む。


 朝廷に仕える父、朝霧理一あさぎりりいち

 父の代わりに家を守る母、朝霧清恵あさぎりきよえ

 軍役に入ったばかりの兄。朝霧秀一あさぎりしゅういち


 朝霧拓真の血縁者たちが、正面に並んでいる。


 そして、彼らと共に拓真の一つ年下であり、この世界の主人公である神楽真の恋人候補である義理の妹、朝霧琴音あさぎりことねも控えていた。


「拓真、お前も今日で成人を迎える。朝霧家の一員として、これからはより一層の責任が伴うことを忘れるな」


 厳格な父が、威厳に満ちた低い声で告げ発した言葉で、ますます緊張感が増していく。ただ、両親や兄の顔は微笑んでいて、彼らから向けられる視線は優しさが込められている。


 拓真は家族から愛されていることが伝わってくる。


「はい、父上」


 俺は背筋を正し、深く頭を下げた。


「拓真兄上、素晴らしい魔銃に選ばれることを楽しみにしております!」

「ありがとう、琴音。行ってくるよ」

「はい!」


 従兄妹である朝霧琴音が笑顔で応援してくれる。


 彼女の成人は来年のことだが、朝霧家に恥じない努力を拓真と共にしてきた。琴音の両親は、残念ながら妖魔によって殺されてしまった。


 彼女が幼い頃の話であり、その時から我が家で共に暮らしている。


「拓真、私はお前ならば問題ないと思っている。頑張りなさい」

「ありがとう。秀一兄上、行って参ります」


 家族に見送られて、俺は成人の義を執り行う。


 成人の儀とは、朝霧家に古くから伝わる伝統であり、成人する者が自らの武器と向き合い、その武器に認められることで、朝霧家の正式な一員として、そして一人前の魔道士として認められる重要な儀式である。


 特に、朝霧家は火縄銃が登場してから代々「魔銃」を用いることに誇りを持ち、魔銃による妖魔退治を一族の使命としてきた。


 そのため、この儀式の肝は、武器庫に保管されている数百の魔銃の中から、自分にふさわしい魔銃を選び出し、また、その魔銃に認められることだ。


「では、拓真。お前は今から朝霧家の武器庫に向かい、魔銃に認められてこい」

「承知しました」


 家長である父上の言葉に従い、俺は立ち上がって武器庫へ向かう。


 家族が見守る中、緊張と期待が入り交じった気持ちで進んだ。


 武器庫に入ると、そこには百丁を超える魔銃が整然と並んでいた。


 どれも歴史と重厚感を漂わせており、それぞれが数々の戦いを経てきた魔銃たちだ。


 火縄銃から始まった朝霧家の魔銃文化は、代々の朝霧家の者たちが魔力を込めて撃つことで、通常の銃火器では敵わない妖魔を討ち倒せる魔法を放つことができる。


「この中から……俺にふさわしいものを見つけるだろうか?」


 一歩一歩、魔銃たちを眺めながら進む。


 いくつもの美しい銃が俺を見つめ返してくるような感覚だが、どれも手に取ろうという気にはならなかった。


 しかし、奥に進んでいくにつれて、ふと視界の隅に何かが引っかかる。


 重厚な木箱に収められた二丁の回転式拳銃リボルバーが、他のどの魔銃とも違う存在感を放っていた。


 無言のまま、俺はその二丁に引き寄せられていく。


 海外から輸入された携帯型回転式拳銃魔銃、『ヒート&カーム』と書かれた木箱に、手を伸ばしていた。


「これが……俺の?」


 そっと手に取ると、ズシっと重みが伝わり、だが、手の中にしっくりと馴染む感覚が広がる。まるで、長い年月この銃を使ってきたかのように、体の一部として感じられる。


「この回転式拳銃……」


 銀色の光沢を放つ二丁の回転式魔銃は、どこか威厳を持っていた。


 片方はやや短めで、素早い連射が可能そうだ。もう一方は重厚感があり、一発ごとの威力が非常に高いことが予想できた。


「この二丁……まるで俺のために存在しているかのようだ」


 その瞬間、俺の頭に朝霧拓真としての過去の記憶が蘇ってくる。そこには様々な想いが込められており、家族や友人へ向ける感情も含まれていた。


 ゲームの中では、重要な主人公の親友という登場人物である朝霧拓真が、今まで過酷な訓練を積み、朝霧家の名を守るために苦労を重ねてきたか、そのすべてが伝わってきた。


 幼少期から父の元で、兄と共に鍛えられ教えられてきた戦闘術や銃術。


 精神力の鍛錬や母の厳しくも愛情深い教え。


 そして、妹と切磋琢磨しながら、家を守り続けるために力をつけてきた日々。


「俺は……この家を守るために、もっと強くなるんだ。そして、世界を救ってみせる」


 拳を握りしめ、改めて決意を固める。


 朝霧家の一員として、この二丁の魔銃と共に、俺は妖魔に立ち向かい、家族を守るために力を尽くすことを誓う。


 この瞬間、回転式拳銃たちが俺の存在を認めてくれた。


 両手にそれぞれ二丁をしっかりと握りしめ、武器庫の外へと向かう。


 成人の儀はこれで完了だ。


「それが拓真、お前が選んだ魔銃なのだな」

「はい! 父上! 右に持つ高火力魔銃:ほむら、左に持つ連写魔銃:なぎです」

「うむ。魔銃に認められし我が子よ。今日より、貴様を一人前の朝霧家が輩出した魔道士として認めよう。妖魔の脅威から、人々を守り戦うことをここに誓うか?」

「はい。誓います。朝霧家の名に恥じない魔道士になります」


 二丁の魔銃を父上の前で披露して、父上から二丁を手入れする器具を渡される。


「朝霧家に新たな魔銃使いが誕生した! 皆の者、盛大に迎えてやってくれ!」


 父上の言葉で、集まっていた使用人たちも含めて、大勢の者たちから拍手を受ける。


 俺は朝霧家の正当な一員として、家を守り、そして妖魔と戦う道を選び取った。


「俺はこの魔銃と共に、すべてを守ります!」

「ああ、期待しているぞ、拓真!」


 家族に暖かく迎えられて、二丁の魔銃を掴む手にも力が入る。



 封魔学園付属中等部は、封魔学園に通う前に、様々な基礎教育と、妖魔について学び、また魔道士になれなくても支援を行うための知識と訓練を受ける。


 魔道士が妖魔を倒す最前線で、活躍する花形であれば、魔道士として、魔力はあるが固有魔法を受け継げなかった者たちも現れる。


 また、家族に魔道士がいたり、妖魔に襲われ家族を失った者など、妖魔と関係して生きている人々は少なくない。


「田島! やったぞ!」

「朝霧様! 凄い! ほんまに凄いわ!」


 田島は、封魔学園付属中等部で、朝霧拓真と共に机を並べてきた学友だ。


 坊主頭に、関西訛りの口調は、朝霧拓真にとっては物珍しく。またひた向きに頑張る姿に互いを切磋琢磨してきた。


「これで俺も封魔学園高等部に行っても、魔道士としての力を磨くことができるぞ」

「やっぱり朝霧様は特別な人なんやな。僕なんて、魔道士としては覚醒は難しそうや」

「何言ってんだよ。田島は、訓練も頑張っているし、魔力量も中等部に入ってから増えたんだ。自身を持てよ」

「……朝霧様にはわからへんよ!」

「えっ?」


 拓真として、俺は友人に魔道士になれたことを一緒に喜んで欲しかった。


 だが、それは魔道士になれない者にとっては、自慢のように聞こえていたのかもしれない。


「田島?」

「ごめん、朝霧様。もういくわ」

「田島! どうしたんだよ? 何かあったなら話して欲しい!」

「……なんでもあらへん」


 そう言って思い詰めた顔をしたまま田島は走り去っていった。


 どうしても胸に重い引っかかりを残して……。


 その日から田島は封魔学園に来なくなった。

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