第14話 圧倒的な力

 やっと、一体の妖魔を倒すことに成功した俺たちだったが、突如、廃墟の各所から悲鳴がこだまする。


「なっ! なんだ?」


 その声は、妖魔によって淵に立たされた者たちの叫びだ。全身が冷たくなるような感覚に襲われ、思わず足が止まった。


「強い妖魔が出たのかしら?!」


 鬼月霞が警戒を強めて低く呟いた。その目はいつも冷静で鋭いが、今は明らかに動揺している。


 周囲から漂う恐怖が、廃坑の暗闇と合わさり、恐怖を煽ってくる。


「皆、慎重に進め! どこに何が潜んでいるかわからない!」


 真の声に、俺たちは背中を預け合うように、廃墟の奥へと慎重に進んでいく。


 空気はますます冷たく、重くなっていった。恐怖よって、いつも以上に体が硬くなって視線を感じる。不気味な雰囲気だ。


「誰か……助けて……!」

「うわーー!!!」

「グアア!!」


 遠くから助けを求める声が響く。それに続いて、激しい戦闘音が聞こえてきた。


 仲間たちが次々と妖魔に襲われている様子が廃校に悲鳴として知らされる。


「急ぐぞ!」


 真が先頭に立ち、俺たちは声の方へと駆け出した。しかし、到着した時には既に遅かった。目の前に広がっていたのは、戦いの痕跡と、力尽きた仲間の姿。無惨に体を引きちぎられて、壁中に血の跡が残っている。


「……くそ!」


 俺はその場で立ち尽くし、息を呑んだ。


 ここがゲームの世界じゃないことを思い知らされる。


 人が死んでいる。胃から込み上げてくる


 どれだけ強い者でも、人が死ぬ。


「拓真、気を抜くな! 妖魔がどこにいるのかわからない!」


 真が鋭い声で警告を発した。周囲を見渡すと、闇の中に異形の影が揺れていた。


「……嘘だろ」


 俺たちの前に現れたのは、圧倒的な存在感を放つ中妖魔だった。その姿は異常な姿をしており、鋭い爪と牙が光り、体からは黒い霧が立ち上っている。


「こんな化け物……どうやって倒すんだよ……」


 俺はどこかで自分は強くなった気になっていた。


 ゲームをプレイして、戦い方を知っている。


 手が震え、魔銃を構えることすらままならない。

 

 中妖魔の目が俺をじっと見つめているように感じる。


 その目には冷酷な光が宿っていて、この場で死んでいる仲間たちを殺した存在なんだ。


「拓真、落ち着け」


 真が俺に向かって声をかける。誰よりも勇敢に前に出て、剣を構える。


 真の声になんとか気持ちを立て直して、俺も魔銃を構えた。しかし、それでも恐怖が体を支配していた。


 こんな化け物を相手にして、俺たちが勝てるのか?


「皆、ここから全力で行くぞ! 生き残るためには、全力を尽くすしかないんだ!」


 真が叫び、黒刀を発現した。


 鬼月は真っ赤な薙刀を出現させ、小夜もグローブを出して、それぞれの武器を構える。


 だが、中妖魔は俺たちの構えを嘲笑うように、悠然と立ち塞がってこちらに向かってくる。


「来るぞ!」


 真は声を発すると同時に、飛び出した。


 俺も覚悟を決めて、《凪》で目眩しの弾丸を放ちながら、《焔》に一撃の威力を上げる。


 真が前衛で中妖魔の攻撃を受け止める。


 さらに、鬼月が左から、小夜が右から攻撃を仕掛ける。


 俺は魔力を集中させて、中妖魔にダメージを与える。


 しかし、中妖魔は、驚異的なスピードとタフネスによって、真たちの攻撃を受けても倒せない。

 

 ゲームにも、こんな奴は出てこない。


 爪で地面を抉るように反撃を繰り出してきた。


「ちっ……!」


 真がかろうじて攻撃をかわすが、鬼月と小夜は大きく後退させられる。


 俺は、三人が稼いでくれた時間で、魔力を溜めて《焔》を放った。


「焔!!!」


 俺の魔力が込められた炎の弾丸が中妖魔にヒットする。


「どんだ!」


『グルルル!!!」


「なっ?!」


 魔力を込めて放った一撃は、軽微な傷を作っただけだった。


「ウソだろ!」


 俺は忘れていたんだ。


 ここが鬱ゲーのクソゲー世界だって。


「真! 何か手はあるか?」

「ない」

「なっ!?」


 完全に追い詰められた。中妖魔の力は俺たちの想像を遥かに超えている。どうすれば、この化け物を倒せるんだ?


「諦めるな!」


 真は諦めていない。恐怖心はある。だけど、俺には主人公の真を知っている。


 それだけで戦える気がした。


「ああ、そうだな。もう一度陣形を組め!」


 俺は鬼月と夕凪にも指示を出す。


 一撃で効かないなら何度でも、やってやるよ。


『GYAAAAAA!!!』


 だが、俺の目の前で、三人が中妖魔によって吹き飛ばされる。


「なっ!」

「真!」


 声をかけるが、誰も返事はない。


「皆さん、ここからは私がやります。後ろに下がってください」


 俺が焦りを感じた瞬間、一気に空気が冷たくなった。


 背中から、圧倒的な威圧感。


 俺は無言で三人の元へ近づいた。三人とも息をしている。


 一人一人、後方へ連れていく。


 その間、氷結先輩と中妖魔の睨み合いが続いていた。


「もういいわね」


 どうやら俺が三人を運ぶのを待っていてくれたようだ。


 静かに、弓を構える。だが、その弓には矢がない。それでも彼女はまるで何かを引き絞るかのように、弓を引いた。


 次の瞬間――。


「……っ!」


 周囲の空気が一気に凍りつき、辺りは一瞬で銀世界に変わっていく。目の前の中妖魔の動きが完全に止まり、その体が徐々に凍っていくのが見えた。


「これが……氷結先輩の力……」


 俺はただ、圧倒されるようにその光景を見つめていた。中妖魔の体が次第に氷で覆われ、やがて完全に動かなくなった。


「……凍結!」


 氷結先輩が力強く宣言すると、凍った中妖魔が一瞬で粉々に砕け散った。


 俺はただその圧倒的な力に言葉を失っていた。


 凍てつく銀世界の中で、まるで風のように滑らかに動く氷結先輩。


 彼女が無言で矢のない弓を引くたびに、辺りがさらに冷気に包まれ、中妖魔すらも身動きが取れないまま凍りついていく。


 後から現れた小妖魔が徐々に氷の中に閉じ込められ、最後には完全に静寂が訪れた。


 ただ、その光景に憧れと同時に、氷結の力を目の当たりにして……。


「欲しい」


 俺は強い力が欲しいと思った。

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