第12話 襲撃

 訓練所は、いつもとは違う重い空気が漂っていた。


 生徒たちはそれぞれ訓練に集中している。各々が武器や魔法のスキルを磨いていたが、俺は一人、隅で魔銃の訓練をしていた。


 魔銃の手入れをしながら、魔弾の発射に集中する。


 だが、集中する俺を邪魔をするように不意に気配を感じた。振り向くと、三人組の男たちが近づいてくるのが目に入った。


 先導者らしき男は、がっしりとした体格に短く刈り上げた髪、目つきが鋭く、明らかにただの生徒とは違う威圧感を放っていた。


 彼の背後には、やや小柄だが同じように柄が悪そうな二人の男が控えている。


「よぉ、朝霧だよな? お前、ここで一人で何してんだ?」


 主犯の男が俺に声をかけてきた。口調は軽いが、その目つきは鋭く、挑発的だ。俺は訓練を中断し、立ち上がって彼らを見据えた。


「何って、見りゃわかるだろ。訓練さ」


 俺はできるだけ冷静に答えたが、相手の目つきと迫力に少しばかり圧倒されそうになった。彼らがただの挨拶で話しかけてきたわけではないことは明らかだった。


「訓練ねぇ……それにしても、お前、最近特待生とやけに親しいよな?」


 リーダーの男がさらに一歩踏み出し、俺に詰め寄るように言ってきた。その瞬間、周囲の空気がさらに重くなる。


「……それがどうした?」


 俺は相手の意図を探るため、あえて短く答えた。


「どうしたもこうしたもねぇだろうが! 特待生は平民だぞ!? 俺たち高貴な人間とは違うんだ! そんなこともわからねぇのか?」


 背後にいた一人が苛立った口調で言い放つ。リーダーの男もそれに頷くように、冷たい笑みを浮かべた。


「そうだよな。特待生なんて、俺たちと違う身分なんだよ。学園はあいつを特別扱いしているがな。俺たちにはなんの見返りもない。それが気に食わねぇんだ」


 リーダーがそう言いながら、さらに一歩近づいてきた。その視線は俺にではなく、真に向けられた敵意そのものだった。


「だから何だ? 俺は別に、真が特待生だから付き合ってるわけじゃねぇよ」


 俺は堂々と返す。だが、彼らの雰囲気はますます険悪になっていく。


「お前、わかってねぇな。俺たちはな、あいつをハブるつもりなんだ。孤立させることで、あの特待生の鼻をへし折ろうとしてんだよ」


 背後にいたもう一人が、ニヤリと笑いながら付け加える。彼の言葉には悪意が滲んでいた。


「そうさ、あいつみたいな特別扱いされてる奴に、友達なんて必要ねぇんだよ。孤独にしてやれば、俺たちの気が少しは晴れるってもんさ」


 リーダーの男が俺に向かって、さらに一歩近づく。彼の顔は挑発的な笑みを浮かべていた。


「それで、お前が邪魔なんだよ。あいつに近づいて、仲良くしてるせいで、俺たちの計画が台無しだ」


 俺は彼らの言葉に驚きながらも、すぐに冷静さを取り戻した。


 ゲームの中では、真には確かに友人がいなかった。孤独に追い込まれ、心の支えを失ったことが、彼を闇堕ちさせる大きな要因の一つだった。


「あいつがどうであれ、俺は真と友達でいるつもりだ。お前たちが何を考えていようが、関係ねぇよ」


 俺は強い口調で言い返した。彼らの悪意に屈するわけにはいかない。


 闇堕ちして、これから俺が生きる未来を潰されてたまるか。


 リーダーの男はしばらく黙って俺を見つめていたが、やがて肩をすくめて笑った。


「強がりはいいが、覚えておけよ、朝霧。お前が邪魔し続けるなら、俺たちも手段を選ばねぇぞ」


 彼はそう言い残し、手下二人と共に訓練所を後にした。その背中を見送りながら、俺は深く息をついた。


「くそ……やっぱりか、本当にどこまで鬱ゲーだな、この世界は」


 真が孤独に追い込まれるシナリオがここで進行していることを感じ取った俺は、彼を守り、闇堕ちを回避するための決意をさらに固めた。



 夕方の訓練が終わり、俺と真は学園の裏手にある静かな小道を歩いていた。


 日が沈みかけているが、二人で話しながら帰るのは日常になりつつあった。だが、その日はいつもと少し違う空気が漂っていた。


「なぁ、なんか妙な気配を感じないか?」


 俺がふと口にすると、真も何かを感じ取ったようで、視線を巡らせた。


「確かに……何か来るかもな」


 その瞬間、数人の影が俺たちの前に立ちはだかった。


 先日、訓練所で嫌がらせをしてきた不良たちだ。だが、今回は人数が増えていた。リーダーを含め、五人以上が俺たちを取り囲むように立っている。


「おい、朝霧、神楽。お前ら、まだ状況を理解してねぇようだな」


 リーダー格の男が、低い声で言いながら一歩前に出てきた。


 短く刈り上げた髪と鋭い目つきが、まるで獲物を狙うようにこちらを見据えている。


「立場ってもんをわからせてやるよ。お前ら、学園で浮かれすぎなんだよ。特に神楽、お前が特待生だからって調子に乗るなよ」

「調子に乗ってるのはお前らだろうが」


 俺が強い口調で返すと、男は鼻で笑い、俺たちを取り囲むようにさらに人数を集めた。


「こいつ、言葉じゃわからないみたいだな。暴力で教えてやるしかねぇか」


 その瞬間、不良たちは一斉に俺たちに向かって襲いかかってきた。


「くっ!」


 俺は接近戦はあまり得意じゃない。


 だが、真が警棒を取り出して応戦する。


 やつぱり、特待生だよな。


 この人数を相手にしても怯んでない。


「やっちまえ!」


 相手も封魔学園で鍛えている生徒のはずだが、格の違いを真が見せつけている。


 俺もすぐに魔銃を構えようとしたが、近距離戦では反応が遅れる。殴りかかってきた男の拳が腹に当たり、俺は苦し紛れに反撃の蹴りを放つ。


「チッ! こんな卑怯なことして楽しいのかよ!」


 俺が怒鳴りながら、拳を握って殴りかかった。だが、相手は人数で押してくる。

 

「バカが、数は正義だろ? お前らは二人でどこまで俺たちとやれるかな?」


 五人程度だった奴らの後ろから、さらに十人が追加される。


 俺は二人を同時に相手しているが、全員を相手にするのは無理がある。


「朝霧! 後ろだ!」


 真の声がした瞬間、俺の背中に強い衝撃が走った。誰かが背後から蹴りを入れてきたのだ。俺はよろめきながらも、必死に立ち上がろうとした。


「お前ら、こんなことして何が楽しいんだ!?」


 俺が声を張り上げると、リーダーの男は冷笑を浮かべた。


「楽しいさ。お前らみたいに目立つ奴らを潰すのはな。目障りなんだよ。この風馬学園は選ばれた人間が通う学校なんだよ。そこへお前らみたいな底辺の人間がいるのを見るだけで腹が立つぜ」


 リーダーが拳を振り上げた瞬間、俺も思わず身を構えた。しかし、次の瞬間、真が素早く動き、リーダーの拳を払いのけた。


「お前らみたいな奴らは僕がわからせてやるよ」


 俺が辺りを見渡せば、リーダー以外の不良たちは、真によって倒されていた。


 真の瞳は怒りに満ちていた。だが、相手はそんな真の決意を嘲笑うかのように、再び槍を取り出した。


「特待生! 俺は一人でも強いんだよ!」


 槍が鋭く振るわれ、距離を近づくことができない。


 真も大人数を相手にしたことで、体に傷を負って痛みを感じながらも、必死に立ち向かっている。


 リーダーの男は他の者たち戦わせていたから体力が残っているのだろう。


 魔力で身体を強化して、真を追い詰めていく。


 俺も相当に殴られ、蹴られて膝を負っていた。


「これで……終わりだ!」


 リーダー格の男が、必殺の一撃を放つためにタメを作る。


 だが、それを真は見逃さなかった。


「瞬脚!」


 足に魔力を集中させて、一瞬でリーダー格の男に近づいて警棒を振り抜いた。


「なっ!?」


 たった一撃だが、真の警棒は男の脳天を撃ち抜いて、気絶させるのに十分な威力を発揮した。


 俺たちは息を切らしながら立ち尽くしていた。顔には擦り傷、体には打撲や切り傷が無数に残っていたが、勝ったという実感があった。


「ふぅ……なんとか、やったな」


 俺が苦笑しながら真に声をかけると、真も同じように笑っていた。


「……ああ、なんとか、な」


 その時、遠くから足音が聞こえてきた。振り返ると、鬼月霞がこちらに向かって歩いてきていた。


 彼女は俺たちの姿を見て、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに状況を察したようだった。


「あなたたち、何があったのかしら?」


 彼女が静かに尋ねる。その声には冷静さがあったが、わずかな不安も含まれていた。


 俺は肩をすくめながら答えた。


「ちょっと……面倒な連中に絡まれてたんだ。まぁ、見ての通りだよ」


 彼女は俺たちの傷だらけの姿を見て、しばらく無言だった。だが、何が起きたのかを理解したようで、静かに頷いた。


「そう……わかったわ。無理はしないで、ちゃんと治療を受けなさい」


 彼女の優しい言葉に、俺たちは少しだけ肩の力を抜いた。


「ありがとう、鬼月さん。でも、大丈夫だよ。俺たちは平気さ」


 そう言って笑う俺を見て、霞も微かに微笑んだ。


「……そう。何かあったら、私に言いなさい」


 彼女はそう言って、静かに立ち去った。



 翌日、学園に行くと、不良たちの姿がなかった。代わりに、他の生徒たちが囁き合う声が聞こえてきた。


「聞いたか? 昨日暴力事件を起こした連中、妖魔退治に駆り出されたらしいぞ」


 俺はその話を聞いて、驚きながら真に目配せをした。


「罰として……妖魔退治か」


 真が小さく呟く。


「まあ、あれだけのことをしてたら当然だろうな」


 俺は肩をすくめた。あいつらがどうなろうと知ったことじゃない。俺たちは、これからも自分たちの道を進むだけだ。


「さ、今日もやるか。次はどんな試練が待ってるかな?」


 俺は笑いながら、真に声をかけた。彼も微笑みを浮かべ、頷いた。


「そうだな。どんな困難があっても、お前がいれば大丈夫な気がするよ」


 俺たちは再び、共に歩き始めた。

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