第10話 氷結先輩

 封魔学園は、魔力が使える高貴な身分の者が多い。


 その影響なのか、プライドが高い者も少なくない。


 特待生という後ろ盾を持たず、魔力と身体能力だけで入学してきた神楽真は、イジメの標的になりやすい。


 ゲームでは、陰湿なイジメの描写は言葉だけで表現されていた。


 あまり映像的に表現しても胸糞が悪いだけだからだろう。


 だが、今はここが現実の世界であり、俺の目の前でイジメが現実に行われている。


 教室の雰囲気は表向きには穏やかだが、裏では別の空気が流れていた。


 女子生徒たちからは見た目の良さで絶大な人気を誇る真。しかし、男子生徒たちからは、平民という劣等種扱い。


 劣等種が自分よりも優れているという、プライドによる嫉妬や憎悪が男子生徒たちの中に生まれていた。


 真は気づかないフリをしていたが、教室内の男子たちの視線は、じわじわと圧力をかけていた。


 昼休みが始まり、真が教室を出ようとした瞬間、数人の男子がそれを見計らったかのように周囲に集まり始めた。


 あからさまに集団で真を取り囲むことはしない。むしろ、偶然を装って背中や腕に小さな衝撃を与え、意図的にぶつかることで進む道を妨害していた。


「悪いな。わざとじゃないんだ、特待生さんよ」


 一人の男子が笑いながら、わざとらしく真の足元に教科書を落とした。そのまま拾うふりをして、さらに真にぶつかる。


 周囲にいた他の男子たちは、女子に見えないように巧妙に立ち位置を調整している。


「気をつけろよ、特待生さん。そんなに女にモテると、いろいろ危ないことになるかもな」


 別の男子が、聞こえよがしに小声で囁く。


 真は顔をしかめたが、何も言わずにその場を離れようとした。だが、次の瞬間、背中に軽く水をかけられた。


 振り返ると、持っていた水筒からわざとらしく水をこぼした男子生徒がいた。


「おっと、悪い。手が滑っちまったよ」


 その男子は薄ら笑いを浮かべながら、水をかけたことを謝る。だが、周囲にいた男子たちは、それを見てニヤニヤと笑う。


 真は何も言わずにその場を立ち去っていく。


 教室の女子たちは、男子たちが真に何をしているのか気づかない。


 女子たちは真を好意的に見ていて、真が少しでも苦しそうな表情をすれば反応する。


「どうしたの?」と優しく声をかける。


 女子たちからすれば、真に好かれるために行ったことが、男子たちの怒りを煽るのだ。


「特待生だからって調子に乗りすぎだよな」

「女にちやほやされてるだけで、自分がすごいとでも思ってんのか?」


 男子たちは、表面上は何もなかったかのように過ごしていたが、陰ではコソコソと、真のことをじわじわと追い詰めていた。


 特待生として優秀な真は、教師や女子たちからの評価が高いため、彼らは公然と嫌がらせをすることはない。だからこそ、見えないところで陰湿なやり方を取るのだ。


 真が机に戻ると、彼の机の上には何かが落ちていた。小さな紙片だった。そこには、雑な文字で「消えろ」とだけ書かれていた。


 真は無表情でその紙を握りつぶし、何事もなかったかのようにそれをゴミ箱に投げ捨てた。


 それを見て、数人の男子がクスクスと笑う。


「どこの世界でも陰湿だな」


 俺が真を助けたとしても、彼らのイジメはなくならない。


 ムシャクシャするが、何もできない。


 これはどこかで大人や、真自身で解決しなくてはいけない。



 学園生活が始まって数日が経ったある日のこと、俺は一つの光景に圧倒されていた。


 真のことでムシャクシャしていた俺は、訓練場に足を運ぶ頻度が増えていた。


 そんな訓練所の中央で、凛とした姿を見せている女性がいた。


 氷のように冷たく、澄んだ瞳。そして、白色に輝く長い髪が風に揺れている。


 生徒たちの間では《氷の女王》と呼ばれている。まさにその名の通りの完璧な存在が目の前で訓練をしていた。


 現在、封魔学園生徒代表、実力一位、生徒会長、氷結霜華ひょうけつそうか


 その場にいた全ての生徒が彼女に見惚れていた。彼女が繰り出す魔法の一つ一つは、計算し尽くされた美しさがあった。


「……さすがだな」


 俺は無意識に呟いていた。彼女の戦いはまるで舞踏のようだ。鋭さと優雅さが同居し、一瞬の狂いもない。


「氷結先輩の戦い、すごいよね……」


 誰かがつぶやいた言葉に俺も同意してしまう。


 彼女の目の前には巨大な氷の魔法陣が現れ、冷気を帯びた無数の氷柱が宙に浮かんでいる。それらは生徒たちが訓練する木人形を、瞬く間に氷の彫像へと変えていく。


 氷の彫像は一瞬で凍りついて砕け散った。


「すごい……俺たちが破壊できない木人形、一瞬で……」


 他の生徒の感嘆の声が漏れる。


 氷結先輩は一瞥もせず、何事もなかったかのようにその場を後にする。


 どこまでも無駄のない動き、そして感情を表に出さない冷静さ。彼女がこの学園の象徴と呼ばれる理由がよく分かる。


 誰もが彼女に憧れを抱くほど、氷結先輩は完璧なのだ。


「皆さん、訓練を続けてください」


 見学をして手を止めてしまった生徒たちに声をかける。


 俺は今のトップの力を見て、楽しくて仕方ない。この学園で強くなるためにここにいる。


 氷結先輩の背中が見えなくならないよう、追いかけ続ける。


「……俺も、もっと強くなるぞ」


 彼女の完璧さに触れたその瞬間、俺は自分の中に燃え上がる決意を感じた。


 彼女のように冷静で、強く、そして誰よりも頼られる存在になりたい。


 そう強く思う。

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