第9話 暗雲は出ず、されど立ち込めて

* * * * * * *



この話は、ケンケン4さん作『光無き恒星』第9話『光』から繋がる別視点であり、視点の都合上、雫の過去の回想を含みません。

間の描写が飛んでしまうため、光無き恒星第9話を読むことを強くお勧めします。






* * * * * * *







 雫が静かに、自身に何があったかを語り始めてからは、凛月と日織は残る面々を含めずっと聞くことに務めていた。


「――13歳の時に咲の家に転がり込んで、そこから中学は篠崎家にお世話になって……今に至る、って感じですね」


「なるほどねー」


 語り終わりを示す言葉を聞いて、うーんと少し大きめに伸びをしながら凛月がそう言う。それは、雫の独白に対する他の面々の最初の反応でもあった。


「ん、ちょっと待って。白崎君って確か雫ちゃんの従兄弟だよね。白崎君の家もダメだったんだ?」


 伸び終わりの体勢で凛月は海の方を見る。海はバツが悪そうな顔をして、


「僕の家に来た時も、父さんと母さんが嫌々引き取ったって感じですね。僕はしず姉のこと大好きだから良かったんですけど……両親がしず姉のこと結局篠崎さんのところに預けちゃったから……。僕、最後大泣きでしたよ」


「はーん、そゆこと……ん、あれ、今サラッと告ってません?」


 凛月の言葉の後半は、真面目な会話の最中であり、かつ呟きに近い声量だったためか誰にも拾われることなく霧散する。


 その横で、口元に手を当てて考えていた日織が、雫に視線を向けた。


「その8歳の時の魔力暴走の時の闇の中で笑った子供の顔……。それが二重魔格デュアルフェイス――つまりはもう1つの人格じゃないんですか?」


「私もそう思う。ただ……」


「ただ?」


「わかんないんです。もう1人の私が何をしたいのか。この前みたいにみんなを助けたと思ったらお父さんとお母さんを殺して……!」





「それなら教えてあげましょうか?」


『!!??』


 突如聞こえてきた明らかに軽い雰囲気の声に、全員が驚く。



 視線を向けた先は、この部屋にある円形テーブルに配置された残り2席分。


 先ほどまで誰もいなかったそこに、昨日見たばかりの英国紳士風の男と、陰陽師風の少女が座っていた。


「……!!」


 ここが敵陣の最中であることなど微塵も感じさせず、視線を雫の方に向けながら、何故か耳栓をつけていた。


 急すぎる出現に虚を突かれながらも、この場の全員が戦闘体勢に入ろうとするが、


「『動くな』」


 陰陽師風の少女の、可愛らしくも厳かに感じられる言葉が聞こえた瞬間、この場の全員が、まるで時が止まったかの様に静止する。


 俺の意思すら挟む余地もなく過ごした数秒の後、身体が再び動いたと思うと、いきなり現れた英国紳士風の男と陰陽師風の少女以外が全員その場に倒れ込む。


「はぁ……はぁ……」


 急激な息苦しさと意識の霞む感覚に倒れ込んだ全員が苦しむ中、恐らく全員が思っていることを、雫が漏らす。


「な……んで……なにか……だが、くるし……!?」


 言葉は切れてしまっているが、苦しさはそれだけで明確に表現されている。


 それとは正反対に、軽妙な動作でステッキを回している英国紳士風の男が、モノクルに手をかけながら口を開いた。


「そりゃそうですよ。5が止まったのですから。あなたたちの生命機関……内臓のすべてもね」


「な……なん……だと」


 高松先生が苦しそうにそう呟く中、陰陽師風の少女が、倒れている雫の元に近づき、顔を覆っていた雑面を外す。


 そこにあったのは小学生くらいの気弱そうな少女の姿だった。ただ、他の人間と明確に違うのは、人間の耳が無く、代わりに頭に狐の耳が付いていることだ。


 その少女は私にしか聞こえない声で


「ご……ごめんなさい。苦しいですよね……。で、でも大丈夫です。雫さま。『僕の目を見てください』」


「あ……」


 苦しさから立ち直れていない凛月や日織でも、明らかにその言葉に従ってはいけないとすぐに思えるほどに、明確に別の意図を含んだ言葉。


 しかし、雫はその言葉に背けない。少女の紫の瞳が視線を吸い込み、そして話さない。次第に、思考を放棄させるような心地よさが、雫に忍び寄り、捕まえようとしていた。


「……い、い……や……!」


「大丈夫です。『僕の目を見続けてください』」


 言葉が、視線を逃がさない。夢心地を無理やりねじ込まれて、浸るほかない――


 雫がそう思っていた矢先に、微かな風切り音がした後に、陰陽師風の少女の身体がぐらつく。


「雫に……!なに……してるのよ……!」


 音の発生源は咲だった。彼女が持つサブのグロック型の魔導装器の銃口が少女の方を向いている、ということは、何かしらの弾を少女に当てた、ということになる。


 明確なダメージではあるが、英国紳士風の男は全く動じず、道化師のように嗤っていた。


「これはこれは……凛が怒ると何をするか分かりませんよ?」


「……痛いなぁ……」


 明確に1発もらったはずの少女は、体勢を簡単に立て直すと、痛みに少しばかりの文句を言いながら、雑面を被り、咲の方へと向かっていた。


 その雰囲気は、言葉のいい終わり辺りから明らかに代わり、殺気だっていた。



 距離的には、凛月が狙えなくもない距離ではある。しかし、地面に倒れたままの体勢では机が邪魔をして撃てない。日織は遠距離攻撃の術を持たないため、少女への攻撃手段がない。




 恐らく、否、ほぼ確実に咲を殺すつもりでいる少女は、ボソボソと何かを口にしていた。それが呪詛なのかどうかは分からないが、危険信号であることには違いない。


「やめ……て……」


 雫の絞り出すような声は、もちろん少女を止めるに値しない。



 止めるには、何かしらの力を以て止めるしかない。






 値するだけの力を、一滴でも多く絞り出して。


「雫ちゃん……?」



 陰陽師風の少女の後ろで、雫がふらふらしながらも立ち上がる。その左手には、彼女の魔導装器である『Flower』が握られていた。


「虚数!」


 次の瞬間、雫の右手の指から、黒い煙が放たれる。


 それは、前に訓練場で発生したものと同じでありながら、今度は意思を持つかのように、敵となる対象――英国紳士風の男と陰陽師風の少女の方へ向かっていた。


「これは……!? 凛!」


 それを見て、英国紳士風の男が珍しく慌てた様子を見せる。


「……!?」


 少女の方も何が起きてるのか分かってないようだった。


 その傍に英国紳士風の男は突如現れ、そして消える。恐らくは彼が持つユニーク・エーテリア『三月ウサギの懐中時計』の効果だろう。


 

 そして、またもや逃がす、と思ったが


「……逃げられてないよ」


 そう雫が呟くと、消えたはずの2人は何故か部屋の片隅に瞬間移動していた。その方向を、雫は人差し指で示す。


「あの煙、少し触るだけで距離感覚をめちゃくちゃにできるから。”わたし”は聞いてたからね。その時計、厄介だって」


 そう言った後、雫は珍しく怒りに満ちた声で呟く。


「私をどうするのかわからないけど。私以外の人を傷付けるなら……この忌まわしき力。みんなを護るために使う!」


 決意に満ちたような雫の言葉。形勢逆転かに思われたが、それを聞いた英国紳士風の男はまるで道化のような笑みを浮かべる。



「流石は姫。やることが違いますね」


「このまま抵抗しない方がいいんじゃない? 場合によってはこのまま……」


「ですが闇魔法をまだ完全には使えてないみたいですね?」


 男は笑いながらヨロヨロと立つ。その傍では陰陽師風の少女が心配そうに男を見つめるが、構わず男の呟きは続く。


二重魔格デュアルフェイス。その力を受け入れたみたいですが……ふむふむ面白い……。ははははは!」


「何がおかしいの!?」


 咲がそう叫ぶと、英国紳士風の男は笑いながら説明する。


「私のユニーク・エーテリアの1つ『怪盗紳士のモノクル』は他者の魔力や魔法の力を読み取る事が出来るのですが……ふふふ……さすが姫。面白いですね……!」


「これまたユニークなものたくさん抱えてらっしゃいますこと」


「咲ちゃん。気をつけて。こういうタイプは追い込まれると何をしでかすか分からないから」


 二丁拳銃の魔導装器を構えた凛月が飄々と言葉を返せば、隣に立つ二刀装備の日織は真面目な顔で忠告する。


 だが、その日織の言葉は意図せずして逆鱗に触れてしまったのか、その顔は、道化の笑顔から怖いほどにただの無表情へと変わっていく。


「追い込まれた? のぼせ上がるなよ、ヒヨっ子共。人形遣いの金橋亮。この程度の人形劇。アドリブくらいいくらでも返せるんだよ……!?」


 演じていた道化姿の下から現れる怒気に場の空気がひりつく中、いきなり英国紳士風の男――金橋亮の傍にいた少女が私たちに向けて叫ぶ。


『「私と目を合わせろ!」』


「……!? また!」


 日織がそう叫ぶがもう遅く、少女の言葉が全員に命令として刻まれる。


 そうして目線が少女に行った一瞬の隙に、金橋亮の右手の指先全部から紫色の光る糸のような物が伸び始める。


 それは明確に進路を定め――目的対象である咲の方へと向かう。


「咲ちゃん!」


「篠崎さん!」


 日織と海が慌てて叫ぶが、目線を独占してる陰陽師風の少女が、どこか苦しそうに再び叫ぶ。


「『動くな』!」


 その瞬間、再び全員の動きが止まる。


 いつの間にかつけていた耳栓で言葉の支配から逃れていた金橋亮は、放った紫色の糸をそのまま咲の身体にくっつけ、彼女を操り人形のように動かして自身の元へ歩かせる。


 ほとんどまもなく全員が身体の自由を取り戻すが、先程よりも体感的に動けない時間は短かったが、そんな時間が存在することそのものが、今回は命取りだった。


「咲!」


 雫は慌てて止めようとするが、再び余裕を見せた金橋亮は、そんな彼女の焦りを加速させるように、懐中時計をわざとらしく示す。


「私にはこれがあるの。忘れてませんか?『三月ウサギの懐中時計』が」


「しまっ……!!」


 雫が再び闇魔法を撃とうとしたが、時は既に遅く、咲と金橋亮、そして陰陽師風の少女の3人の姿は、先ほどまで存在していた場所から忽然と消えていた。


 代わりにそこにあったのは、1枚のカード。


「咲ちゃん……」


 日織の言葉が代表するように、この場のほとんどが悔しそうに、そして心配そうにする中、カードを手に取り、読んだ雫だけは違った。


 今にも会議室を飛び出そうとする雫を、高松先生が全力で引き止める。


「宵星! 落ち着け!」


「!? 離して!」


 それでも行こうとする雫だが、流石に男性教師の全力の引き止めには叶わない。


 加えて、凛月もそこに加わったとなれば、雫は先に進むことなど出来なかった。


「雫ちゃん落ち着いて! それと、とりあえずそのカードを読ませて!」


 それでもどこかに行こうとして暴れる雫の手から、凛月がカードを難なく奪い取ってそこに書かれた文面を読む。



 その表情がすぐに顔が曇ったのを見て、日織が問いかける。


「お姉ちゃん。そのカードになんて書いてあるの……?」


「チーム……この4人で新宿の廃墟街に来い。さもなければ姫の大切なお友達は人形のまま……って」


 その言葉に、室内にいる全員が表情を曇らせる。


「行かなきゃ……」



 唯一、もう体が部屋の外に出ている雫は明らかに焦っていたが――


 次の瞬間に、その体は、まるで操り糸が切れたかのように倒れた。



「「雫ちゃん!!」」


「しず姉!」


「宵星!!」


 他の面々がそれぞれ雫を呼ぶ中、雫は、倒れたままの体勢でいた。




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