第8話 始まり、始まる



 その日の放課後。


 前日に高松先生に言われた通り、凛月と日織は会議室へ向かっていた。


 蒼水魔導学院にある会議室は大きく分けて2つ。


 1つは、多目的で使われる普通の会議室。こちらは少数の授業や教師たちの会議で主に使われ、いつもどこかの部屋が空いていない。


 凛月と日織が向かっているのはもう1つの戦術会議室と呼ばれる会議室で、主にOBOGを主とする外部の人員がここで会議を行い、また待機所としても使われる場所である。


 横に並んで15部屋存在するうちのちょうど真ん中、第8戦術会議室が今回の凛月と日織の目的地だった。何故真ん中を選んだのかは謎であったが、昼休憩中に伝えられた通りに向かうと、手前辺りから既に会話が聞こえてきていた。


「もうみんないるっぽいねぇ」


 凛月が少しのんびりとした口調で、少しだけ漏れる声の感想を口にする。


「流石にちょっと遅れたくらいなら……」


「担任のせんせーの頼み事だし、大丈夫でしょ」


 凛月の言葉通り、一星姉妹は揃って別の軽い仕事を行っていたため、合流が遅れていた。流石にそれで怒られることはない、という楽観的思考の元、2人は少しだけ急ぎ目に移動し、今に至る。



 扉の前に立った凛月が、戸を3度右手の甲で小突く。


 数秒後、足音と共に中から高松先生が顔を覗かせた。


「提出プリント持っていってたら姉妹揃って遅くなりましたー」


「……うむ。入れ」


「失礼しまぁす」


「失礼します」


 妙に間のあった言葉の後で、高松先生の誘導に従い、凛月と日織が室内に入る。


 室内の円形テーブルの周りには、予想通り、雫、咲、海が座って待っていた。


「全員集まったな。それじゃあこれから今後について説明するぞ」


「今後……ですか?」


 高松先生の切り出しに対して、言葉を発した咲を含めこの場の生徒全員が疑問符を浮かべる。


「ああ、今後だ。まず、今この部屋にいるメンバーでチームを組んでもらう。期限は……ラビット・ウェールズの件が片付くまでだ」


「せんせ。組むのはいいけどまずはチーム自体の説明が先じゃないですか?」


「どうしてだ? 一星姉、お前はチームを――「そうですけど、雫ちゃんとか分かんないと思うんで」


「おっと、そうだったな」


 凛月の冷静な指摘に、高松先生が説明の手を一度止める。


「宵星がチーム行動に関わるのは恐らく初だろうし、説明をしておこう。他の面々も、復習がてら聞いてくれ」


 仕切り直しの第一声の後、高松先生が背面にあった電子ボードの操作を始める。風貌に似合わず慣れた操作で、ボードの上に色んな文字や図が浮かび上がっていく。


「そもそもチームとは、この学院で戦闘の演習や、生徒でも対応可能なレベルの事件が起こった際に組む小規模の組織の事だ。解決するまではなるべく一緒に行動するように推奨されている……とまぁ、こんなところだろう」


「せんせ。質問です」


「なんだ、一星姉」


「チームを組むのはなんでですか?」


 口調は冷静だったが、その表情はニコニコ笑顔の凛月。


 明らかにからかい気味で楽しんでいる姿に、質問を受けた高松先生だけでなく右隣にいる日織もため息をつく。


「事件解決に対して、という点に寄ってしまうが、1人で動ける人間は高校生レベルではいないというのが理由だな。報復対象を絞らせない、という意図もある」


 高松先生の言葉を、質問した凛月含めこの場の全員が聞く。求めていた答えを得られたのか、凛月がこれ以上何かの動きを見せることは、ひとまずはなかった。


「ああ、それと、今回のラビット・ウェールズの件はなるべく口外しない様にしてくれ」


「え? なんか不味いことでもあるんですか?」


 海がそう尋ねると高松先生はため息をつく。


「今回ラビット・ウェールズが学院内に入った事がかなりの問題なんだ。学院のセキュリティは高度なはずなのに、小隊規模の兵士が侵入してきた。これは普通に通っている学生を不安にさせる危険性がある。だから口外はやめて欲しい」


「なるほど……」


 高松先生からの回答に、海が腕を組んで納得する。


 すると今度は凛月が手を挙げて、高松先生に問いかける。


「先生、もう1つ質問。今度は真面目」


「ん、なんだ一星姉」


「雫ちゃん、再試受けるほど魔法の力無いんですよね? 咲ちゃんや白崎君はともかく、私たちと戦闘で合わせられるの?」


「それはチームで頑張ってくれとしか言えない……。というか恐らく暴走した宵星を止められるのは恐らくこの学院でもお前達だけだ」


「私を……」


 高松先生の言葉をかみしめるような反応を見せる雫。


 それを横目で見ながら、凛月の問いかけが続く。


「暴走、というと、思い当たるのが訓練場での雫ちゃんの様子なんですけど、あれがそういう風に思っていいんですかね?」


「確かに。お姉ちゃんの話だと闇魔法で崩れた天井を支えていたとか。雫ちゃんは闇魔法が苦手だって聞きましたけど、そんな事可能なんですか?」


 凛月の真面目な問いかけに合わせ、日織も追撃するような形で高松先生に問いかける。先生は「あくまで仮説だが……。」と前置きした上で話し始めた。



「恐らく、二重魔格デュアルフェイスかもしれないな」


二重魔格デュアルフェイス?」


 ここにいる生徒組の全員が首を傾げる中、高松先生は電子ボード上の情報をスライドさせて、空いた空間に情報を出し始めた。


「簡単に言うと二重人格のようなものだ。普通は生まれつきや環境の変化によって二重人格は発生するらしいが……二重魔格デュアルフェイスは少し違う」


 先生は人差し指を上に向けてその先から火を出した。


「この様に普段、俺たちは魔力を源としていろんな現象として出すことができる。だがこの魔力自体についてはまだ解明はされてはいない。むしろ未知のエネルギーだ」


そして先生は人差し指にだしていた火を握るように消すとじっと私を見た。


「もしも魔力が意志を持ち、覚醒、本人の意思を乗っ取り行動することが出来たとしたら……という仮説の答えとして存在する、魔力によるもう1つの人格。それが二重魔格デュアルフェイスだ」


「なるほど……ですが、先生。質問があります」


「なんだ? 篠崎」


「そのもう1つの人格って……闇魔法を使ってたんですよね? それって雫のトラウマと関係あるんじゃないんですか?」


「トラウマ?」


 高松先生だけ少し意表を突かれたような表情をし、生徒組の視線は一斉に雫の方に向く。


 咲は一瞬だけ「ごめん」と謝ると


「雫は……」






「咲ちゃん、ストップ」


 咲が話そうとした言葉を、凛月が遮る。


「咲ちゃん、多分それ、あなたが話すべきじゃないと思う」


「私もお姉ちゃんと同じ思い。雫ちゃんのことなら、雫ちゃん自身が喋るべきだよ」


「しず姉……」


「雫……」


 凛月と日織は優しい眼差しを、海と咲は不安そうな視線を、それぞれ雫に投げかけている。



「大丈夫だよ。こんな姿からは分かんない自信があるくらいに、私と日織、結構耐性あるから」


「うん。師匠にしごかれたもんね」


「そうだね。驚かない選手権、なんてやったら多分優勝できる」


「お姉ちゃん……」


「冗談だってば」


 真面目な話の中に急に出てきた少しふざけ気味の言葉に、日織が少しばかり冷ややかな視線を送る。


 凛月はそれを難なく受け止めながら、調子を崩さずに言葉を続けた。


「まぁ、そんなだから別に気にしなくていいよ。さっき高松先生が言ってた真偽はさておいて、私、一応雫ちゃんの暴走モードから先生と白崎くん守った前例があるし」


 そう言って、凛月は雫に笑いかける。



 雫の視線が一瞬だけ下を向き、また元の位置に戻る。迷いは少しだけ見えていたが、


「……『親殺しの雫』この通り名。みんな知ってますよね?」


 その言葉で彼女の独白が始まったのを理解した他全員が、黙って話を聞く視線を見せる。


「私は8歳の時、両親を殺しました。闇魔法『最終定理』という魔法で」

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