第17話 異世界からの帰還、そして別れ

 守護者との飲み比べを見事に制し、健太たちは疲労困憊の中、勝利の余韻を感じていた。酒で鍛えられた彼らの身体も、この試練で限界まで追い詰められていたが、今や異界の扉は目の前に開かれていた。明るい光が扉の向こうから差し込んでおり、その先には彼らが元の世界に帰る道が広がっている。


「これで…本当に帰れるんだな。」

 健太が静かに言葉を漏らしながら、扉の向こうをじっと見つめていた。何かを手に入れたようで、同時に何かを失ってしまうような、複雑な感情が胸にこみ上げていた。


「そうみたいです…。俺たち、とうとうやったんですね。」

 亮が少しほっとしたように答えるが、彼の顔にはどこか寂しげな表情が浮かんでいた。


「でも、まだ実感が湧かないな。あの酒で酔い過ぎたのかもしれないけど…、帰るって言ってもなんか現実味がないんだよな。」

 龍太が頭を掻きながら少し困惑した様子で呟く。


「それでも、帰らなきゃな。元の世界には俺たちを待っている人たちがいる。」

 直樹が冷静に言うが、その声にもわずかに哀愁が漂っていた。


「ここで別れなのね。」

 ミリアが一歩前に進み、扉を見つめながら静かに呟いた。彼女の瞳にはどこか優しさと悲しさが混じり、健太たちを見つめる目に涙の気配があった。


「ミリア…?」

 健太がその言葉に反応して、彼女に問いかけた。


「そう、私はあなたたちと一緒にこの扉を通ることはできないわ。あなたたちをもとの世界に返すことが私の使命だから、この世界に留まる運命なの。」

 ミリアの言葉が響くと、全員が静まり返り、その場に重い空気が漂った。


「待てよ!なんでミリアは一緒に来られないんだよ!俺たち、ずっと一緒にここまでやってきたじゃないか!」

 龍太が強い口調で反論するが、ミリアは静かに微笑んで首を振った。


「ありがとう、龍太。でも私は、この異世界の一部なの。この世界で役目を果たすために生きている存在だから…元の世界に行くことはできないのよ。」

 ミリアが柔らかい口調で言うと、龍太は言葉を失い、拳を握りしめた。


「でも…でもさ、ずっと一緒に冒険してきたんだ。俺たち、ミリアがいなかったらここまで来られなかったよ。」

 健太も涙をこらえるようにしながら、声を震わせて言った。


「ありがとう、健太。あなたたちと一緒に冒険できたことは、私にとってもかけがえのない経験だったわ。強くて、優しくて、そして…酒に強いあなたたちと出会えて、本当に良かった。」

 ミリアの言葉は一つ一つが胸に刺さるようで、全員が何も言えずにただ彼女を見つめていた。



「あなたたちがいれば、この異世界もこれからも平和になるわ。もう、私の手助けは必要ない。これからは、あなたたちが歩むべき道を進むのよ。」


 ミリアとの別れの時が迫り、全員がその場に立ち尽くしていた。それぞれが彼女に感謝し、そして心から別れを惜しんでいた。これまで共に過ごした日々が頭をよぎり、彼らの胸に込み上げてくるものがあった。


 健太は、ミリアに向かって言葉をかけた。


「ミリア、今までありがとう。本当にお前がいなかったら、ここまで来れなかったよ。」

 健太の目には涙が光っていた。彼は強い感情を抑えながら続けた。

「俺たち、これからも頑張るよ。ミリアに誇れるような冒険者であり続けたいんだ。」


 ミリアは微笑みながらうなずいた。

「健太、あなたはすでに十分誇れる存在よ。何があっても、あなたの心の強さは変わらないわ。どうかその勇気を忘れないで。」


 次に、亮がミリアの前に進み出た。彼はいつも冷静な顔をしているが、この瞬間は少し違った。


「ミリアさんには本当に感謝している。ミリアさんの知識や冷静な判断力が、何度も俺たちを救ってくれました。」

 亮は真剣な表情で言葉を紡いだ。

「ミリアさんがいなかったら、俺たちは試練に勝てなかっただろうし、ここまで来られなかった。ありがとうございました。」


 ミリアは彼の言葉に静かに微笑んで答えた。

「亮、あなたはいつも冷静で頼もしかったわ。何が起きても自分を見失わないその姿に、私はとても感銘を受けていたの。どうか、これからも自分を信じて歩んでね。」


 龍太が次に前に進み出ると、涙をこらえきれずに大声で叫んだ。


「ミリア!俺たち、また絶対に会おうな!お前とは一緒にもっと飲みたかったし、もっとバカなことやりたかったんだ!」

 彼は目をこすりながら続けた。

「もう一度、絶対に会おうぜ!その時は、酒飲んで笑い合おう!」


 ミリアは彼に優しく微笑んだ。

「龍太、あなたはいつもみんなを明るくしてくれたわ。あなたがいたから、どんな状況でも笑顔を忘れなかった。あなたの元気とお酒好きは、私にとっても大切な思い出よ。いつかまた一緒に飲みましょうね。」


 最後に、直樹が静かにミリアに近づいた。彼は一番冷静で落ち着いた表情をしていたが、その内側には深い感情が流れていた。


「ミリア、君には感謝しかない。君がいなかったら、俺たちはこんなに遠くまで来れなかった。君の言葉に何度も助けられたよ。」

 直樹は少し息を整えながら、続けた。

「君は俺たちの冒険を支えてくれた存在だ。これから先、君のことを忘れることはない。」


 ミリアは直樹に向かってゆっくりと頷いた。

「直樹、あなたはいつも落ち着いていて、みんなを守る役目を果たしていたわ。あなたがいるからこそ、全員が安心して進むことができた。あなたの冷静さと優しさを、これからも大切にしてね。」


 全員がミリアと最後の言葉を交わし終えた時、再び静けさが訪れた。ミリアは深い感謝の気持ちを込めて、もう一度全員に微笑みかけた。


「本当にありがとう、みんな。私はこの世界に残るけれど、あなたたちが元の世界で幸せに生きてくれることを願っているわ。」

 ミリアの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいたが、彼女はその涙を拭おうとはしなかった。


「ミリア、さようなら…そして、ありがとう。」

 健太が最後に言葉をかけると、全員が扉の方へと足を踏み出した。


 健太たちはそれぞれの想いを胸に抱きながら、ミリアに最後の別れを告げ、扉へと向かって歩き出した。背後に残るミリアの存在が、彼らにとって大きな支えだったことを思い返しながらも、彼らは元の世界に帰るために進まなければならない。光が差し込む扉の前で、健太が一瞬振り返った。


「ミリア、ありがとう。いつか、また会えるよな?」

 健太の声は震えていたが、その中には新たな冒険への希望と、ミリアとの再会への淡い期待が含まれていた。


 ミリアは優しく微笑んで言った。

「ええ、きっとまた会えるわ。その時まで…あなたたちが元の世界でどう成長するか、楽しみにしているわ。」


 健太はそれに頷き、再び扉に向き直った。亮も、直樹も、龍太も、一度振り返り、ミリアに手を振った。それぞれの表情には感謝と別れの寂しさが混じり合っていた。


「さあ、行きましょう。俺たちは、まだやるべきことがあります。」

 亮が静かに声をかけ、全員が一歩を踏み出す。


 扉の向こう側に進むと、健太たちは一瞬目がくらむほどの強い光に包まれた。光の中で、彼らの体が軽くなり、次第に自分たちが異世界から元の世界へと戻りつつあるのを感じた。


「これが帰還の瞬間か…」

 健太が呟くように言うと、龍太が驚きの声を上げた。


「本当に戻ってんのか?これ、夢じゃねえよな?」

 彼は目をこすりながら、周りを見回していたが、次第に光が収まり、彼らがかつての街並みが目の前に広がっていくのを確認した。


「戻った…俺たち、本当に戻ってきたんだ。」

 直樹が静かに言いながら、元の世界の風景を目に焼き付けるように見つめた。


 街はいつもと変わらない。人々は忙しなく行き交い、誰もが日常の生活に戻っている。健太たちはそんな世界の中に立ち尽くし、しばしその光景に言葉を失っていた。


「なんか…妙な気分だな。あっちでのことが全部夢みたいだ。」

 龍太が照れくさそうに笑いながら言うと、亮が軽く肩を叩いて応じた。


「夢じゃないですよ。俺たちは現実の異世界を冒険して、戻ってきました。それに、あの世界での経験は、何もかも本物でした。」

 亮の言葉に、全員が深く頷いた。


「そうだな…。でも、なんか寂しいよな。ミリアはあの世界に残って…」

 健太が言いかけると、直樹が優しく声をかけた。


「ミリアも言っていたじゃないか。いつかまた会えるって。その時まで、俺たちも自分の道を歩いていこう。」


「そうだな。これが終わりじゃない。俺たちの冒険は、まだまだ続くんだ。」

 健太が力強く頷き、再び元気を取り戻した。


 異世界での冒険は終わったが、健太たちにとって、新たな冒険はここから再び始まる。元の世界に戻り、彼らはそれぞれの未来へ向けて進む決意を固めた。ミリアとの別れは悲しいものだったが、彼女との思い出が彼らを強くし、これからの人生を歩んでいく力を与えてくれるはずだ。


「これからどうする?俺たち、また集まって飲みに行くか?」

 龍太が笑いながら言い出すと、全員が顔を見合わせて笑い始めた。


「龍太さんはどこに戻っても変わらないですね。けど、それもいいかもしれない。」

 亮が少し笑いながら応じた。


「でも、今度は飲み過ぎるなよ。二日酔いは勘弁だからな。」

 健太が冗談交じりに言うと、直樹も肩をすくめて笑った。


「まあ、まずは休んでからだな。俺たち、長い間戦ってきたんだからな。」


 夕方、健太たちは再び馴染みの酒場に集まり、ミリアとの冒険を振り返りながら杯を交わした。酒場の雰囲気は変わらず、懐かしい匂いと賑わいに包まれている。彼らは笑い合い、互いに感謝し合い、そしてこれからの未来に向けて乾杯を交わした。


「ミリアに感謝だな。あいつがいたから、ここまで来れたんだ。」

 健太がジョッキを持ち上げると、全員が同時にジョッキを掲げた。


「そうだな、ミリアに乾杯!」

 龍太が元気よく声を上げると、亮も静かに微笑んで杯を持ち上げた。


「ミリアさんが見守ってくれているなら、俺たちはこれからも大丈夫です。」

 亮の言葉に、全員が頷きながら酒を飲み干した。


 酒場を後にした健太たちは、それぞれが新たな冒険への希望を抱きながら歩き出した。ミリアとの別れは寂しいものだったが、彼女との思い出は永遠に彼らの心に残っている。


「俺たち、これからも一緒にやっていこうな。」

 健太が全員に声をかけると、亮が静かに頷いた。


「もちろんです。これからも変わらず、俺たちは仲間です。」

 亮の言葉に、直樹と龍太も力強く頷いた。


「じゃあ、次はどんな冒険が待ってるかな?俺はもうワクワクしてるぜ!」

 龍太が笑いながら先に進み、全員が笑い声を上げながらそれに続いた。


 こうして、健太たちは新たな未来へと歩み出した。異世界での冒険は終わったが、彼らの人生はこれからも続いていく。ミリアとの別れが彼らに新たな力を与え、これからの冒険へと背中を押してくれるに違いなかった。

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