第14話 大宴の島

 夜遅くまで「風のエール亭」で飲み続けた健太たちは、いつものように翌朝を二日酔いで迎えた。異界の鍵を手に入れた今でも、彼らの日常は変わらず、酒が欠かせない。しかし、毎回のように飲み過ぎた翌朝は、苦しむのが常だった。


「うっ…頭が割れるようだ…」

 健太がベッドで頭を押さえ、唸り声を上げる。


「またやってしまった。俺たち、もう何回この二日酔いを経験しているんですかね?」

 亮がベッドに横たわったまま、冷静に言った。


「何回かって…俺たちの冒険は酒と共にあるんだから仕方ねぇよ…うっ、吐きそうだ…」

 龍太が顔を青ざめさせながら吐き気をこらえている。


「お前が昨晩『飲み比べしようぜ!』って煽ったせいだろうが。」

 直樹が冷静に指摘すると、龍太は弱々しく返す。


「そりゃ、お祝いに一杯くらい、って思ったんだよ…うぇぇ…」

 龍太は苦しそうに喉を押さえ、顔を背けて吐き気と戦っていた。


 ミリアは、健太たちが床に転がっているのを見下ろしながら、軽くため息をついた。


「あなたたち、本当に懲りないわね。毎回こうやって二日酔いになるのに、なんで毎回あんなに飲むの?」

 ミリアが呆れながら言うと、健太は顔をしかめつつ反論した。


「いや、俺たちは強いんだよ。ただ、酒も強すぎて飲み過ぎちゃうんだよな…適度にってのが難しいんだよ、わかるだろ?」

 健太が無理に自分たちを正当化するような口調で言うと、ミリアは微笑んだ。


「ええ、わかるわ。どれだけ愚かに見えるかもね。」

 彼女の返答に、健太はさらに顔をしかめて苦しんだ。


「でも、今のうちに体調を整えないと、次の冒険に支障が出るぞ。」

 直樹がいつものように冷静に状況を整理しながら言った。彼の言葉に、全員が少しだけ気を引き締めた様子を見せる。


「次の冒険か…異界の鍵はもう手に入れたんだよな。じゃあ、今度は何をするんだ?」

 龍太が顔をしかめながらも、ベッドから体を起こして健太に問いかけた。


「異界の鍵は手に入れたけど、まだ元の世界に帰る方法は見つかっていないんだよ。今後は、その方法を探さないとな。」

 健太が答えると、亮が考え込んだ表情を浮かべた。


「そういえば昨日、情報屋がたまたま同じカフェに居て何か話していました。」

 亮はスマホのメモ帳を開いて聞いたキーワードを思い出した。

「そうそう、大宴の島だ。酒と関係するかもしれないからメモりました。」

 亮の言葉に、ミリアははっとなり説明をはじめた。


「思い出した。『大宴の島』は古くから酒にまつわる伝統と儀式が行われてきた場所。異界の鍵はもう手に入れたけど、そこで何か別の力を手に入れることができるかもしれないわ。あるいは、元の世界に戻るための手がかりが見つかるかも。」

 ミリアが説明すると、龍太の目が輝き出した。


「酒の儀式だって!?俺たちのためにあるような場所じゃねぇか!よし、決まりだな。次はその島に行って飲み比べだ!」

 龍太が勢いよく言うと、健太も微笑んで同意した。


「それじゃ、決まりだ。準備をして『大宴の島』に向かおう。」


 健太たちは港で船を手配し、「大宴の島」へ向かう準備を整えた。運良く、安価な船を借りることができ、彼らは順調に島に向けて出発することになった。


「船旅も悪くないな。風も気持ちいいし、久しぶりにのんびりできそうだ。」

 健太が海風に吹かれながら言うと、亮が甲板で頷いた。


「まぁ、酒の飲み過ぎさえなければいいですが。皆が船上でまた飲み始めないことを祈っています。」

 亮が冷静に言ったが、龍太はすでにジョッキを掲げていた。


「いやいや、船旅には酒が付き物だろ!『大宴の島』に行くんだから、今から飲み始めてもおかしくねぇよ!」

 龍太が陽気に笑いながら言うと、健太もため息をつきながらジョッキを持ち上げた。


「まぁ、少しぐらいならな。けど、また二日酔いになるのは勘弁してくれよ。」

 健太が苦笑しつつジョッキを掲げ、全員で軽く乾杯をした。


 数時間の船旅を経て、ついに「大宴の島」が目の前に現れた。島は豊かな緑と、美しいビーチに囲まれており、遠くからもその荘厳さと神秘性が感じられた。


「これが『大宴の島』か…。なんかただの飲み比べの場所とは思えないな。」

 健太が島を見つめながら呟いた。


「そうね。ここには古くからの儀式が行われてきたと言われているけれど、単なる酒の祭りじゃないわ。酒の力を使って、神々とつながるための試練が待っているはずよ。」

 ミリアが真剣な表情で話すと、直樹が冷静に問いかけた。


「その試練は、俺たちが今まで経験してきた飲み比べとは違うのか?どんなことが待ち受けているんだ?」

 直樹の質問に、ミリアは少し考え込んだ。


「伝承では、この島の試練は精神と肉体の両方に関わるものだと言われているわ。単に酔いの強さを競うだけでなく、酒を通じて心を鍛え、神々との交信を果たす。異界の鍵はすでに手に入れたけれど、この試練を通してさらなる力を得ることができるかもしれない。」

 ミリアの説明に、健太たちは再び気を引き締めた。


「なるほどな。つまり、ただ飲んで騒ぐだけじゃ済まないってことか。」

 健太がつぶやくと、龍太がニヤリと笑った。


「まぁ、俺たちには酒の経験があるんだ。どんな試練が来ても負ける気がしねぇよ!さあ、行こうぜ!」

 龍太が勢いよく先に進もうとすると、亮が冷静に止めた。


「待ってください。島には罠や仕掛けがあるかもしれません。まずは慎重に調べるべきじゃないですか。」

 亮の言葉に、健太たちも同意した。


「亮の言う通りだな。慎重に動かないと、ただの宴会気分で失敗するわけにはいかない。」

 健太が真剣な表情で答えると、全員が一斉にうなずいた。


「でも、酒の試練ってどんな感じなんだろうな?普通の飲み比べじゃなくて、精神も鍛えられるってことだろ?まるで修行じゃん。」

 龍太が少し笑いながら、島に足を踏み入れた。


 島の中に入ると、すぐに古めかしい石造りの建物が見えてきた。建物は大きく、島全体を見渡せる丘の上に位置していた。扉には大きな杯が彫り込まれており、それがこの島の象徴であることを強調しているようだった。


「この建物が試練の場か…雰囲気が違うな。まるで酒を神聖なものとして扱ってる感じだ。」

 健太が神秘的な雰囲気に圧倒されながらつぶやいた。


「それもそのはずよ。この島では、酒は単なる飲み物ではなく、神との交信の手段として扱われてきたの。酒を通して精神を清めることで強さを得るっていう信仰があるのよ。」

 ミリアが説明し、全員が少し緊張感を持って建物に近づいていった。


 建物の中に入ると、中心には大きな円形のホールが広がっていた。壁には酒を飲む人々や神々が描かれた古代のフレスコ画が飾られており、中央には巨大な杯が置かれていた。杯には透き通った液体が満たされており、それが島の象徴する「酒の力」を表しているようだった。


「これが試練の舞台か…。思ったより荘厳な場所だな。」

 健太がつぶやき、全員が杯の前に並んで立った。


「さあ、準備はできたか?」

 突然、建物の奥から低い声が響き渡った。その声の主は、神官のような装束をまとった老人だった。彼はゆっくりと健太たちの前に現れ、冷静に彼らを見つめていた。


「我々は、古くからこの島で神々と酒を通じてつながり、試練を通じて強さと知恵を授かってきた。だが、この試練を乗り越えるには、ただの体力だけではなく、酒を愛し、精神を鍛えた者だけが成功する。」

 神官の言葉に、全員が緊張を感じた。


「酒を愛する…俺たちにぴったりじゃねえか!」

 龍太が少し笑いながらジョッキを持ち上げようとしたが、神官は手を挙げて制止した。


「軽々しく考えるな。ここでの試練は、単なる飲み比べではない。精神と肉体、両方を同時に鍛える必要がある。この杯を飲み干した者には、次の試練が訪れるだろう。」

 神官は杯を示しながら、厳かな表情で続けた。


「準備ができたなら、この酒を飲み干せ。そして、試練に挑むのだ。」


 健太たちは、神官の言葉に従って杯に手を伸ばした。巨大な杯に入った酒は、透き通った琥珀色をしており、甘く芳醇な香りが漂っていた。


「これが…試練の酒か。」

 健太は少し躊躇しながらも、杯に口をつけた。酒は喉を滑るように流れ込み、彼の体全体に温かさが広がる感覚がした。


「すげぇ、こんな酒、飲んだことねぇぞ…」

 龍太も同様に杯を傾け、酒の力を感じ取っていた。


「でも、ただの美味い酒じゃない気がする。何か特別な力が…」

 健太が言いかけたその瞬間、全員の視界が一瞬ぼやけ、周囲の風景がゆがんで見え始めた。


「おい、なんだこれ!?頭がクラクラしてきたぞ!」

 龍太が驚きの声を上げると、ミリアがすぐに冷静な声で返した。


「これは酒の力よ。精神と肉体に直接働きかけているの。酔いとはまた違う、別の感覚が訪れるはずよ。落ち着いて、集中して…」

 ミリアが説明を始めたが、全員はすでにその言葉を理解する余裕がなくなり、頭の中でさまざまな幻覚や幻聴が響き始めていた。


「健太…おい、俺の声聞こえるか!?」

 龍太が必死に呼びかけるが、健太の目はもう焦点が合っていなかった。彼の周りには、酒樽のような形をした幻影が次々と現れ、まるで酒そのものが彼を試そうとしているかのように立ちはだかっていた。


「こ、これは…なんなんだ…」

 健太が足元をふらつかせながら、幻影に手を伸ばそうとするが、触れることもできず、ただ揺れる景色に翻弄されていた。


 一方で、亮もまた自分自身の内面と向き合う試練に直面していた。彼の前には、酒を注ぐ杯が次々と現れ、それを断り続けなければならない状況に陥っていた。


「こんなに酒が次々と出てくるなんて、冗談だろ…。でも、この試練は、飲むことを拒むことが鍵なのかもしれない。」

 亮は自分の意思を試されているかのように、冷静にその杯を見つめ続けた。


「飲まなきゃいい…ただ、飲まなきゃいいんだ。」

 彼は自分に言い聞かせながら、強い意志で杯から目をそらしていた。


 試練の幻覚は、全員に異なる形で現れ、彼らの精神力を試していた。龍太は次々と現れる巨大な酒樽に立ち向かい、健太は飲み比べの幻影に翻弄されていた。ミリアは冷静に幻覚を見極めながら、自分自身の心を保とうと努力していた。


「この試練は、ただ飲むだけじゃない。精神を鍛え、酒の力に惑わされないことが重要なのね。」

 ミリアは内心でそう確信し、幻影に惑わされずに自分を保ち続けた。


「俺たちのこれまでの経験が試されてるんだな…。酒をただ楽しむだけじゃなく、それを超えたところに何があるかを見なきゃいけないんだ。」

 健太もまた、自分を奮い立たせ、幻影を乗り越える覚悟を固めた。


 数時間にわたる試練を乗り越えた健太たちは、ようやく現実の世界に戻ってきた。彼らの体は疲労で重く、頭はまだぼんやりとしていたが、試練を乗り越えたことで新たな力を感じていた。


「お前たちはよくやった。酒の力に溺れることなく、精神を鍛え、試練を乗り越えたのだ。」

 神官が再び姿を現し、健太たちに向かって深く頭を下げると、再び静かに彼らを見つめ、満足そうに口を開いた。


「酒は単なる酔いを楽しむためのものではなく、精神と肉体を磨く。お前たちがその試練を乗り越えたことで、さらに強大な力を授けるだろう。」

 神官の言葉に、健太たちは静かにうなずきながら、その言葉の重さを感じ取った。


「俺たち…確かに何か変わった気がする。今までとは違う感覚があるんだ。」

 健太は自分の胸に手を当てて感じ取った新たな力を確かめていた。


「そうね。この試練は単に酒に勝つことだけじゃなかった。自分自身と向き合い、酒の力をどう制御するか、それが重要だったわ。」

 ミリアが静かに話し、彼女の言葉に全員が頷いた。


「まさか、飲むことを拒むことが試練だとは思わなかったです…。でも、俺たちは乗り越えました。」

 亮も自分の試練を振り返りながら、少し笑みを浮かべた。


「それにしても…あの酒樽が次々と襲いかかってくる幻覚はマジでやばかったぞ。俺、もう二度と酒樽が夢に出てくるなんて勘弁してくれ。」

 龍太が笑いながら言うと、健太たちも思わず笑い声をあげた。


 健太たちは「大宴の島」の試練を乗り越えたが、まだ次の目的地が定まっていなかった。異界の鍵はすでに手に入れているが、元の世界に戻る方法はまだ明確ではない。


「さあ、次はどこへ行くべきなんだ?」

 健太が皆に問いかけると、ミリアが少し考え込んだ表情で答えた。


「異界の鍵を使って元の世界に戻るためには、もう少し情報が必要よ。この島では得られる手がかりは限られていたけど、次は街に戻ってさらに調査を進めるべきね。」

 ミリアの提案に、亮がうなずきながら言った。


「確かに、元の世界に戻るための方法を探るには、もっと具体的な情報が必要だと思います。酒の力だけでは解決できないこともあるかもしれないですし。」


「でも、酒で解決できることはまだまだあるはずだぞ!」

 龍太がすかさず茶化すように言うと、健太が笑いながら彼の背中を叩いた。


「まあ、確かにそうかもしれないけど、さすがに酒だけじゃ無理なときもあるってことだ。次の手がかりを探すには、一度街に戻って情報を整理しよう。」


 全員が頷き、彼らは再び船に乗り込み、街へと帰還することになった。次の冒険に備え、新たな情報を集めるために動き出す準備を整えつつ、彼らは再び船上で酒を楽しんだ。


「それにしても、試練の酒は凄かったな。あんなに飲んで精神に働きかける酒なんて、今まで経験したことがなかった。」

 健太が船上で風に吹かれながら語りかけると、亮が静かに頷いた。


「あれはただの酒じゃなかった。酒に秘められた何かしらの力を感じました。試練は厳しかったけど、それを乗り越えたからこそ今があります。」


「まぁ、それもこれも酒のおかげってことだろ?俺たち、飲んでばかりだけど、これでどんどん強くなってるってわけだな!」

 龍太がまたジョッキを掲げ、全員が笑いながらそれに応じた。


「でも、飲み過ぎるとまた二日酔いで苦しむことになるわよ。次の街に着く前に、ほどほどにしておいた方がいいわ。」

 ミリアが優しく忠告すると、全員が軽く笑いながら再び杯を傾けた。


 船は無事に街へと帰り着き、健太たちは情報収集のために、街中を歩き回ることにした。ミリアの提案で、彼らは再び情報屋や図書館などを訪れ、元の世界に戻るためのさらなる手がかりを求めることにした。


「ここからが本番だ。異界の鍵は手に入れたけど、それをどう使うかが問題だ。街にはきっと、その答えがあるはず。」

 健太が前を見据え、全員がそれに続いて街へと繰り出していった。


「でも、また何か飲み比べが絡むんじゃねぇか?」

 龍太が笑いながら言うと、全員が「それもあるかもな」と軽く肩をすくめた。


 こうして彼らは、冒険の舞台へと戻り、新たな試練と手がかりを求めて街の探索を続けるのだった。

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