第9話 酒に溺れる者たち

 三大魔将との試練を乗り越えた健太たちは、情報屋で得た手掛かりを図書館へ向かう準備をしていたが、龍太の「もう一杯だけ」という提案に全員が乗り、酒場「風のエール亭」へ足を運んだ。試練の疲れを癒すために、少しだけ飲もうというつもりが、気づけばすっかり飲み会モードに突入していた。


「さあ、今日は俺たちの勝利を祝って乾杯だ!」

 龍太がカップを掲げて大声で叫び、全員がカップを持ち上げた。


「乾杯!」

 全員が声を合わせて一斉にエールを飲み干す。冷たいエールが体中に染み渡り、全員がほっとした表情を浮かべた。


「やっぱり、試練の後のエールは最高だな。今日はゆっくり飲もう。」

 健太がカップを置きながら言ったが、龍太はすでに次の一杯を手にしている。


「いやいや、ゆっくりなんかじゃつまらねぇだろ!次は一気飲み競争だ!」

 龍太が勢いよく叫び、全員に次のエールを注ぎ始めた。


「えー、もう一気飲みですか…。まぁ、今日は特別な日だからいいですけど。」

 亮は少し呆れながらも、楽しそうにカップを受け取る。


「何事もほどほどにしないと、後で後悔することになるぞ。」

 直樹が冷静に警告するが、全員のテンションが上がっていることに気づき、すぐに諦めた様子で自分のカップを持った。


「私も混ざってみようかしら。たまには羽目を外すのも悪くないわね。」

 ミリアが冷静な表情を崩さずにカップを手に取ると、全員が驚きの表情を見せた。


「ミリアも飲むのか!今日はなんだか特別な気分になってきたぞ!」

 健太が笑いながらミリアを見つめた。


「もちろんよ。異世界を旅している以上、こんな機会も楽しまないとね。」

 ミリアが微笑みながら答え、カップを軽く掲げた。


 エールが進み、全員がリラックスしてきた頃、龍太が話し始めた。


「なぁ、俺たちがこの世界に来た中で、俺が一番カッコよかった瞬間って覚えてるか?」

 龍太が少し得意げに問いかけると、亮がすぐに突っ込んだ。


「いや、カッコいい瞬間なんてありましたか?」


「なんだと!俺はちゃんとカッコいい場面があったんだよ。あの時だ、ほら、最初ので試練オークと飲み比べした時、俺が最後まで飲み干して勝っただろ?」

 龍太は胸を張って自慢げに言うが、健太が冷静に指摘した。


「いや、全然覚えてない。」

 健太が笑いながら言うと、ミリアも静かに微笑んだ。


「そうだったかしら。」

 ミリアの言葉に、全員が大笑いする。


「ぐっ…でも、あれは俺が限界まで挑戦した結果だ!それが大事なんだろ?」

 龍太は悔しそうに言うが、全員が再び笑い声を上げた。


 酒が進むと、ミリアも次第に様子がおかしくなってきた。彼女は冷静な表情を保っていたが、カップを持つ手が少しふらつき始めた。


「ミリアさん、大丈夫ですか?いつもみたいに冷静じゃなくなってきてますよ。」

 亮が心配そうに声をかけると、ミリアは笑いながら答えた。


「大丈夫よ…これくらい…何でもないわ。」

 そう言いながらも、ミリアの頬は赤く染まり、目が少し虚ろになっている。


「ミリアがこんなに酔っ払うなんて、珍しいな。普段は絶対に見せない顔だぞ。」

 健太が驚いたように言うと、ミリアはにやりと笑って、またカップを掲げた。


「私だって…たまにはこんな風に飲みたいのよ。何か文句でもある?」

 ミリアが挑発的に言い返すと、全員が一瞬黙り込んだ。


「い、いや…文句なんてないです。」

 健太は慌てて答えたが、ミリアの表情に一瞬だけ怯えた様子を見せた。


 全員が酔い始め、ふらつき始めた頃、直樹だけは冷静に自分のペースを守っていた。しかし、亮が突然直樹に話しかけた。


「直樹さん。冷静すぎて面白くないです。もっと楽みましょ!」

 亮がからかうように言うと、直樹は淡々と答えた。


「俺はこういう時でも自制心を失わないんだ。お前らみたいにバカ騒ぎするのは性に合わない。」

 直樹はクールに返すが、その額には汗がにじみ始めている。


「でも、直樹…お前、ちょっと酔ってきてないか?」

 健太が心配そうに尋ねると、直樹は一瞬動揺を見せたが、すぐに平静を装った。


「いや、俺は大丈夫だ。お前たちこそ、もう限界なんじゃないか?」

 そう言いながら、直樹は無理にエールを一口飲んだ。


「直樹、お前、無理してるぞ。」

 龍太が指摘するが、直樹はそれを無視して、再びエールを飲み干した。


 しかし、その瞬間、直樹の足元がふらつき、ついにバランスを崩して椅子から転げ落ちた。


「冷静さを失ったな、直樹…」

 健太が呆れたように言うが、直樹は笑いながら床に倒れ込んだ。


「俺は…まだ冷静だ…ただ、少しだけバランスを崩しただけだ…」

 直樹が弱々しく言い訳するが、全員は大笑いしていた。


 直樹の冷静さが崩れたことで、全員のテンションは最高潮に達していた。ミリアも完全に酔っ払っており、何度も「もっと飲む!」と叫び続けている。龍太は床に転がりながら笑い続け、亮もテーブルに突っ伏して動かなくなった。


 健太が「もう無理だ…」と呟いてテーブルに突っ伏したのを最後に、酒宴は完全に崩壊した。ミリアもまた、かろうじて冷静を保っていたものの、ついに限界が来たらしく、頬を赤く染めながら椅子にぐったりともたれかかった。


「ふふ、こんなに酔ったのは久しぶりね…」

 ミリアがぼんやりと呟きながら、空のカップを手にしたまま、完全に動かなくなった。


「ミリアまで…倒れた…」

 龍太は床に転がりながら笑っていたが、彼もすでに限界だった。彼はカップを持つ手が完全に震えており、次の一杯を飲むことができなくなっていた。


「今日は…さすがに飲みすぎたかもしれません…」

 亮もテーブルに顔を伏せ、酔いに身を任せるようにうつぶせになったまま、動かなくなった。


 直樹は床に転がりながらも、最後まで冷静さを装おうとしていたが、その声はすでにかすれている。


「まだ…俺は…冷静だ…」

 しかし、その言葉を最後に、直樹も意識を失い、静かな寝息を立て始めた。


 酒宴が始まった時の喧騒とは裏腹に、店内は次第に静寂に包まれた。健太、龍太、亮、直樹、ミリアの全員がそれぞれの席や床で酔い潰れ、完全に動かなくなっている。


「はぁ…今日はすごい騒ぎだったな。」

 店主は呆れながらも微笑み、倒れたままの彼らを見つめた。酒場の片隅には、未だ飲み残されたエールの樽や空いたカップが散らかっている。


「まったく、冒険者というのは本当に酒好きだな…。でも、これも彼らの生き方なのかもしれない。」

 店主は彼らを優しく見守りながら、片付けを始めた。


 翌朝、酒場の中に差し込む朝日が健太たちの体を照らし、ようやく彼らは目を覚ました。全員がひどい二日酔いに襲われ、頭を抱えながら起き上がる。


「うぅ…頭が割れそうだ…」

 健太が顔をしかめながら立ち上がったが、全身がだるく、まともに動くことができない。


「これ…どれだけ飲んだんでしたっけ…?」

 亮がうつろな目でテーブルを見渡すが、カップや空の樽が散乱している光景に呆然とした。


「お前ら、昨日のこと覚えてるか?」

 龍太が頭を抱えながら質問するが、全員が無言で首を振る。


「いや、正直、全然覚えてない…。ただ、飲んでたことしか…」

 直樹が冷静に答えるが、その顔はまだ酔いの残りを感じさせる。


「ミリア、お前はどうだ?」

 健太がミリアを見つめるが、彼女は顔を両手で覆い、恥ずかしそうにうなだれている。


「私…あんなに酔うなんて…。なんて恥ずかしい…」

 ミリアは昨日の自分の姿を思い出し、顔を赤く染めた。


「ま、まぁ…誰でも酔う時はあるさ。」

 健太がフォローするが、ミリアは照れたままだった。


 健太たちは、ようやく二日酔いの中で体を整え、昨日の騒ぎを反省しながらも新たな一日を迎えることになった。図書館へ向かう準備を整え、再び次の冒険へと踏み出すため、酒場を後にする。


「次は…酒じゃなくてちゃんとした冒険に集中しないとな。」

 健太が笑いながら言うと、全員が同意してうなずいた。


「今日は…本当に飲まないからな。」

 龍太が真剣な表情で誓うが、全員がすぐに「本当か?」とからかうように笑い声をあげた。


 こうして、健太たちは酒宴の失態を乗り越え、次へと歩み始めた。街での情報収集はまだ続くが、彼らの旅は新たな展開を迎えようとしていた――。

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