第3話 グランコールの酒場

 健太たちは、異世界「グランコール」に到着してからの困惑をまだ引きずっていたが、少しずつ現実を受け入れ始めていた。風が吹き抜ける草原、目の前にそびえる山々、遠くに見える村の小さな家々―どれもが自分たちの知っている世界とはまったく違っていた。


「まさか、本当にこんな場所に来るなんてな…」

 龍太がぼんやりと遠くを見つめながらつぶやいた。


「異世界って…こんな感じなんですね。これが夢じゃないって、どうやって確かめればいいんですかね?」

 亮が自分の体を軽く叩いてみるが、その感触があまりにもリアルで、夢ではないことを感じていた。


「夢じゃないんだろうな…。少なくとも今まで見たことのない風景だ。」

 直樹が冷静な表情で遠くの山々を見つめながら言った。


「でも、俺たちがどうしてここにいるのか分からない。まずはそこを確かめないと。」

 健太がリーダーシップを発揮し、次の行動を決めた。


「そうだな、とりあえずもう少し大きい街に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない。」

 龍太が同意し、全員が街に向かって歩き始めた。


 しばらく歩き続けると街に着いた。

 街は石畳の道が通りに続き、しっかりした木造の家々が立ち並んでいた。街人たちは健太たちの姿を見ると、不思議そうな顔をしながらも、どこか警戒している様子だった。


「おい、あの建物はなんだ?店かな?」

 龍太が指さした先には、木の看板にカップが描かれた建物があった。


「酒場だろうな。とりあえず、そこで話を聞いてみよう。」

 健太がそう提案し、全員が酒場の方へ向かう。


 酒場の中に入ると、木の柱や梁がむき出しになった古めかしい内装が目に入った。店内は薄暗く、いくつかのテーブルには街の住民と思われる人々が座り、静かに飲み物を楽しんでいた。


「おぉ、新しい客か?」

 カウンターの奥から店主が声をかけてきた。彼は筋骨隆々の男で、長い白髪を後ろで束ねており、頬にはいくつかの傷跡があった。


「何か飲んでくかい?ここで休んでいくといい。」

 店主は気さくな声で健太たちを迎え、すぐに木のカップを四つ取り出して、透明な液体を注いだ。


「おいおい、これなんだよ?まさか毒じゃないよな?」

 龍太が怪しげにカップを覗き込んだ。


「ははっ、心配するな。これはこの街の名物、エールだ。街に来た者は皆、まずこれを飲んでもらうのが習わしなんだよ。」


 店主はそう言うと、健太たちにそれを差し出した。


「エールか…俺たちが知ってるビールとは違うのか?」

 健太は少し警戒しつつも、カップを手に取った。


「まぁ、飲んでみればわかるさ。」

 店主がにっこり笑い、健太たちはためらいながらもエールを口に運んだ。


「ん…?なんだこれ、結構フルーティーな味だな。」

 龍太が最初にエールの味に驚きの声を上げた。


「確かに…苦みが少ない。飲みやすいな。」

 直樹もゆっくりとカップを置き、味わうように言った。


「あれ、なんか体が…熱くなってきた気がするんですけど?」

 亮がカップを置き、体を触りながら言った。


 健太も同じ感覚を感じていた。体の奥からじわりと熱が広がり、まるで何かが目覚めるような感覚に包まれていた。


「これ、ただのエールじゃないな…」

 健太が戸惑ったように店主を見た。


 その時、酒場の扉が勢いよく開かれた。銀髪をなびかせ、鋭い眼差しを持った女性が入ってきた。その姿に、店内の空気が一瞬で変わる。


「ミリア…久しぶりだな。」

 店主が彼女に親しげに声をかけたが、彼女は一瞥をくれるだけだった。


「話があって来たの。ここに異世界から来た者たちがいると聞いたが、こいつらか?」

 彼女は健太たちを冷たい目で見つめた。


「俺たちのことか?」

 龍太が彼女を睨み返す。


 ミリアは無表情で頷き、健太たちを観察するように近づいてきた。


「私の名はミリア。この街で力を試すには、私の助けが必要だ。」


「助け?俺たちは元の世界に戻りたいんです。そんなことより、どうやってここから出るか教えてください。」

 亮が焦ったように言うが、ミリアは無表情で彼を見つめる。


「あなたたちが持っている力を知らなければ、元の世界に戻ることはできない。この世界で生き残るためには、自分たちの力を見極める必要がある。」


「力…?」

 直樹が眉をひそめた。


「そうだ。このグランコールでは、エールを媒介にして特別な力を発揮することができる。お前たちはその力を感じているはずだ。」

 ミリアが淡々と説明した。


 健太たちは、お互いに顔を見合わせ、そして自分たちが感じた異様な感覚が、ただの気のせいではないことを理解し始めていた。


「あなたたちに試練を与える。この酒場の地下には闘技場があり、そこでお前たちの力を試すことができる。そこで自分たちの本当の力を知れ。」

 ミリアがそう言うと、健太たちは少し緊張しながらも、その提案を受け入れる決意を固めた。


 健太たちは、店主に案内されて酒場の奥の扉を開けた。階段を下りていくと、そこには広々とした地下の闘技場が広がっていた。石造りの壁に囲まれた空間は、どこか冷たい空気が漂っていたが、同時に不思議なエネルギーを感じさせる場所でもあった。


「ここで試練を受けるんだな…」

 健太が静かに息を整えながら言った。


「怖気づくなよ、健太。俺たちの力を見せてやろうぜ!」

 龍太が拳を握りしめ、気合いを入れる。


「まぁ、何が起こるか分からないけど、やるしかないですよね。」

 亮が少し不安そうに言うが、それでも意を決して準備を整えた。


「力を試すための最初のステップだ。焦らずに挑めばいい。」

 直樹が冷静な表情で仲間を励ました。


 ミリアが闘技場の中央に立ち、彼らに向かって静かに指示を出した。


「まずは、お前たちが感じているエールの力を引き出してみろ。それがこの世界で生き延びるための第一歩だ。」


 健太たちは全員で一列に並び、深呼吸をして集中した。エールを飲んだ時に感じたあの力が、再び体の中で活性化していくのを感じた。


「この感覚…まただ。」

 健太がつぶやく。


「なんか、体の中がエネルギーで満たされていくみたいです。」

 亮も胸を押さえ、驚いた表情を浮かべた。


「これが俺たちの力ってわけか…?」

 龍太が興奮しながら拳を握りしめた。


「まだ分からないが、これがこの世界での武器になるはずだ。」

 直樹が冷静に言った。


 ミリアが彼らの様子を観察し、満足そうに頷いた。


「よし、お前たちの力は確かに目覚めているようだ。だが、それがどれほどのものかは、飲み比べの試練を通じて証明してもらう。」


 飲み比べと言われ健太たちは互いに顔を見合わせ、覚悟を決めた。これが、自分たちがこの異世界で生き残るための第一歩であり、元の世界に戻るための道でもあることを感じていた。


「よし、行くぞ!」

 健太の声に全員が頷き、試練に挑む準備が整った。


 彼らの冒険は、ここから本格的に始まろうとしていた。

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