第2話 酔いどれサラリーマン、異世界へ

「乾杯!」


 居酒屋の夜、グラスが音を立ててぶつかり合い、健太たちのテーブルは活気に満ちていた。相澤健太、山田龍太、佐藤直樹、そして鈴木亮は、会社の仕事を終えた後の恒例の飲み会に参加していた。ささやかな飲み会で、仕事のストレスを発散し、互いに冗談を飛ばし合うこの時間は、彼らにとって何よりのリフレッシュだった。


「いやぁ、今日も忙しかったな。亮、お前が急にいなくなったから焦ったぞ。」

 健太が笑いながら、亮に向かって言った。


「すみません、健太さん。トイレに行ってたら、帰り道に迷っちゃって…。」

 亮は頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。


「亮、お前ってほんと、要領悪いんだよな。でも、そこがいいところでもあるんだよな。」

 龍太がからかうように言いながら、ビールジョッキをぐいっと一気に飲み干す。その勢いに健太も釣られ、グラスを手に取って一気に流し込んだ。


「ふぅ…やっぱりビールは最高だなぁ。」

 健太は満足げにため息をつき、空いたジョッキをテーブルに置くと、店員がすかさずおかわりの注文を取りに来た。


 一方、佐藤直樹は冷静に飲み物をちびちびと楽しみながら、静かに彼らのやり取りを見守っていた。直樹は仕事では厳格で、あまり冗談を言うタイプではないが、飲みの席では皆の様子を微笑ましく見守るのが好きだった。


「直樹さん、あんまり飲んでないですね。大丈夫ですか?」

 亮が心配そうに尋ねる。


「いや、俺はあんまり酒に強くないんだ。適度に楽しんでるよ。」

 直樹は軽く微笑みながら答えた。


「やっぱり直樹さんはクールだなぁ。」

 亮が尊敬の眼差しを送るが、龍太がすぐに茶々を入れる。


「クールとか言ってるけど、亮、お前がさっきまでトイレで迷ってたこと、みんな知ってるぞ?」

 それに反応して、テーブルが再び笑いに包まれた。


 最後の乾杯と違和感

 その夜、彼らはいつものように飲み、笑い、そして楽しいひと時を過ごしていた。だが、閉店間際になった頃、店員がラストオーダーを告げると、龍太が勢いよく立ち上がった。


「よし、ラストオーダーだ!最後にもう一杯いこうぜ!」

 酔いが回ってテンションが上がっている龍太が提案すると、全員が笑顔で同意した。


「最後にもう一杯飲んだら、これで帰ろうか。」

 健太がそう言いながら、店員に追加注文をした。ほどなくして、最後のグラスがテーブルに運ばれてくる。


「乾杯!」


 グラスが再びぶつかり合い、彼らは一気に飲み干した。しかし、その瞬間、健太は体に異様な感覚を覚えた。胸の奥で何かがじわりと広がり、次第に視界が歪み始める。


「ん…なんだ…これ…?」


 健太は驚きに目を見開くが、足元がふらつき、次の瞬間には椅子から転げ落ちそうになった。周囲の音も遠ざかり、まるで世界がゆっくりと遠のいていくような感覚だった。顔が熱くなり、次第に体が思うように動かなくなる。


「おい、健太!お前、急に倒れるなよ!」

 龍太が心配そうに声をかけるが、その声もどこか遠くで聞こえるようだ。健太の意識は、次第に薄れていった。


 目覚めた先は…?

 健太が目を覚ましたのは、どれくらいの時間が経ってからだろうか。頭が割れるように痛み、まぶたを重く感じながら、ゆっくりと目を開けた。目に飛び込んできたのは、見覚えのない天井と、爽やかな風に揺れる木の葉の音だった。


「ここは…どこだ?」


 健太はぼんやりとした頭で、周囲を見回した。彼の目の前には、緑豊かな草原が広がっていた。遠くには連なる山々、そして澄んだ青空が広がっている。確かに昨晩、居酒屋で飲んでいたはずだが、ここは完全に別の世界のようだった。


「おい…健太…」


 隣から弱々しい声が聞こえる。振り返ると、龍太が地面に転がりながら、目を覚ましたところだった。


「う…なんだ、ここは…?俺たち、どこにいるんだ?」


 龍太もまた、状況が理解できずに頭を抱えていた。彼の横には、亮と直樹も倒れており、まだ意識が戻っていないようだった。


「亮!直樹!」

 健太は焦って二人を起こそうとし、肩を揺さぶる。やがて二人も目を覚まし、困惑した表情で周囲を見回した。


「ここ、どこですか…?」

 亮がそう言いながら、ふらふらと立ち上がる。


「俺たち…どうしてこんな場所に?」

 直樹も不安そうに辺りを見渡す。


 全員が混乱しながらも、とりあえず周囲の状況を確認しようと立ち上がった。しかし、どこを見ても見知らぬ風景しか広がっておらず、現実感がまったく感じられなかった。


「まさか…異世界ってやつか?」

 龍太が冗談半分で言うが、誰も笑う余裕がなかった。


 健太たちは、どうにか状況を理解しようと歩き始めたが、周りには一面の草原しか広がっていなかった。風は爽やかに吹き抜け、太陽が高く輝いているが、彼らにとっては異常な事態だった。


「とにかく、どこか人がいる場所を探さないと。」

 健太はリーダーシップを発揮し、進むべき方向を決めた。


 しばらく歩いていると、遠くに小さな村のような集落が見えてきた。健太たちはそこに向かうことにしたが、足取りは重く、全員が疲労感と頭痛に悩まされていた。


「頭が痛い…なんでこんなことになってるんですか?」

 亮がぼやきながら、ふらふらと歩いていた。


「それにしても、この場所、現実感がないよな…」

 直樹も冷静に状況を分析しようとしていたが、この異常な状況にどう対処すべきか分からずにいた。


 やがて、村にたどり着いた。小さな家々が立ち並び、村人たちが農作業をしている様子が見えた。彼らは見慣れない健太たちに気づき、警戒するような目でこちらを見ていた。


「おい、お前たち、どこから来た?」

 村の一人が近づき、問いかけてきた。


 健太たちは必死に日本から来たことや、どうしてここにいるのか分からないことを説明しようとしたが、言葉が通じないことに気づいた。


「えっ…何言ってるの?言葉が通じない…?」

 亮が驚きの表情で声を出す。


「どうやら、言葉が違うみたいだな…」

 直樹は冷静に状況を分析し、対策を考えようとしていたが、どうすればいいか分からない。全員が途方に暮れかけたその時、一人の老人がゆっくりとこちらに近づいてきた。


 老人は静かな声で馴染みの無い言葉を話し、手をかざすと、不思議な光が彼の手から広がった。


 その光が健太たちの周囲に包み込むと、突然、言葉が理解できるようになった。


「お前たちは、異世界『グランコール』に招かれたな。」


 老人の言葉に、健太たちは目を見開いた。異世界に迷い込んだなど、信じられない話だったが、現実はどうやらその方向に進んでいるらしい。


「俺たちは、どうしてこんなところに?」

 健太が質問すると、青年は真剣な表情で答えた。


「ここはお前たちの知る世界とは違う場所だ。」


 その言葉に、健太たちは自分たちが何らかの特別な運命に巻き込まれたことを理解し始めた。そして、この異世界「グランコール」での冒険が、ここから始まるのだった。


 老人に礼を言い別れ健太たちは、異世界での冒険に向けて一歩を踏み出す。彼らが異世界でどのように生き抜いていくのか、まだ誰にも分からない。だが、健太たちの運命はすでに動き出していた。

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