03

 私はさらにカーテンをつついていく。もはや尋常ではない動きをしている。私も、カーテンも。

 きっと大丈夫だろう。今しかない。私は秘められた亀裂を割って、この身をカーテンの中へしまいこんだ。

 カーテンの中で、彼女は眠っていた。思っていたよりも閉じられた睫毛は長く、生唾を飲んだ。その一方で、鼻から伸びる管や呼吸器が彼女の容貌をくすませていて、一気に取り去ってしまってあげたい気持ちになった。

 私は、のっそり、のっそりと彼女に近づいて、ちょうど頭の高さになるように屈んだ。瞼よりも上に収まるショートカットの前髪は、小さな潮流をつくって耳元まで届く。小さな耳の側で、ぱらぱらと細い髪が散らばっている。その下には、産毛がちらほら。

 お日様のかおりがする。甘いミルクのかおりもする。しかし、だめだ。嗅ぎ取ってしまっては。根絶やしにしてはならない。それほどまでの美しさ、可愛さ、儚さ。

 このまま、添い寝をしたら、どうなるだろう。

 思いついたままに、私は身をベッドに預けて、はみ出しそうになりながらも、必死でこらえた。私よりもうんと小さな身体は、私がひとたび抱きしめたら、私の腕は彼女の身体を何周だってできそうだった。

 いま感じるのは、ぬくもり。

 甘い体温を知り、もっと甘い部分をまさぐっていく。わきのした、内もも、ああもう点滴が邪魔だな、引っこ抜くか。でも、抜いたとたんに、彼女の血液が止まらなくなったらどうしよう。みるみる青く変色していく彼女なんて、容易に想像できる。血の抜かれた彼女なんて、……そんなもったいないことはできない。

 彼女をまさぐる指先は、ついに胸元をとらえた。そう思ったが、そこには何もなく、ただ確かな硬さを、薄い膜の上から感じた。想像するのは、これからの成長の余剰や過剰。少女の時代のその先を……。

 ぶぶ、と何かが震える音がした。彼女の枕元にスマホがあることに気づく。もはや当たり前のように、自分のもののように、私は彼女の手からスマホを取り上げて、その中身を確認する。パスワードはかかっておらず、青色のアイコンが画面に映し出されている。

『吉良明人、福永丸、その他二十人にフォローされました』

 なるほど、ツイッターか。

 二十人という数字に多少驚きつつ、恐る恐るツイッターをひらく。左に据えられたアイコンは、可愛らしいイラストで埋められていて、よく見ると小さな女の子の横顔であることがわかった。

 名前は、中之条椿。本名だろうか、偽名だろうか。どこか芸能人めいているけど。フォロー数は五十人に対して、フォロワー数は十万を超えている。典型的な芸能人のような、フォロー数、フォロワー数のバランスに、思わずホームボタンを押した。画面が平凡な風景の写真に帰ってくる。

 え、え?

 もしかして、有名人?

 なに?

 女優とか、モデルとか?

 さっきまで柔らかく眠っていた女の子が、途端に強大な黒を抱えているように見えてきて、私はベッドから降りてしまった。もしかしたら、かなり刺激を与えたかもしれないのに、いまだに彼女は眠っている。

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