02

 トラックにはねられた時のことを、覚えてるかどうかといえば、覚えてはいない。あの時、私は粗末な精神状態だったからハイになっていたのか、それともはねられてハイになっていたかさえわからない。

 夜眠って、朝起きたぐらいのつもりで目を覚ましたら、病院にいた。起きて一番の感想が、しゃきしゃきのシーツは苦手だ、というものだった。

 丸二日間眠っていたらしい。眠っている間、私は何か寝言をいっていたらしく、それがとにかく、ずっと付き添っていてくれた両親を安心させたらしかった。

 私の身体はどこも折れておらず、傷は見えやすいところにしかなかった。膝や肘に、きちんと刻まれた傷を確認して、丁寧に舐めようとしたら、看護師さんに止められて、その慌てた様子の顔に、私は嘘ですよと言った。看護師さんは訳のわからないような顔をしていた。

 オモテにできた傷を愛してやまない私は、今日までそれを舐め続けた。なるべく、それをえぐるように。

 全面白塗りの病院内は、どこを踏み外しても助かる見込みしかなく、つまらない。

 私はあのとき死ぬべきだった。あの事故は絶好のチャンスだった。数年前にあの場所でトラックに跳ね飛ばされた妹と同じように、私は死ねるはずだったのだ。それなのに生きている。こんなにもしぶといなんて。

 私の隣のベッドには、十は歳の離れた少女が本を読んでいた。風にあおられた、患者同士を仕切るカーテンが、彼女の横顔をときおり見えなくする。

 白くてツンと尖った鼻先だけが、取り残されるのをみて、私は掬い取ってあげたくなる。きっと、私のそれよりも柔らかな曲線は、私の指に吸い付いて離さない。たぶん、児童文学の類いに、ずっと落とされている視線は、驚愕してこちらをみるだろう。その時の、私の指は、たまらなく震えるだろう。

 彼女が瞬きをするとき、私の脳内でばさっばさっと音がする。彼女がページをめくるとき、私の肌にその温かみが触れる。私は白い掛け布団で身を隠して、想像を膨らませる。

「点滴うちますね」

 いつもの看護師の声がする。たぶん、いま、隣のカーテンが全開になった。シャッと音がなったから。顕わになった彼女の姿を、私は見なければならない。その鼻先が着地するところを、この目で。

「もう慣れた?」

 看護師の言葉に、彼女の返事はない。たぶん、頷くかなにかして、きっと言葉にしている。その姿を想像する。まだまだ幼い女の子が、こくんと頭をふる姿。だめだ、たまらなく可愛い。

 看護師の靴音が遠くなって、私はこの掛け布団を、一気に蹴り上げて放り出し、彼女の様子を全身で味わうタイミングをはからう。寝息も何もきこえない。ページをめくる音も、指の感触もしない。

 いけるか?

 多分いける。いまだっ!

 見えた光景は、天井から釣り下がる白のカーテン。それが丁寧に彼女を護っていて、何にも様子がわからない。

 私はあきらめない。風に揺れるカーテンを、人差し指でつついて、異常なまでに揺らしていく。中から、息を潜めるような様子は、私の恋のセンサーは感知しない。

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