その白に溶ける

西村たとえ

01

 メイドの格好をした女の子の影が、私の足元に届く。健気に、そして高い声を伴って動くから、その影は何度も、私の居場所を柔らかくつき刺してくる。

 その女の子から差し出されるチラシを、受け取ってみようと女の子の傍を通り過ぎるが、全く私の手元には届かない。おそらく、彼女の照準に私は一切入っておらず、この濃くて気味の悪い、深い青の洋服はずっと背景。

 とうとう秋葉原まで来てしまった。

 彼氏にフラれてしまった反動で、もはや両足はモーター搭載の全電動機システム、私はどこまでもいけるが、結局悲しみを積んだまま。このまま、南へ、南へ、進んでいくと、そこはきっと裕福な街。そんな街を、この目で見るのはまっぴらだ。

 私は右や左を確認して、あれいつものホコ天はどこいった、ああ今日は平日だったわ、曜日なんて大学生にとっては関係ない。

 いくつかのトラックが通り過ぎるのを眺めたあと、私は白線を踏まないように横断していく。

 せっかく助かる人がいるかもしれないのに、私が白線を踏むわけにはいかない。慎重に白線を回避し、私は塗りつぶされた黒を、いや深い青にも見える、とにかくそれに、私を溶かしていく。



 融解、愉快、幽界、愉悦。



 ランランラン、ステップを踏んで、私は死んで、死んで、死にまくるわ。何度だって落ちていける、不動の精神よ。

 お得なクーポンお配りしておりまぁす、ひらひら白がふわりと太ももにふれたから、ごめんなさい、私は知らぬ間に、あなたの知らぬ間に、汚していたらすみません。もしもそうだったら、汚れたそれを私が着て、責任をとります。

 長く宙を浮かんでいて、たぶんそれは幻だったけど、いくつかの夢をみた。そのどれもが色彩豊かだったから、私は多幸感に包まれた。

 これは、死ぬ直前だ。こんなにも幸せな感じ、今までになかったから、そう思った。しかし、私は一瞬で冷静さを取り戻した。なるほど、これはまだ、死なないということか。

 音が聞こえなくなった。

 なぜ空を飛んだ? どこに着地をする?

 たぶん、一度外された頭が微妙にずれて、私の胴体に再結合されたような気がした。私の銀髪が地面から生えているようだった。だめだ、違和感しかない。身体が動かない。いま私はうつ伏せなのか、仰向けなのか。でも、コンクリートの甘い香りがしないから、たぶん、仰向け。死にそう。多分。けれど、やっぱり意外と冷静。

 これって、血とか出てる?

 出てない?

 息してる?

 してない?

 音が聞こえてきた。身体がちゃんと帰ってきた気がする。あ、やっぱり仰向けだった。肘は折れまがっているのがわかる。足はとんでもない方向へ向いている。もしかして、死ぬ直前なの? まだ走馬灯的な思い出はなにも蘇ってないんですけど。待って、つらい、つらい。

 あ、痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い痛い。激しいっていうか、吐きそう。心臓、それに伴って、高鳴ってる。危険なときの生命力ってやつを感じる。はやくどうにかしてほしい。生きるか死ぬのか、白黒をつけてほしい。

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