スパイ教師の学園英雄譚~元スパイ、エリート魔法学校で花嫁修業を教える~

尾乃ミノリ

第1話:スパイ、最高!

 豪華絢爛なパーティー会場、上手そうな食べ物が並んでいる中、貴族たちが楽し気に下卑た声で笑いあっている。シャンデリアの光で彼らの脂がのった頬はこれでもかと照らされている。そんなきらびやかな世界の中で、一人端の方で影の中でひっそりと息をひそめるものがいた。


「ターゲット、補足しました。」


 黒い服を身にまとい息をひそめる男、そう、俺だ。俺は貴族たちの少ない暗がりで、本部に連絡をする。


「にしても旨そうな飯だな……」


 流石は貴族の食事と言ったところだ、普段なら腹の虫もなるだろうが、俺はプロ、多少空腹だろうと腹の虫くらい既にコントロール出来てる。


「ショート、こちらマリナ、聞こえる?」


 宝石をまとったイヤリング型の通信機から、上司の声が聞こえてくる。


「Mか、こちらは問題ない。ターゲットの動きに今の所問題は無い。」

「だからそのMって呼び方やめてほしいんだけど……。まあいいわ、まだ動きがないうちに、今回のミッションを確認しておくわね。」

「ああ、よろしく頼む。」


 一通りミッションは頭に入っているが、念のため再確認する。万一は許されないからだ。


「今回のミッションはクフ=シヤコシが大臣暗殺に関わっている証拠をつかむこと、そして大臣暗殺の方法を掴むことよ。彼は明日の大臣の就任の式典で大臣の暗殺を行う予定らしい。ちなみに奴は自分の領地からの不必要な課税を行っている———」


「敵が何をしたかについて知る必要はない、俺がすべきことだけを教えてくれ。」

「……ええ、そうね。分かったわ。方法と証拠がつかめればそれ以降は私たちが取り締まる。こちらで用意した衣装はもう着ているわね。」

「ああ、問題ない。」


 びしっと決まった服の端引っ張り、改めてターゲットであるシヤコシを確認する。丸々としたわがままボディにはいったい何人の領民の血がつまっているのだろうか。


「ならよし、あなたにはウエイターの格好をして、彼に近づいてもらう。そして彼から大臣暗殺計画を聞き次第、暗殺しなさい。」

「記録は。」

「耳に着けている魔石から記録できるから問題ないわ。」


 このイヤリング、こちらから向こうの声は自由に聞けないが、あちらからは自由に設定できるらしい。流石魔法、なんとも都合のいい。


「分かった、取り敢えず近づいてみる、何か進展があればまた連絡する。」

「流石潜入のプロ、期待してるわよ。」


 どうせ全部傍受されているんだろうが、一応そう伝える。さて、俺の元にはウエイターのスーツのみ、どうしたものか……。そう考えていると、ひょろっとした青年がテーブルにワインを運んでいるのが見える。


「君、ちょっといいかな?」

「はい?なんですか?」

「チーフがお話があるみたいで、来てもらってもいいかな?」

「あ、分かりました……」

 俺の笑顔と言葉を微塵も疑っていない様子のウェイター君はそのまま俺についてくる、そして俺達は人の少ない会場袖へと入っていった。


「チーフ、こんなところにいらっしゃるんですか?」

 すまない、ウェイター君。お国のために少し犠牲になってくれ……


 ぐったりと壁に横たわった彼から割れないように丁寧にワインとお盆を貰い、俺は会場へと出向く。


「殺したの?」

「眠らせただけだ。のぞき見とは趣味が悪いぞ。」

「こっちも仕事だからね。」

 口を出してくるMに苦言を呈しつつ、俺はそのまま会場へと向かう。


 ターゲットを探すが、丁度良く奴は一人で酒を飲んでいた。グラスに残ったワインが丁度よく減っていくのを確認して、顔に笑みを浮かべてからゆっくりとした足取りで近づく。


「シヤコシ様、お飲み物はいかかでしょうか?」

「おお、言いタイミングだ。よろしく頼むよ。」

 サラサラと赤い液体がグラスに注がれていくのをシヤコシはニマニマと見つめる顔を、俺はじっと見つめる。


 半分ほど注がれたところで、ボトルを捻り、ワインを切る。前世の飲み会で散々上司に酒を注がされた経験が生きる。瓶ビールとワインでも、注ぐときの所作に変わりはないし、第一そこまでマナーが分かっている奴もいない。


 注がれたワインを一口すすり、う~んと言った後、そのまま一気に残りを飲み干す。随分とペースがいい、少し顔が赤くなっているようにも見えるし、これは大分酔ってきてるな……。幸い周りに人はいない。隠れているSPがいるかもしれないが、その辺はどうにかなるだろう。


 いかにして情報を吐き出させるか、そして大ごとにならないようにするか、それが問題だ。ワインを再度注ぎ、液面を揺らしつつ満足げに笑う奴のみみもとに、バレないように近づく。


「シヤコシ様、少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「なんだ、そんな近寄らなくても聞こえるぞ。」

「いえ、それが大臣の件でして……」


 大臣、という言葉が聞こえた瞬間にビクッとするシヤコシ。


 この反応だけで十分クロだが、まだ断定するには早い。俺達はあくまで正義のためにこれをやっている。疑わしくは罰せよの考え方は、国家機関としてはあってはならない。完璧な証拠をつかむまでは、実行には移さない。


「君、まさか……」

「大丈夫です。私はシヤコシ様の味方ですから。」

「ほ、本当か?」

「ええ、何ならいっそ、私が直接手を下してもよろしいのですよ。」


 空いている手で懐に手を入れると、シヤコシは焦る、シヤコシと連動してワインもこぼれそうなほど揺れている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。こちらにはこちらのやり方があるんだ!」

 小声ながらも意思のこもったトーンで話してくる。つばが顔にかかって気分が悪いが、我慢して笑顔をキープする。


「いえ、冗談です。」

 俺が懐から手を抜くと、シヤコシはほっと息をつく。

「とはいえ、トラブルが発生したのは事実です。少しお時間よろしいでしょうか。」

「分かった。」

「極秘の話です、御付きの方にはなるべく聞こえないように。」


 先ほどの脅しが効いたのか、こくりと頷き、シヤコシは特に疑うことなく俺についてくる。そのまま会場の外の廊下へと出ていく。特に会話をはさむことなく、俺達は会場外の廊下へと出て行った。


「いい調子ねショート、そのまま聞きだせそう?」

 当たり前だ、俺を誰だと思ってるんだ。そして俺達はほとんど人の通らない廊下の突き当りの部屋に入っていった。ソワソワしながら、焦ったトーンでシヤコシは聞いてくる。


「で?その、と、トラブルってのは、なんだ。」

「とりあえず、先ず今回の作戦について、お話ししていただいてもよろしいですか?」

「い、いや、それは出来ない。まずはそのトラブルから教えろ。お前がまだこちら側だと信頼できない。」


 先ほどの脅しではまだ信頼に足らなかったらしい。ここで全てゲロってくれれば楽だったんだが……。酒が入っているとはいえ、そこまで馬鹿ではないらしい。ここは、少し鎌をかけるか。


「実は、最後に実行する際に、差支えがあるらしいのです。」

「何?装置にトラブルか?」


 機械、という事は人は関わっていないのだろう。暗殺などでよく使われるのは、スナイパーの魔法弾を用いるというものだ。気配消去の魔法を込めた弾丸で打つため、着弾するまでバレにくく、暗殺者御用達となっている。しかし彼は装置と言った、という事は……


「はい、実は装置の威力が問題があるらしいのです。」

「範囲の問題か、きちんと計算したはずなんだがな。」

「実際に行うとなると、少し条件が変わってきますので。」

「まあ、爆発の範囲が多少広くなる分には問題ない。大臣がやれればそれで問題ないし、私は当日離れた位置にいるからな。」

「そうでございますか。」


 なるほど、やはり爆弾か。この世界の爆弾は、特定の魔力に反応する火薬を爆発させることで、作る。そのため、起爆装置もなく、遠隔で発動させられる。


「となると、爆発させるタイミングも少し変わってくるかもしれません。担当者に連絡させますか。」

「構わん構わん、あの舞台上にいれば全員吹っ飛ぶんだ。タイミングも何もない。」

 完全に私を信用したのか、ペラペラと話始めるシヤコシ。ハナから大臣以外も巻き込む気で合ったことに反吐が出るが、経過は順調だ。後は爆弾の場所さえ聞ければ問題ない。


「ショート、問題発生。シヤコシがいないことに気づいたSP達が、アンタたちを探し回ってる。早く聞くこと聞いちゃって。」

「了解」

 少し焦ったMの声を聴きつつ、シヤコシには聞こえない小さな声でつぶやく。少し状況が悪い、早く爆弾の場所を聞きださなければ、シヤコシを捕まえたところで意味がない。


「では、爆弾の位置は変更しないという事でよろしいですか?」

「ああ、問題ない。」


 まあ、この程度でしゃべるわけもない、しかし直接爆弾の位置を聞くのは怪しまれてしまう……。どうにか誤魔化しつつ話すか……。


「急いでショート!今SP達がそっちに向かってる!」


 そんなの分かってるよ!Mの焦ったトーンが余計俺の焦りを加速させる。いけないいけない、こういう時こそ深呼吸をして、落ち着くんだ。俺はプロだ俺はプロだ……。何かシヤコシの言葉にヒントがあるんじゃないか……。思い出せ、思い出すんだショート……


 舞台上にいれば全員吹っ飛ぶ?


 <「ショート君、急いで!」>


 俺は一つ息をつき、先ほどのウェイタースマイルで問いかける。

「分かりました、シヤコシ様、では最後に確認なのですが爆弾は舞台直下に置かれている物だけで、よろしいですか?」


「ああ、あれを食らったら、大臣も一発でお陀仏よ。」

「承知しました。」


 そこまで言ってから、シヤコシはふと何か気づいたように尋ねる。

「というか君、結局なにをしにここに連れて来たんだ?トラブルと言ったトラブルもないようだし……。」


 ようやく酒も抜け、まともに考えれるようになったらしいが、時すでに遅し。


 廊下からシヤコシのSPの声と、

 <「よくやったわショート、突撃させるわ!」>

 というMの声が同時に響く。


「ま、まさかお前……騙したのか……!?」

 全て悟ったようなシヤコシの表情を見てにんまりと笑い、俺はあらかじめ開けて開けておいた窓枠に足をかけ、最後のセリフを投げかける。


「我がアスタルム王国の繁栄にご協力いただき、ありがとうございました。」


 シヤコシの絶叫を背中に外へと飛び降りて、そのまま高速移動で人目につかないように家路に戻る。今日は気持ちよく寝れそうだ。


 おっと、自己紹介が遅れたな。


 俺の名前は三瀬翔斗、事故でこの世界に来た所謂転生者で————


 ————職業、スパイだ。


「くぅ~今日も決まってたなぁ~俺」


 静かな町の中を気持ちよく駆け抜けていく、しかしこの時の俺はまだ知らない。


「やっぱ、スパイって最っ高にかっこいいな!!」



 俺のこの肩書が、明日には変わっていることを。



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