第6話 ストリートファイトとパンケーキ

目覚ましの音で目が覚める。


時刻は6時55分


(自分の家じゃない場所で目覚めるのなんて久しぶりだ)


起き上がり、部屋を出て階段を降りる


すると珈琲の匂いが漂ってくる


(いい匂い……)



「おはよう、昨日は良く眠れたかな?」

とカウンターチェアに腰掛け、珈琲を飲みながら新聞を読むXの姿があった



「おはようございます……」

(なんでここで寝てたんだっけ…)

昨夜の事を思い出す




「不良に報復されては危険だ、だからこれからは住み込みで働いて貰うよ。」

とxは言う


「いや、でも荷物とか…着替えも無いですし…」

ここには手ぶらで来てしまっている


「それならここにある」

Xは別の部屋から大きなキャリーケースを持ってきた


「これは…?」

開けると、中には怜の洋服や貴重品が入っていた



なぜここに自分の物があるのだろう?


「まさか僕の部屋に勝手に入ったんですか…!?」

思わず大きな声が出る


「侵入なぞ我々には造作も無いことだ。」

Xは笑いながら言う


「そうですか……」

この場所で働くからにはプライバシーは守られないのか

と思ったが拷問をしてしまう人だ、不法侵入なんか何とも思わないんだろう。


「夜も遅い、早めに寝なさい。明日からここを手伝って貰うよ。」

「君の部屋はこっちだ。」

と怜の手を握り、別の部屋へ続く階段へ誘導する


「分かりました。」

怜はキャリーケースを持ち上げ、二階へと上がる



自分の部屋、と言われた場所はあまりにも簡素な部屋だった


窓が1つあるベッドが置かれただけの部屋


「家具とかは欲しければ言ってくれたまえ」

「それじゃあおやすみ。」


Xは手を振りながら自室の扉を閉める


部屋には怜とキャリーケースが取り残された。

「今日はもう寝よう……」


怜は寝支度を始め、床に就く。




(そうだ、僕ここで働く事になったんだ…)

と昨夜の事を思い出す


「早速準備をしたまえ、今日は私と一緒だ。」

とダイヤルの様な物がついた黒いシューズを手渡される


(仕事用の靴かな?)

怜は特に何も考えずその靴に履きかえる


「よしよし、サイズはピッタリだな!」

Xは立ち上がり、

「それでは征こうではないか!」

スーツの上に着た白衣を翻す




来たのはずっと昔からあると言う、元いた街では違法な物が取引されている市場、いわゆるブラックマーケットだった。


「目当ての品はここだな!」

とXはメモ帳を手に顔に大きな傷のついた屈強な男の前に立つ


その男はXを見て

「ここはガキが来るところじゃねえよ…」

と威圧する


そんな言葉には目もくれずXは品物を見ている

「これは良い品だ…!あっ、これも良いな!」


とても楽しそうだ。

Xが品物を手にした瞬間


「ガキが俺の商品を触るんじゃねえ!!」

と大きな声で怒鳴る。


堪らず怜は

「もう帰りましょう…さすがにまずいですって…」

とXに囁きかける


「うん?なんでだ?」

素朴な疑問を投げかけられる


やはりこの人はイカれている。

(こんな仕事早く辞めたい………)


「こっちの品も良いな…!」

Xが屈強な男を無視していると、


男がXの胸ぐらを掴む

「なんだね、君。邪魔をしないでくれ」

Xは冷ややかな目を男に向ける


(なんでこの期に及んで冷静なんだ…!)


「こっちはガキでも容赦はしねぇぞ!!」

男が大きな声を上げる



その声につられてか


「どうしたどうした?」

「喧嘩か?」

徐々に野次馬が集まってくる


「はぁ…喧嘩ならこっちの少年が引き受けるよ。」

Xは野次馬達を見ながら怜を指差す



「あのガキやれんのか…?」

「どうせ一撃だぜ」

「そのへんの野犬にも殺されそうだな」


野次馬がザワザワしている


(どうしてこんな事に…)


「おう、どっちでもいいぜ。ボコれるなら!」

屈強な男は腕を組んでこちらに言う



いくらXが悪いからと言って子供に怪我をさせる訳にはいかない。

(なら自分が行かないと…)

怜は決意を決め、


「ぼ…俺が、その喧嘩…引き受ける……!」

(痛いのなら慣れっこだ…殴られる事くらい…!)

と震えながら宣言する


「がはは!良い度胸じゃねぇか!」

「どこからでもかかってこい!」

男は中指を立ててこちらを挑発する


(どうしよう、やっぱ怖い………)


緊張と恐怖で汗と震えが止まらない



すると、

「心配するな!」

Xが怜を抱きしめる


そして

「いいか…まずシューズの目盛りを2にして、勝負が始まったら相手の方に思いっきり踏み込め。」

とXは怜に囁く


「何があっても私が守るからな。」

Xは怜から離れる




いつの間にか震えは止まっていた。




「ここでは強い者が上へ行く。」

「ほら、こいよ。一撃は当てさせてやる。」

男は自分の胸を指差す


(目盛りを2にして……)

よく見るとダイヤルの周りに数字が書かれており、目盛りを2に合わせる


(そして思いっきり踏み込む……!)



怜は立ち上がり、男の方へ力強く踏み込む



その瞬間、足に鋭い痛みが走り




怜はその勢いで体制を崩す。




体制を崩した勢いで繰り出したのは前蹴り。




物凄い勢いの前蹴りが屈強な男に直撃する。




直撃したのは金的だった。






「がっっっ…!」

その一撃は男の意識を刈り取るには十分だった。



怜と屈強な男は同時に倒れた。



周りに静寂が訪れる




やがて怜は起き上がる


(いったい何が……)


「おおっ!特殊な電流による筋肉の収縮、威力増加、この発明品は成功だな!」

興奮気味のXは嬉しそうに早口で呟く


「名付けてキック力増強シュー…」

Xが何かを言い終えるよりも早く、



「うおおおおおおお!」


「あのヒョロっちいガキがジョーの事を一撃で倒しやがった!!」


「すげえー!」


野次馬の歓声が上がる。




Xと怜はこれ以上大事になる前に、手早く退散する。






「ただいま〜!」

Xが扉を勢いよく開け、怜も中へ入ると、



「おかえり、X。それに…」

黒いスーツに黒縁の丸眼鏡の男がカウンターチェアに座っている。


カウンターを挟んだキッチンにはメイドの女が何かを料理していてそこから甘い匂いが漂う


男は20代後半くらいだろうか。

場所がお洒落な喫茶店の様なだけにその雰囲気にすごく溶け込んでいる。

「はじめまして、怜君。」

男はこちらへ微笑みかける


そこへメイドの女がキッチンから出てきて、

「オカエリナサイ博士、ハジメマシテ、怜様。」

とパンケーキを眼鏡の男の前に差し出す


「わぁ〜、ありがとう!」

眼鏡の男は笑顔で拍手をしながらパンケーキを迎える



「2人の紹介をしておこうか。」

Xが2人を交互に指差し、

「この男が社長で1番強い、こっちの女の子はメイドのメイだ。」

と大雑把な紹介をする


「は、はぁ…」

怜は困惑する


当の社長はパンケーキをパクパク食べ、

メイドのメイはいつの間にかいなくなっている


「そ、その…」

怜は社長の方を向き、

「よろしくお願いします……」

頭を下げる


「うん、よろしくね。」




社長はパンケーキを口に含みながら


裏表の無い笑顔で答える

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