第1137話 兄貴

 マベルクが帰ってきた。何十人か連れて。


「おれでは説明しきれなかった」


 ハァー。ただ納得できなかっただけだろうよ。


「オレは一ノ瀬孝人。ゴブリン駆除ギルド、セフティーブレットのマスターだ。ソンドルク王国からきて、マガルスク王国に蔓延っていたゴブリンを駆除している。すべてを駆除したわけじゃないが、ランティアックからハクラクカまで移動できるまでにはなった。あんたたちもここまで無事にやってこれただろう」


 エクセリアさんがバンデットを何匹か倒したので、いても残り一、二匹だろうよ。


「本当なのか? 本当に大丈夫なんだろうな?」


「心配なら自分らで確かめることだ。こちらは様子を見にきただけ。こちらになんら責任はない。文句があるならこちらは速やかに撤退するまでだ」


 非協力的なヤツらに優しさを見せる義務はない。邪魔をするならさっさと帰るまでだ。


「…………」


 押し黙るハクラクカ伯爵領の民たち。この数年のフラストレーションが溜まってんだろうよ。


「とりあえず腹を満たせ。食料はあるから。たくさんあるから仲間たちにも配ってやれ」


 カロリーバーを出してやり、食わせてやった。


 こちらも争いたいわけじゃない。問題なく話し合いができるならそれに越したことはないさ。


「……助かった……」


「どう致しまして。腹が満ちたら復興に力を注いでくれ。生きている者しかこの地を救えないんだからな」


 もう春はすぐそこ。急いで田畑を耕して作物を作ってくれ。次にくる冬は自分たちの力で乗り越えて欲しいものだ。


「タカト。カロリーバーが尽きそうだ」


「わかった。すぐに持ってくるよ」


 生き残りは百人くらいで、食料も尽きる直前。年寄りや乳飲み子は何人か餓死したりもしているそうだ。


「一食三本。一日九本も食えば大の大人が一日暮らせる栄養がある。三十日分は渡すからそれまでに暮らしを取り戻してくれ。伯爵が言うには倉庫の魔法が消えてなければ麦が残っているらしい。ハクラクカの民もそれなりの数が生きている。絶望より希望のほうが多いはずだ」


 そう語ると、ハクラクカの民たちの表情が少し緩んだような気がした。


「明日から動くために今日はゆっくり休むといい。オレらはバンデットがいないか領都を見回りするから」


 どこで休むかはハクラクカの民にお任せ。明日からがんばってくれ。


「マベルク。夜間訓練だ。プランデットの使い方を教える」


 まずは安全なとこれで教えるとしよう。


「エクセリアさん。セフティーホームに入りますか?」


「そうね。ハイラックスを洗ったら入るわ」


 よほど気に入ったようだ。オレも初めて車を買ったときは毎週洗車していたものだよ。


「じゃあ、洗車道具と洗剤を持ってきますよ」


「ありがとう」


 うっきうきなエクセリアさん。この人、もしかしてカインゼルさんタイプか?

 

「マベルク。プランデットの説明だ」


 古代エルフ語ではあるが、読み書きはできるようなので、言葉で説明してこちらの文字で書かせた。


「マガルスク王国の庶民にも魔力はあるんだな」


 マリットル要塞でもプランデットを渡したが、残っていたのはかなり身分があるヤツばかりであり、庶民の兵士には渡してなかった。


 庶民でも起動できるだけの魔力は持っているのだから不思議なものである。あのダメ女神は人間をどんなほうに持っていこうとしてたんだろうな?


「おれもびっくりだよ。自分に魔力があっただなんて」


「まあ、魔力をもう少し増やすと自力でプランデットを動かせられる。時間が空いているときはプランデットをして魔力を鍛えるといい」


 常日頃から魔力を使っていれば増えてくる。体力と同じようなもの。鍛えろ、だ。


「暗くなるまで仮眠するか。エクセリアさんもまだいるしな」


「夜はゆっくり寝たいんだがな」


「それはオレも同じさ。人は夜に眠る生き物だからな。だが、これからは夜に動くことも増えてくる。若いんだから根性で乗り切れ」


 まだ二十代。なら、徹夜くらい余裕だろうて。三十過ぎると徹夜は堪えるんだからな。


「厳しい兄貴だよ」


「これも弟分が強くなるためだ」


 フフ。兄貴か。なんかこそばゆいが、悪くはないな。兄貴分ってのも。


 横になって仮眠する。


 意識が途絶えた頃、揺らされて意識を取り戻した。


「眠っているところ悪いわね。わたしはセフティーホームに入るわ。明日の朝に出てくるから」


 起こしてくれたのはエクセリアさんのようだ。


「わかりました。オレらは明日の朝方までプランデットの訓練をします。寝てたら起こしてください」


「昼まで寝てていいわよ。わたしはどうせ運転しているからね」 


 完全にドライブに目覚めてんな。


「そんなに気に入ったのならエクセリアさんの好みの車を買いますか? どちらにしろもう一台買わないといけませんしね」


 オレはスポーツタイプの車が好みだが、ここでは四駆でないと不安で乗ってられない。スタイルより性能。なら、乗る車は選ばないよ。


「いいの?」


「いいですよ。車、四駆で調べると出ますよ。ただ、一千万円とかの車は勘弁してくださいね。七十パーセントオフシールを使っても大変な値段になるので」


 エクセリアさんなら機動装甲車とか選びそうだ。とても手が出せないのは止めてください。


「わかったわ。ゆっくりじっくり選ばせてもらうわ」


 その笑顔が怖くて仕方がないよ……。


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 2024年12月31日(火曜日)


 今年も読んでくださりありがとうございます。来年(明日)もよろしくです。

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