第1133話 主義主張 ★

「失礼します」


 男爵の部屋に入ると、伯爵とお酒を酌み交わしていた。


「タカトもどうだ?」


「少しだけいただきます」


 断るのも失礼と、伯爵の横に座ってワインを飲んだ。


「酒はまだありますか?」


「半分は切った感じだ。足してくれると助かる」


 さすがの男爵も酔いが顔に出ている。伯爵との再会が嬉しいようだ。


「タカト。すまないが、ハクラクカを見てきて欲しいのだ。もしかすると、倉庫が生きているかもしれないのだ」


「生きている?」


 ハクラクカでは倉庫が生きていると表現するのか?


「説明が足りなかったな。ハクラクカでは倉庫魔法使いを優遇しており、倉庫に長期保存できる魔法をかけているのだ。もう三年近く経ってはいるが、魔石がまだ消えていなければ麦が腐らずにいてくれるはずなのだ」


 へー。そんなことしてたんだ。伯爵、やるじゃん。


「わかりました。明日にでもいってみます。あ、ミルズガンに人を送るのはどうします?」


「ハクラクカのことも伝えたい。タカトが戻ってからにしよう。ミルズガンもゴブリンの片付けや領内の状況を探るので忙しいだろうからな」


 まあ、そうだろうな。ミリエルたちも魔石回収にかなり時間がかかりそうだって言ってたからな。


「では、明日の朝に出発します」


「案内人を出すか?」


「いえ、マベルクがいますので大丈夫です」


 あの村はハクラクカ伯爵領の村。荷役として領都にもいっていたそうだ。


「……マベルクか。あの男には助けられたよ……」


「申し訳ありませんが、マベルクはセフティーブレットにもらいます。いずれマガルスク王国方面を任せるマスターとしたいので」


 マガルスク王国のことはマガルスク王国の人間に任せるほうがいいだろう。あいつにはそれだけの価値がある。


「そうか。わたしの部下にと思ったが、タカトの下にいくなら諦めるとしよう。しっかり育ててくれ」


 伯爵もマベルクの価値をわかったいたんだな。さすが生き抜いただけはある。


「いい人材はタカトに持っていかれそうだ」


「早い者勝ちですよ。奪われたくないのなら先に持っていけばいいだけです」


 見る目のない者に遠慮してやる義理はない。オレが先にいただきます、だ。


「ふふ。そうだな。わたしも見習うとしよう」


「男爵に見習われたらオレの出る幕がなくなりそうだ」


 この部屋から出ないで領地を治めているバケモノ。オレに勝てる要素が見当たらないよ。


「ふふ。マガルク殿がタカトを信頼するのがよくわかったよ」


「ただ単に恐れているだけです。タカトは優秀だが、部下にはしたくない相手だと」


「それは少しわかる。優秀な仮面を被った異質だとな」


 異質って。オレほど普通の男はいないってのに。


「言え得て妙ですな。確かに見た目は優秀な男だ。だが、接しているとなにかが違うと感じてしまう。根本が異質なら納得だ」


 なんだ、オレの悪口合戦か? いい大人が悪口なんていけないんだぞ。


「オレは普通の男ですよ」


「そう思っているのはお前だけだ。誰も普通の男とは見えてない。それを本気で言っているからお前は異質なのだ」


 本気で普通の男だと思っているのだからなんと言われても納得いくわけがない。


「だがまあ、お前はそれでいい。下手に自信を持つほうが危険かもしれんからな」


 自信が持てるなら持ってみたいよ。だが、自信が持てないから臆病になる。慎重になる。オレはオレを一番信じていないんだよ。


「セフティーブレットは安全第一、命大事に、死ぬくらいなら即座に逃げろ。英雄になる必要はない。オレはこれを変える気はありません」


「お前らしい主義主張だ」


「そうだな。タカトをよく表している」


 伯爵にワインを注がれ、飲むことを勧められた。


「人生の先輩と飲むと形見が狭いです」


「アハハ! お前、絶対上司に好かれてきただろう? 殊勝なこと言いおって!」


 完全に酔っている伯爵に背中をバンバンと叩かれた。ハァー。今夜は長くなりそうだ……。


 ───────────────────────


  *ナルーリュ・ハクラクカ伯爵*


 タカトを見たとき、なにか今まで感じたことがない気配を感じた。


 優秀なのはわかったが、それとはなにか違うものがあるように思えて仕方がなかった。


「あれは、正真正銘のバケモノだ」


 マガルク殿にタカトがやってきたことを説明されてすんなり納得できた。


 まさにバケモノだ。マガルク殿の言葉でなければ信じられなかっただろう。


 わたしから見て、マガルク殿はバケモノだと思う。そのバケモノがタカトをバケモノと称するのだから説得力しかないだろう。


「部下に、なんて考えないことです。アレはダメだ。タカト以上のバケモノか無能でなければ扱い切れん。あいつは毒だ。組織を根本から変える猛毒だ」


 マガルク殿がそこまで断言するのも珍しい。ランティアックの闇宰相とか黒幕とか言われた男がそんなことを言う男ではない。長い付き合いのわたしでも初めて耳にした恐怖であろう。


「それほどの男なのだな」


「いえ、まだ見えてないものもあるかもしれません。タカトと一緒にいればまた別の見方があるのかもしれませんな……」


 バケモノも自分に理解できないものは恐怖でしかないのだな……。


 ともかく、タカトを部下に誘うのは止めておこう。なんだかタカトの傀儡になりそうだからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る