女神と祠と白い長老

大根初華

女神と祠と白い長老

「おぬし、その祠を壊したのか?」

 村の長老らしき人物に問われて僕は頷いた。

 その日は雲ひとつ無く太陽がギラギラと光る天気で、祠を壊す日にはちょうど良い日だった。いや、祠を壊すちょうど良い日ってなんだ? って、そんな日はないから!

 閑話休題。

 その老人はとにかく白かった。白い肌、白髪で、白い長い髭、白装束、白い杖を大きく震わせていた。腰が大きく曲がっているものの、口調はかなりしっかりしている。もともとかなり鍛えていたのかも知れない。装束からちらりと見える鎖骨の辺りは、かなり筋肉がついているように思えた。

 これはやばい。僕の頭には赤信号が点灯し始めている。気を抜けばたぶんヤバいやつだ。

 やばいやばいやばい……。

ビビった僕は思わず訳の分からない言い訳をしていた。

「あ、あの、でも!  女神様が!  壊せって……えーっと、たしか、言ってたような気がして……!」

 

 ※※※

 

「いやだ――――!!」

 僕が子供のように大声で否定すると、目の前にいた自称女神様が驚いた顔を浮かべた。言う通りにしてくれると思っていたのかもしれない。

 自称女神様は金髪で、胸の存在感がどこか物理法則を無視しているようなナイスバディの持ち主だった。普通なら、あれに目が釘付けになるはずなんだが……今はそれどころじゃない!

「いやいや、そんな難しいこと言ってないですよ! とある村に行っていただいて祠を壊す、それだけですよ!?」

「だから、それが嫌だって言ってるんですよ! 祠を壊すなんて罰当たりだし、絶対ろくな事にならないじゃないですか?!」

「ろくな事にならないことは無いですよ! 私が良いって言ってるんです! 祠を壊すことで世界が大丈夫になるんですから!」

「いやいや、あなたが言ってもダメなじゃないですか! そもそも壊せば世界が大丈夫になるって、そんなアバウトな説明で納得できるわけないでしょ!」

「大丈夫なもんは大丈夫なんです!!」

女神様はドヤ顔で頷く。

 そんなやりとりをいくつか経て僕は大きくため息をつく。どうにも話が平行線だ。どうやら話を聞くしかなさそうだ。

「で、どうすれば良いんですか?」

 その言葉に女神様がぱぁと花が咲くように笑顔になる。

「やっと分かってくれたんですね! じゃあ、行ってください!」

 女神がパチンと指を鳴らすと、僕の立っていたところが開いて、下に落ちていく。

 落ちていくと空があり、その下に陸が見える。僕はとにかく墜ちていくのだった。

「説明せいやぁ――――! せめて目的地ぐらい教えてくれやーー!」

 僕はもう、声が裏返るくらいに叫んでいた。落ちながら、風を切り裂く僕の叫びが、天空を貫いていく――あれ、ちょっと格好いいかも? いや、そんなわけあるかーーーー!!

 というかめちゃくちゃこわいんですけどー!!!

 

 ※※※

 

「やはりな」

 老人がヒゲをなぞりながら、独り言のようにつぶやく。少しあいだそうしていると、僕の方に開き直った。

「お主もあの女神にやられたんじゃな」

「やられたって、物騒すぎませんか?  なんでやられたのか教えてくれません?」

「そう。わしもそして、この村の住民すべて女神にやられたんじゃ」

「ーーーーだから、復讐すると決めたんじゃ」

「え、話聞いてます!? やられたってなんですか!?」

 老人が白い杖を引っ張ると、思わず眩しさで目を瞑ってしまう。恐る恐る目を開けると、切れ味抜群そうな刀を構えた老人がそこに立っていた。

 仕込み杖か――――。いやいや、ちょっと待ってくれ。この展開についていけない。

 そもそも祠の話をしていたはずじゃ? それを思い出して僕は問う。

「というかこの祠はなんなんですか?」

「この祠の下に、あの女神に通じる道があるんと言われてるんじゃ。あの女神を倒すことで世界が平和になるんじゃよ。お主が祠を壊してくれて助かったぞい」

 その仕込み杖で、崩壊した祠をさらに壊すとその下に小さな階段が現れた。その先は真っ暗で何も見えないが、おそらく洞窟なのだろう。そこから冷気が漂い、嫌な予感がする。

「よっしゃー! この機会をわしは待っていたんじゃーーー! 待っておれ、女神め、今度こそわしが勝つぞーーー!」

 嫌な予感、そんなものを我関せずと言わんばかりに老人が大きい声をあげて洞窟の中へと走っていく。その声には少し嬉しさのようなものが混じっているような気がした。

 先ほどまで腰が曲がっていた老人が、今やまるでオリンピック選手のように駆け出す。背筋は伸び、脚は疾風のごとく。

 いやいや、腰ってそんなに自由自在に動くもんじゃないでしょ! 誰か解剖学的に教えてくれー!

「なに、ぼーっと立ってるんじゃ! 早く来んか!!」

 老人は振り返って僕に大きな声で叫んだ。

「いや、そもそも祠壊した僕が悪いんだろうけど、まさか復讐計画に巻き込まれるなんて聞いてないんですけど……この先、もっと面倒なことになりそうな予感しかないんですけど……。僕の日常はどこに消えたんだ……」

 そんな呟きが小さく僕の中から漏れ出ていた。

END

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女神と祠と白い長老 大根初華 @hatuka_one

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