第10話
放課後の帰り道。部活動の掛け声が夕焼けを過ぎた夜空に響く。
僕は帰路につきながらただその黒く輝く夜空を眺めていた。
「静次ー、前に言っていた小説ってどうなったの?」
急な質問に僕は思考が止まりかける。そしてすぐにエンジンをかけ直し、頭をフルスロットルに巡らす。
「うーん、書きたいものが見つからないって感じかな。なんというか多方面からものごとを見ることが出来なくて、いつも独りよがりの物語ばっかだ」
「あー、やっぱり?」
「やっぱりとはなんだ」
僕が拗ねたような声色でそう返すと君は理由を説明する。
「えっと、まず静次って氷室みたいって言ったの覚えてる?まぁそのままなんだけど、静次ってさ凍ってるの。そりゃもうカチコチに、南極の氷河みたいに」
「そこまで言うことか?」
「うん、そう思えるまで、言えるまで極端だよ」
僕は狼狽えてしまう。自覚がなかったのも理由に入るのだが、君にそこまで言わせる僕に僕が気がつかなかったのが割とショックだった。
「まぁそのままのほうがいいよ。何時でも変わらない立場で、変わらない考えで接してくれるからね」
「つまり僕は他人には氷室のようで、自分には氷室で保存し続けてるって感じ?」
「イグザクトリー!」
思いのほか早く納得してしまったことに少なからず驚愕する。今思えばずっと気持ちが溶けて変わることが少なかったと思う。
他の人々が四季がある場にいるとするなら僕はずっと南極に居続けているということ。
それは君と僕も同じであると言っているようなものだと僕は思った。
君は春の中で過ごし日々を照らす。僕は氷室の中で人々との全てを保管する。
その期間なんてものは決まっていない。
そこまで思考した僕はそっと空に上がる星を眺めていた。
そして君が口を開く。
「なんで笑っているの?静次」
僕は思わず笑ってた。どうしてなのかはわからない。スマホを鏡のようにして僕の顔を見るがほほえんでいる僕が映っていた。
「え?」
素っ頓狂な声を上げたと自分でも思う。でも僕の頭の中はこんがらがったままだった。
なんで僕は笑っているんだ。なにか嬉しかったのか?楽しかったからか?わからない。思い当たることが何も無い。
その時、心の中にあの日湧き出た閉塞感が心を包み込もうと溢れ出す。
(なんで、なんで!この感覚が湧き出るんだ!)
狭く苦しい感覚を覚えながら、思考を巡らす。
(今はあの時と同じじゃない!ハルが側にいる!すぐそこに!手を伸ばせばすぐに触れられる距離に!)
満たされているのに、心が空っぽだ。まるで、空気で満たされた空箱のようだ。
「ぁくっ、、、」
情けない声を出しながら僕は胸ぐらを弱々しく握る。
何か感触が無いとこの謎の感覚に飲まれてしまう、そう悟ったからだ。
僕は君の制服の裾を掴んで言った。
「頼む、抱きしめてくれ。なんだか、心が息苦しいんだ」
君は心配そうに僕を見てから、すぐに抱きしめてくれた。
「大丈夫。私がいるよ、君が大好きな私が」
抱きしめる力が強くなる。
柔らかい香りと体温が閉塞感を部屋の外へ連れ出し融解させる。
安心感で心が満たされる。
君が側にいること、抱きしめていること、愛してくれていること、
ーー、、ている、、、こと、、?
(なんだ?この感覚は、安心感でいっぱいなのに)
なんとも言えない感覚が心の中に安心感と混在していた。
まるで、2つの季節が織り交じっているように。とても複雑で醜くて考えたくもない。
そして、とても冷たかった。君に抱きしめられているはずのこの身体が。
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