第9話

今日はいつも通りの心境とは行かなかった。君に「どうしたの?」と言われてしまうほど落ち着かない。まるで嘘をつく子供のように動きがぎこちない。そんなこと僕は自覚している。しているが直せない。

僕は昨夜、春の夜空を見ていた。窓辺に落ちていた桜の花びらを手に取る。その花びらを夜空と重ねる。僅かな星の光が花びらを映えさせる。まるで踏み込もうと、歩もうとするがあと一歩が出ない僕の心のように。

それでも良かった。ハルの側にいられるだけで僕は満足だった。でも、それじゃずっと一緒にいられるなんていう膨大な光を掴み取れない。だから、僕は桜に祈った。

『ハルとまたこの景色を見て笑い合う』

正直、しょうもないがこれが僕の望みだ。低いと思っても仕方がない。でも、僕にはそれだけで良かった。それで心が満たされる。

春を眺めながら微笑む君が誰よりも好きだったから。

放課後。君の教室の窓辺に僕は向かった。

夕日の逆光に照らされた君の姿は、まるで女神様のように思えた。

そんな輝いている人に僕のちっぽけな願いに付き合ってもらうのは申し訳なく思ってしまった。意味が分からないよな。

「ッッ、、」

息が詰まる。声が出ない。僕の生涯で最初で最後の言葉を言うのだから分かりきっていたことだ。心臓が張り裂けそうなくらい早く脈打っている。

微かに吸った空気を使い僕は気持ちを伝える。

僕はハル、君のことがこの世で一番大好きです。僕と一緒に生きてくれ」

君は目を輝かせて笑いながら返事をする。

「うん!」

僕は嬉しさのあまり泣き出しそうになったが、堪える。その言葉を、その笑顔をずっと求めていた。この一瞬一秒が永久に続けば良かったと思えるほどに。

「私も静次のことが大好き!」

大好き、その言葉が僕の心に響き渡る。胸が破裂しそうだ。あまりの嬉しさに、あまりの救いに。

「だからほら!」

そう言って君は僕に掌を差し出した。僕がその手を握ると、君は僕を思いっきり引っ張った。

「おわっ!」

「おっと、」

君は僕の腰に腕を添えて引き寄せる。

気がつけば、見つめ合いながら抱き合う状態となっていた。微かに赤い君の耳。

僕の鼓動がさらに暴れ始める。

君は僕の首に手を回し、顔を近づけた。そのまま僕らは唇を交わした。

絡み合う唇の感触、はっきりと伝わる君の体温と鼓動の速さ。

もう自分の状態がよくわからなくなっていた。頭の中にある理性はとっくの間に融解していた。

逆光の中にある頬を赤らめた君の姿が頭の中に焼き付く。

そのまま僕は君を思いっきり抱きしめた。君の鼓動はさらに早まり、君は慌てたように言う。

「ちょっ静次!急にな、何!」

その姿があまりにも可愛らしくて、それでいて変わっていなくて僕は「フフッ」と笑ってしまった。

「いや、いつまで経ってもハルはハルだなーと」

「そりゃそうだよ!静次と一緒にいるからだもん」

不意打ちに同様にしてしまう。

この淡く甘い気持ちがこれからもずっと続くように僕は心にそびえ立つ『自分』という桜の木の麓で祈った。

『この気持ちが散ることのない桜のようになりますように』と。

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