小鬼の襲撃2回目

青鬼のおじちゃんとの邂逅のあと、夏の朝日にに照らされて俺は眼を覚ます。

スマフォを確認する。2XX1年7月25日 午前7時。

「うん!間違いない。2度目の二十歳の誕生日!」

すぐさまハネ起きて一階へ下りると、すでに起きていた妹の美羽は小鬼たちを待ち構えていた。

「おはよう兄ちゃん!」

「ああ、おはよう。もう死なないように頑張ろうな!」

「もちろん!」

言葉少なく朝の挨拶を終え、ふたりは玄関から外へ飛び出す。

案の定家の周りは小鬼だらけだ。有無を言わさず小鬼たちへ蹴りを繰り出す美羽。普段の美羽はいきなり攻撃なんてしない、「まずは話し合おう!」の精神だ。だが前回の小鬼たちの襲撃に思うところがあるのか、有無を言わさず小鬼たちを蹴散らしていく。

シュッ、バシャバシャバシャ

美羽のひと蹴りで小鬼たちは瞬時に肉の塊へと変わっていく。

「すっすご〜」

蹴りを放った美羽は自身の蹴りの威力に驚いている。

「青鬼のおじちゃん」が説明してくれた通り、殺される前より攻撃力が数段跳ね上がっている。防御力も同様強化されているようだ。前回は腕に噛みつかた時は、小鬼のギザギザした歯が肌を喰い破っていたが、今回は後ろから回り込まれ、首筋に噛みつかれているが、歯は全く肌に通っておらず押し返しているようだ。

俺はと言うと、のんびり美羽の戦いを観戦しているわけではなく、同じく背の低い小鬼どもに次々に蹴りを放っていくが、美羽の戦いを観察できるほど余裕があるのだ。戦いというより作業に近い。

家の前の道路まで小鬼たちを押し返して、我が家の玄関前にふたりの遺体が横たわっているのを見つける。

「「はっ!」」

俺たちは雷を受けたように体が固まってしまう。

ふたりの体がどんなに酷い有様になろうとも見まごうことはない、自衛隊の幹部ということもあり、家を不在にしがちな俺たちの両親に代わって、向かいの家に住み、愛情たっぷりに面倒をみてくれた、育ての両親ともいうべき、田所のお父ちゃん、お母ちゃんだ。

お母ちゃんの手には血がベットリとついた包丁。お父ちゃんの手にはいつも愛用していた杖。杖は原型を留めずグニャグニャに曲がったていたが強く握りしめられていた。間違いなく俺たち兄妹の救出を試みたのであろう姿に、胸の奥がヒックヒックと痙攣し、嗚咽が喉からこぼれ落ちてきた。滲んでいく視界。ふたりの育ての両親を正面に捉えながら、突如湧き上がった憤怒の感情を吐き出すように俺は絶叫した。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

無遠慮に田所のお父ちゃん、お母ちゃんを踏みつけている小鬼どもに、俺は体ごとぶち当たっていった。「ドンッ」という音と共に、小鬼どもは四方八方と飛び散っていき。遺体の周りの小鬼たちを一掃する。

美羽は強く噛み締めた唇から血を流しながら、そっとふたりのご遺体を両肩に大事そうに抱きながら、我が家の玄関まで運んでいく。

俺は自分の愚かさに絶望した。青鬼のおじちゃんからあれだけ異世界の絶望的な状況を聞かされ、全て理解したと思い込んでいた。だが、どこか他人事のような気持ちがあったと思い知る。その驕りはあの海難事故の時のように、この侵略はたとえ何度命を落としても復活して自分達だけでうまく解決できると思い込んでいた。

現実は違った。自分の大切な人の死を見てしまった。

「ゲームじゃないんだ…。現実なんだ…。」

なんの落ち度も無い、育ての両親や優しい住民たちを死に追いやる小鬼たちを嫌悪し、この優しき隣人たち、いや全世界の人々から小鬼たちの脅威を取り払うと心に誓い直す。

ここまで俺たちの猛攻を受けて小鬼たちは、はじめて俺に距離を取り始めた。我が家の玄関前を中心に前方を取り囲む陣形を維持し、その場を離れず、ずっと俺を睨みつけている。睨み合いの中、美羽がふたりのご遺体を我が家内に安置した後、小走りで俺の隣に戻って来た。戻って来た美羽にこれからについて俺の考えを告げる。

「美羽すまないが、これから俺と一緒に死んでくれないか?」

ここまで優位に戦いを進めてこの辺りの小鬼の殲滅が見えて来たというのに、俺は美羽に後ろ向きなお願いをする。美羽はほんの数秒考えたのちに口を開く。

「………。うん、わかった。死に戻りをして田所のお父ちゃん、お母ちゃんたちを守りたいのね?」

「そうだ。そのためにはもう一度死んで、青鬼のおじちゃんに会わなければならない。せっかく勝ちが見えて来たのに、また痛い思いをさせて申し訳ないと思うが…」

「ううん。それは大丈夫。田所のおじちゃんたちの死を見せられる心の激痛に比べれば、私の体の痛みなんて、なんてことはないよ!」

美羽のその言葉を聞いて俺は冷静さを取り戻していく。

「そうだな。そうなると如何にしてこの小鬼たちに殺されるかだが、どうにも俺たちが強くなりすぎて…。さてどうしたもんか…」

小鬼たちと睨み合いながら、どうやって殺されるかを思案しているところ、道の角を曲がった奥から「ズシンッ」「ズシンッ」と重低音を響かせながら何かがこちらに向かって来る。

しばらくすると、道の奥にその正体が姿を現す。

「なっなに?豚の巨人?」

美羽がびっくりした様子で疑問を口にする。

道の奥に姿を現したその巨人は頭部が豚で、その額から一本の角を生やしていた。体長は近所のブロック塀と比べて優に3メートルは越していると推測できる。俺の身長が191cm、美羽の身長は168cm。美羽と比べると2倍はタッパがあるということだ。体躯は筋骨隆々。丸太のような太い腕と足。そんな豚巨人が3体横一列に並んでこちらに悠々と近づいて来る。

「ははっ、これは手間が省けたな。美羽いいか、相手は重量級だ、体重差から考えてここは俺が3体のうち1体をタイマンに持ち込んで戦ったほうが良さそうだ。お前は身軽さを活かして残りの2体のヘイトを集めて俺たちのタイマンから注意を逸らしてくれ。俺はタイマンで奴らの力量を測る。そして出来るだけ1体は倒そうと思う。1体倒した後は口惜しいがやられることにしよう。それでどうだ?」

「そうだね。今後の対策と死に戻りを考えるとそれしか無いかな」

「よし!それじゃ俺は右のやつを狙う、残りはよろしく!いくぞ!」

「了解!」

その言葉を合図に俺たちは豚巨人に一直線に突っ込む。

周りにいた小鬼たちは豚巨人と俺たちの戦いに巻き込まれるのを避けるように、豚巨人のずっと後方に移動している。俺たちと豚巨人の間には何も妨げるものがない。

豚巨人は真っ直ぐに突っ込んでくる俺たちを見て、横一列に並んだ状態で3体とも身構えている。その姿を見て俺は豚巨人たちは知能があまり高くないことを悟る。豚巨人にとって狭い道路に横一列に並べば、当然味方の存在が邪魔になり下手をすれば動きが取れなくなる。混戦となれば同志打ちの可能性も出て来る。そんな知恵の回らない行動を見て、俺と美羽はほくそ笑む。

一直線に突っ込んでいった俺たちは豚巨人の間合いに同時に飛び込む。それを見た豚巨人は案の定俺たちをミンチにするため、丸太のような腕を振り下ろして来た。その瞬間俺は右に、美羽は左へと跳ぶ。俺たちがいた場所に豚巨人の拳が地響きを立てて食い込む。大きくできた豚巨人の隙を左右に飛んだ俺たちはブロック塀を利用して三角飛びで左右の豚巨人の顔面を狙う。

俺は全体重を乗せた右膝を右の豚巨人の横っ面に捻じ込む。美羽は振り下ろしによって頭の下がった左の豚巨人の後頭部を力一杯に踏みつけ、さらにその反動を利用して飛び上がり、中央の豚巨人の顔面蹴り上げた。だが思った通り体重の軽い美羽の攻撃では、2体の豚巨人はかなり痛そうにはしているが、それほどダメージを負ったようには見えない。だが2体のヘイトは稼げたようだ、すぐさまその場を飛び離れた美羽に2体の豚巨人は猛然と襲いかかっていった。

「さて、美羽のおかげでタイマンに持ち込めた、どう料理してやろうか」

俺の右膝をこめかみに受けた豚巨人は仰向けにぶっ倒れていた。俺は今の攻撃で倒れた豚巨人にどれだけダメージが通っているのか、また、その後の行動をつぶさに観察しつつ、起き上がるのを待つ。豚巨人は少しよろめきながらも起き上がる。

(ふむふむ、あの飛び膝蹴りでこのダメージか…悪くはないな)

(さて次は体を支える足の強度をみますか)

さっきは不意打ちとブロック塀があって、直接顔面を狙えたが、平地で何も障害物がない場所で戦う場合は、身体がデカい分いきなり無力化を狙った顔面への直接攻撃は無理だ。まずは足狙いその巨体に膝をつかせて、顔面などの急所攻撃を容易にできるようにしなければならない。

完全に立ち上がった豚巨人を認めると、すぐさま距離を詰め、ローキックを右足の膝小僧にに捻じ込む。

グギッ!鈍い音を立てながらローキックをお見舞いした後、すぐさま距離を取る。そしてまた観察。

(ふむ、すぐさま膝を地面につくことは無いが、後2、3発で膝を折りそうだ。)

観察するためじわじわと攻める俺の攻撃に、豚巨人は舐められているとでも思ったのか、苛立ちも露わに顔を真っ赤にして雄叫びをあげる。

「ヴモオーーーー!!!」

うん!さっきの美羽が相手している豚巨人同様すぐに頭に血が昇る。やはり賢いとは言えないようだ。それに向こうで交戦している豚巨人の2体の動きは直線的で、動き自体も素早いとは言い難い。警戒すべきは地面を抉るほどの馬鹿力だけのようだ。流石にあれを一発でも喰らえばひとたまりもない。周りを囲まれるようなヘマさえしなければ、まず負けることは無さそうだ。

そう分析結果を導き出した俺は相対しているこちらの1体を倒すことにした。

さっきやられた右足の攻撃を警戒しているようなので、右に行くと見せかけ左膝を攻撃する。そうしてフェイントを織り交ぜながら、時折降ってくる拳を警戒しつつ、攻撃を重ね、とうとう膝を折り、地面に膝をつく豚巨人。腰の入った攻撃ができないパンチはもう脅威ではない。

振り上げた拳ををめがけて手刀を打ち込む。

ボキボキボキッ!

指3本の骨を砕いたようだ。たまらず、折れた指を庇うように腹に拳を持っていき、体を丸まらせる。その垂れた後頭部に踵落としを落とす。ドウッと前のめりに豚巨人は倒れ込む。その倒れ込んだ豚巨人の首めがけて、踏み潰すように、足を下ろす。

ゴキッ!

首の骨が完全に折れたようだ、そのままぐったりした豚巨人は、やがて胸の上下運動を停止させ、ピクリとも動かなくなった。

しばらく残心し完全に死亡を確認した後、美羽の元へと駆け出した。美羽に加勢できるところまで近寄ると立ち止まり、俺は思案した。

(よわったな〜豚巨人に対してわざと負けるほうが難しそうだ…。あんな緩慢な動き、勝手に体が動いて避けてしまうだろうな〜)

そんな思考を巡らせていると、突如首筋にキリを差し込まれたような痛みが襲う。思わず首筋に手がいき、首に刺さっている物体を引き抜き確認する。それは大型の猛禽類の羽のようだった。(鳥?)上空を見上げる。遥か上空に1体の鳥のようなライオンが宙に浮いていた。背に大きな翼を持ち。前足はそれこそ大型猛禽類を思わす、大きな鉤爪を持っている。顔の部分は白鷲を思わせ、小鬼や豚巨人と同様額に1本の角を生やしている。(鳥ライオン?)その姿を確認すると体に全く力が入らなくなり、その場に倒れ込む。

「兄ちゃん?!」

すぐに駆け寄って来る美羽。

俺は注意を促そうとするが、身体中が弛緩してうまく声が出せない。「これは毒だな。」瞬時に首筋に刺さった羽根に毒が仕込まれていたことを理解する。

駆け寄ってきた美羽は心配そうにしゃがみ込み、俺の顔を覗き込む。その瞬間、美羽が俺の顔に覆い被さる。美羽はそのまま体を動かせないようだ。

(あぁ美羽もやられたか…。まあいい。どうせ死に戻りするつもりだったし。今の状況を最後まで見届けよう…)

弛緩によりうまく思考できない状況であったが、必死に意識を目に集中させる。

やがて鳥ライオンは俺たちを警戒しながら、ゆっくりと側まで降り立ってきた。本物のライオンの3倍はあろう巨大な体躯。豚巨人や小鬼たちは鳥ライオンが降り立つと、そのまま直立不動で動きを止めた。どうやら力関係は小鬼<豚巨人<鳥ライオンの序列のようだ。

地上に降り立った鳥ライオンは「ギョーーーー」と一声鳴いた、すると小鬼たち数匹が俺たちに近寄り足蹴にして来る。足蹴にされた俺たちの様子を鳥ライオンはじっと観察している。鳥ライオンはかなり用心深く、それなりに知恵を持っているようだ。やがて俺たちが指一本動かせないと確信した鳥ライオンはゆっくりと宙に浮き、前足の鳥足で俺たちの頭をそれぞれ掴む。

グシャッ!!

その音と共に俺たちの頭は鳥足に握り潰され、瞬時に俺たちは生を手放す…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る