日本の逃亡者、異世界にて勇者となる

僕は今、帝城にいる。

前後左右に衛兵と思しき豚の顔を持つ魔物の兵に囲まれて皇帝の御前へと連行されている。

(オーク?だよね……)

重厚な扉の前に立たされ。しばらくすると重厚な扉が押し開かれ、目の前の玉座に座る大男が目に入る。何と鬼だ!しかも青鬼?。身体が見える範囲は真っ青だ。

「こら!面を下げんか!」

ぼうっと皇帝を見つめたまま立ち尽くしていると、隣に立つ衛兵から怒鳴られる。

「よいっ。それより私はこの者と話がしたい、宰相を残し全ての者は下がりなさい」

「しかし……。」

「大丈夫だ。これでも私は青鬼を継ぐ者。どんな者にも遅れはとらん」

「はっ承知しました!」

そういうと衛兵のオークたちは退出していく。謁見の間には僕と皇帝と宰相しかいなくなった。

「さてその方、名は何と申す?」

皇帝はあらかじめ念話でしか会話ができないことを知っていたようで、頭に直接語りかけて来た。

「はっはい!田中太郎と申します」

僕は咄嗟に偽名を使ってしまった。短い逃亡生活だったが、名を名乗らなければならない時に使おうと決めていた偽名が思わず口から出る。

「では田中太郎よ、その方地球の日本から来たと言っていたそうだが真か?」

「はいっ真違いありません」

「日本からこちらにやって来た際の出来事を全て私に話してくれるか?」

「はっはい」

皇帝の問いに僕は日本で逃亡をしていたことは伏せて一部始終、事細かにあの時のことを話し始めた。全て嘘偽りなく真実を語る。ここでどんな嘘をつけば自分に有利になるのかも考え付かなかったし、もしも嘘をついてバレたらどんな罪に問われるかもわからない。

「そうか、そのトラックというのは物を運搬する時に使う車というやつだな?」

「はい、そのトラックに跳ねられそうになり、命が助かるよう必死に念じました」

「それで、目の前の空間が裂け、まわりの光と共に裂けた空間に吸い込まれて、気がつけば異世界にいたと?」

「はいっ、まったくその通りです!」

「ふふふふっ。そうかそうか。してその方、その空間を意図して再現することは出来ると思うか?」

「あの申し訳ございません。あの空間は僕が作ったものだと?」

「そうだ、その可能性が高い」

「そうですか…。あの時は必死で僕はどうしたのか全くわかりませんが、再現せよとのご要望であれば尽力するのもやぶさかではありません」

僕はあの空間の裂け目の話になった時の皇帝の嬉しそうな顔を見て、もしも僕が自分の意思で裂け目を再現できれば、皇帝は僕を重宝するだろうことを直感して、話の先回りをして、お望みであれば努力して再現して見せますと前向きな発言をした。

「そうか。あの裂け目はこちらでゲートと呼ばれるものである。ゲートなら私も心得がある。私自ら指南しても構わない。ゲートの再現を頼む」

「はは!確かに承りました」

やっぱり思った通りだ。僕とのやりとりで皇帝は上機嫌になっている。ゲートというモノはどういうものか今はわからないが、きっと僕にとって役立つ者に違いない。後々皇帝に尋ねても良いだろう。災難続きだった最近の僕に再び希望の光を見た思いだったのだが……。

「その方が我が帝国に協力的なことはわかった。だが、ここからの私の話はその方の故郷である日本を敵に回すことになる話となる。それでも我が帝国に協力を惜しまないことを誓えるか?」

いきなりなんですって?普通なら絶対に誓えない内容だよね!

この皇帝…。きっと僕の内情を知っている。もしも日本に帰れても僕には明るい未来が日本にはないことを知っている。だからこんな突拍子もないことを聞いてくるんだ。心を読まれている?だったら迂闊なことを思ってもダメだということだ。

しばらく黙っていた僕に皇帝は話しかける

「そう警戒せずとも良い。その方が日本に後ろ暗い過去があるのはわかっている。だが何があったのまではわからない。なぜなら私はその方の心を読んだわけではない。読んだのはその方から発する魔素の方だからだ」

「魔素…ですか」

「そう魔素だ。その方は初めて聞く単語だろうが、この異世界では普通に使われいる。その方の世界の酸素のようなモノだが、魔術にも使用されている」

「えっ魔術ですか?そんなモノこちらの世界では普通に使われているのですか?」

「そうだ。そしてその方もゲートを発現させた時点でその魔術をすでに使っている。ゲートの発現も魔術そのものだからな。その時ゲート発現で使用した魔素の残滓に、その方のその時の感情が微かだが含まれていたのだ。それを私が読み取った。だから何があったかまではわからないが、後ろ暗い感情だけはわかったというわけだ。念の為に言っておくが魔素の残滓を読むことができるのは異世界では私と私の父のみだ。他の者には読み取ることが出来ないから安心して良い」

「僕が魔術を発現させた……。はっ、すみません!あまりにも信じられない出来事だったもので」

「人間からすると絵物語の世界の出来事だからな。無理も無い。因みに魔素の残滓を読む以外でもその方の内情を読み取らせてもらった。本来ゲートは発現させるとそのままその場に残るようになっている。その方が出現した場所を念入りに調べた結果ゲートの痕跡は全く見当たらなかった。それはどういうことか?つまり山本太郎、その方日本で追われる身であったのではないか?その追手の追跡から逃れるために無意識のままゲートの術式を消滅させた。私はそう考察している」

「っ!。………はぁ〜今さら誤魔化しても無駄のようですね。仰る通り私は日本で追われる身となっておりました。だけど信じてください!決して疾しいことをした覚えはありません。日本の未来のために私財を投げ打ってでもやらなければならなかったことなのです!」

「なるほど…。自国のために尽くしたのに追われる身になったと言うことだな。その方にとっては国から裏切られたと言っても過言ではない…。どうだろう、その方の境遇を利用するようで心苦しいが、その方を裏切った日本を敵に回してもらえないだろうか?」

「はぁ…。全てはお見通しというわけですね。わかりました話はお伺いいたします。ですが返答はお話をお伺いした後でもよろしいでしょか?もちろんお断りした場合は拘束されることはわかっておりますが、お伺いした話は他言しません。まぁどうせ今の状況で日本には戻れませんし、話す相手もおりませんが」

「承知した。もし断られたとしても拘束はするが、その方に害をなすことはないと約束しよう。」

「ありがとうございます!」

その後、僕は皇帝の話に耳を傾ける。実際それしか選択肢はなかったし、興味もあった。それにこの皇帝はかなりの切れ者だ。僕は手のひらの上ってわけだ。今逆らうのはどうみても得策ではない。

まずこの異世界に起こっている危機的状況の話を聞く。それが本当ならかなりまずい状況だ。次にその解決策を聞くことに。ここからの話を聞くうちに僕と利害が一致することが多々あることに気が付く。だんだんと興奮していくのが自分でもわかる。これはいいかも!いつの間にか皇帝の話にのめり込んでいった。

話を聞き終えた僕は皇帝にこう告げた。

「皇帝陛下。私、山本太郎は異世界に忠誠を尽くすことを誓います」


それから一ヶ月の時間をかけ、皇帝から魔術を学び。皇帝をはじめとした国の重鎮から異世界の政治、経済、軍事に関することを聞き。そして地球侵攻の作戦について話し合った。この中で一番日本に詳しい僕の意見も多く取り入れられ、より実現可能な作戦に練り上げられていく。急ピッチで仕上げた作戦ではあったが、みんなかなりの手応え感じている。皇帝から学んだ魔術の習得も順調で、作戦の要であるゲートは自由自在に使えるようになり、その他日常に役立つ生活魔術や皇帝しか使えなかった数々の攻撃魔法も覚えた。

そして日本侵攻作戦を数日後に控えた今、僕は謁見の間にいる。

今から僕の授与式だ。

皇帝陛下の厳かな声が謁見の間に響く。

「地球よりの救世主、田中太郎。ここに皇帝の名において勇者を命じる」

謁見の間に集まった、宰相や各大臣たちが居並ぶ中、そう宣言される。周りから拍手が鳴り響く。

そう僕は今この時点から異世界の勇者となったのだ。

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