第6話 私は 誰?


 その後も寝たフリを貫いていたら、いつの間にか本当に眠ってしまった。

 目を覚ますと誰もおらず、窓の外が暗い。さっきのは夢だったのかしら…?暫くぼーっとしていたら、お腹がきゅうと鳴った。誰もいなくてよかった。


 ふと、ベッドサイドに小さな鐘があるのが目に入る。こ、これは!まさか…使用人を呼ぶための、アレ…!?私は公女だけど、こんな物使った事ないわ。

 勝手に部屋を出ていいのかも分からないし…悩んだ結果、試しに鳴らしてみよう。チリンチリン…と。

 すると扉が開かれ、メイド服の女性が入室し恭しく頭を下げた。


「お目覚めでございますか。お食事をご用意してもよろしいでしょうか?」

「えっと…お願い、します」

「かしこまりました、すぐにお持ち致します」


 聞きたい事は多いけど。私のお腹がご飯を所望しているので、ひとまずこっちを落ち着かせましょう。



 メイドさんは本当にすぐ持って来てくれた。見守られながら(監視?)の食事は、どうにも緊張する。マナーは問題ないと思うけど…

 ちら…っとメイドさんを観察。あの制服…王宮のメイド服だわ。しかも赤いスカーフを首に巻いている、上級メイドの証だ。


 下級メイドは表に出ない、掃除や洗濯、料理が仕事の白スカーフ。

 中級メイドは夜会の給仕など接客もするが、王族のお世話はできない水色スカーフ。

 で、上級は。王族直属のメイドで、高位貴族や他国のVIPなんかの対応をする事もある…はず。


 なんでそんなメイドさんが、私のお世話を…?これまで数度王宮に足を運んだけど、上級メイドとはすれ違った事すらないわ。

 まさか私を、カリアと勘違いしてる?なんて…ね?



 ふう…ご馳走様。美味しゅうございました。

 で、本題。片付けをするメイドさんに、声を掛けようとしたら…


 たたたた… コンコン! ガチャッ


「姉上っ!起きたんだね!」

「……………」


 満面の笑みを浮かべるカロンが、息を切らせて部屋に飛び込んで来た。返事をする前に開けたら、ノックの意味無いじゃない。

 それより、姉上って何?また変な悪戯でも思い付いたのかしら…どう返事していいのか分からない。


「……姉上…?」

「私は…貴方に姉と呼ばれる資格などございません」

「(あ…前と同じ言葉…)い、いや。確かに僕らは血は繋がっていないけど、姉弟なんだし」


 ね?と、カロンは笑顔だ。



 は……今更?



「(……そう。今度は上げて落とす作戦か。悪いけど、同じ手には2度も乗らないわ。けど…あまり突き放しては、どうキレるか分からないわね)

 そうですか…かしこまりました、公子様」

「(姉上…かなり警戒している。無理もない、か…)」


 カロンは困ったように眉を下げて笑った。

 …なんなのよ、もう…!



 カロンは聞いてもいないのに語り始めた。

 現在地はやっぱり王宮で、私は保護されたのだと。ここなら安全だから、気兼ねなく過ごして欲しい、ですって。貴方、自分で公爵家は危険だって認めるのね…

 そしたら次は、アルフィー様が現れた。私の姿を見ると顔を綻ばせ…ピタッと動きを止めて。頬を染め、横を向いた?


 …そういえば。あの時脱がされたけど…裸、見られた?うわ…っ。私の訝しげな視線に気付いたのか、アルフィー様は咳払いしてから口を開いた。


「背中の傷は、どうだ?」


 聞くまでもなく、痛いに決まってるでしょ?貴方には想像もできないでしょうけど。


「随分とよくなりました」

「そ、そうか…

 きみは暫くの間、この部屋で過ごすといい。彼女が世話をするから、困った事があったら訊ねなさい」

「はい。お嬢様のお世話係を務めさせていただきます、リーナ・ハイアットと申します」

「(軟禁宣言された…?)エディット・グリースローと申します。お世話になります…?」


 可愛らしいメイドさん…リーナさんはスカートの裾をつまみ、綺麗な礼をする。どうやら私より少し年上のようだけど…彼女もグルか…!?



「(…噂通りの悪女には見えませんね。にしても殿下…使用人を集めて「彼女を心身共に傷付けたら、問答無用で打ち首だと思え」って…すんごい怖い顔してたわ…公子様も。

 今まで毛嫌いしていたくせに、どういう心境の変化かしら?)」


 リーナさんは目が合うと、にこっと微笑んでくれた。…みんな何を考えているのか、分からない。



 私は丸1日寝ていたらしい。身支度をするから、と男性2人は追い出された。入れ替わりにメイドさんが2人も…ひええ…


「あ、お待ちを。着替えくらい、自分でできます!」

「いえ、これが私達の仕事でございますので」

「お嬢様はどうか、ごゆるりと」


 きゃーーー!!!脱が、脱がされる!!抵抗空しく、一糸纏わぬ姿にされた。


「……!本日は入浴は控えておきましょうか。お髪に香油をお付けします」


 …3人が動きを止めて、息を飲んだのが分かる。背中の怪我に加え…腕や足、背中、腹部、胸…あちこちに古傷があるのを見られてしまった。

 彼女達からは嫌悪といった悪感情は向けられなかったが…代わりに同情・憐憫。そういったものが読み取れる。



「(何ですかこれ…!?どんな扱いを受ければ、こんな…!)」



 …やめて。これ以上、私を惨めにしないで。


 流石上級メイド。すぐに切り替えて、私の全身を整えてくれたけど。





 それからというもの、私は厚待遇を受け続けた。それはまるで、本物の公爵令嬢になったようだった。


 アルフィー様は毎日私を訪ねて、贈り物を用意してくださったり一緒にお茶にしたり。私達の未来について語ったりもしていた。

 カロンも毎日やって来て、「姉上、姉上!」と子犬のように無邪気に笑う。


 側から見れば…私は幸せなお嬢様だろう。

 綺麗なドレス。優しく麗しい婚約者。可愛い弟。親切なメイド達。



 けど…





「……もう、いや。なんなのよ…どこまで、私を見くびるつもりよ…!!」




 私はアルフィー様とカロンに謝罪された。

 これまで…カリアの嘘や、彼女が広めた噂に踊らされた事を。それで、私を疎んでいた事を。



 どれだけ訴えても、見向きもしなかったくせに!!本当の私なんて、興味もなかったくせに!!

 私は騙されない…!私が心を開いたら、「嘘だよ。お前の味方なんて、世界中のどこにもいないんだよ!」と嘲笑うに決まっている!!


 夜。誰もいない部屋で1人、声を押し殺して涙を流す。

 もしも彼らの言葉が真実だとしたら、この豊かな暮らしは贖罪だろうか。それはつまり…

「今までごめんね。だからそろそろ機嫌直して?」という意味だろう。ふざけるな…!



「う…っ!ふ、うぅ…」



 私は…どうすればいいの。

 公爵家には戻りたくないけれど。このまま王太子妃になるなんて、絶対に嫌だ。


 私は…エディット。公女でもない、王太子妃でもない、卑しい孤児で平民のエディット!そうであるよう私に求めたのは、誰でもないお前達だ!!誰にも、惑わされてたまるか…!


 時折今の生活に、思考が溶けそうになるけれど。そんな時私を現実に引き戻してくれるのは、カリアに付けられた全身の傷だった。

 嫌でたまらなかった醜い身体が、今では『私』を証明する唯一のものだなんて…皮肉ね。



 絶対に逃げてやる。そう決意を新たにしながら…私は目を閉じた。

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