第4話 繰り返し 繰り返す
バタバタ ざわざわ…
「……ん…」
日の出より先に、屋敷の者の声で目を覚ました。
体を起こせば、隣には愛する女性…カリアが眠たそうに目を擦った。
「…アルフィーさま…?」
「起こしてしまったかな、ごめんねカリア。おはよう」
「ふふ、おはようございますぅ」
カリアの額にキスをすれば、彼女はくすぐったそうに小さく笑った。それは見る者を幸福にさせる、天使のような微笑みで。つられて私も…あぁ、なんて穏やかな時間なんだろう。
私達の間には長いこと、エディットという障害が存在していた。昨夜ついに取り除き、皆に祝福されながら結ばれることができたのだが。
あの女は抵抗することもなく、スッと身を引いたのには拍子抜けだったが。こんなにも簡単ならば、もっと早く行動すべきだったな。
それから私とカリアは、これまでの溝を埋めるように互いを求めあった。彼女をこの腕に抱き、これからの未来に想いを馳せながら眠りについたのだが…
全く、なんだこの騒動は。廊下で多くの者が慌ただしく行き交っているようだ。
不安げに眉を下げるカリア。彼女の憂いは、この私が全て払ってあげよう。
「そこの君。朝から騒々しいが何があった」
「あ、で、殿下!それが…」
部屋の外に控えていたメイドに声をかけると、少々目を泳がせた後に口を開いた。
「じ…実は。エディットが…」
「……え?」
エディットが。屋敷の3階から飛び降りて、死んだ。
状況から見て、事件や事故でなく自殺だと…
「ああ、馬鹿な女。せっかく公爵家の温情で、下働きで残してやったのに!」
「……………」
今、私の目の前には。関節があり得ない方向に曲がり、頭や口から血を流して横たわっているエディットがいる。その瞳孔が開いた目は…私を捉えているような気がした…
私の隣に立つカロンは、大袈裟に肩を竦めてため息をついた。彼の言うとおり、エディットは今後下働きとなる予定だった。
だがこれまでの賠償として、死ぬまで自由な時間も金もなく、カリアに尽くすだけの奴隷としてだが…
その生活が、死ぬほど嫌だったということか。
「まあいい、清々したさ。さっさとそれを片付けておけ。埋葬するのも面倒だ、適当に燃やして捨てとけ」
「はい」
カロンは野次馬の1人、騎士にそう命じた。騎士はエディットの腕を掴み、引き摺り…
「おい、これ以上庭を汚すな!」
カロンの言葉に、騎士は渋々エディットに布を巻いて肩に担いだ。私はその様子を…ただ目で追っていた。
これまで散々、私達を苦しめていた女が死んだところで。何も…思うところなど、ない、はずだ…
その時山間部より太陽が顔を出し、私達を赤く照らした。今日は珍しく、鮮やかな朝焼けで…その美しい光景に、とてつもない不安に襲われた。
その夜。モヤモヤする心に蓋をしながら、私は自室で眠りについた。
「…………ぅ……」
夢を見た。
エディットの、初めて会った時の愛らしい笑顔を。
だが、彼女は、私の前から消えた。永遠に…なんで私は、こんなにも胸を痛めている?
『では、エディットは死んでも仕方のない罪を犯したと仰るのですね』
『……そういう…訳では…』
なんだ?暗闇から声が…これは。
隣国の若き皇帝…エリオット陛下?
物腰の柔らかい美丈夫ではあるが、自分の味方である第4皇子・第1皇女以外の兄弟を犠牲にして即位した、恐ろしい男だ。
事の発端は、狂った皇帝が「皇帝になりたければ自分以外を殺せ。生き残った者に全てを与える」と宣言した為。
10人を越える皇子皇女は、「くだらない」と一蹴したのだが。欲に溺れた第2皇子が、第1皇子を殺害した。それを皮切りに…山脈を隔てた隣国の皇室では、血生臭い後継者争いが、8年に渡り繰り広げられたのだ。
詳細は知らないが、最後に残ったのは第3皇子エリオット。彼は元凶である父親も殺害し、21歳という若さで王になった。それが数年前の話だ。誰もがそんな彼を恐れて、慕った。
私も数度政治的な場で顔を合わせ、言葉を交わしたが。どうして…私の夢に現れる…?
『贅沢?家が傾くほどにですか、ならば窘めるべきでしたね。公爵であれば、娘の金銭管理など容易いでしょう?放っておいたのならば、容認したということ。後になって罰を与えるなど、虫のいい話ではありませんか?
男遊びか…ならばその男性達をここに呼んでください。事実確認をしなくてはいけません。場合によっては自分が責任を取りましょう。
ほう…エディットがそちらの令嬢に危害を。何故それを、ご両親は咎めなかったのか。鞭で打たれたというのなら、痕が残っているはず。こちらの女性騎士に確認をさせます』
『いや…それは…』
あ…視界が開けると同時に、エディットと同じ眩しい金の髪が目に入った。彼は…エリオット陛下は、氷のように冷たい目で私達を刺す。
彼の言葉に、公爵も私も、誰も反論できずにいる。場所は公爵家の応接間…
突然に理解した。これは…この記憶は。以前の、私のもの。そうだ確か、この後。私は………
「……はっ!!?ハア、ハア…は…!!」
弾かれるように飛び起き、私は自分の首に手を当てた。
まだ、繋がっている…!?全身で汗をかき、呼吸が乱れて心臓が暴れている。頭が熱いのに、首筋はやたらと冷えていて…
「……っ!!」
「うわっ!殿下!?どこに行かれるのですか!!」
日付も変わっていたが、使用人や騎士の制止も振りほどき、私は寝巻きのまま馬に飛び乗り走らせる。向かう先は、グリースロー公爵家。
このままでは、また繰り返す。この国全土を巻き込んだ不幸が…!だが今回もエディットは死んでしまった…どうすればいい!?
限界まで馬を酷使して、目的地に辿り着くと。
「姉上の遺体はどこだ!?今すぐ丁重にお連れしろ!!」
「はあ、はあ…カロン…?」
昨日以上に、屋敷は騒然としていた。突然の訪問に驚く門番も無視し、敷地内に足を踏み入れる。
「あの女なら、とっくに燃やして山に埋めましたけど…」
「はあっ!?なんでそんな…!!いや、僕の指示だったな。クソッ!!」
騒動の中心であろうカロンは私同様寝巻き姿で、地面に両膝を突き、拳を叩き付けている。
「どうしよう、どうしよう…!!嫌だ、僕は死にたくない…!嫌だぁ…!!」
そのまま蹲り、嗚咽を漏らす。ああ…そうか。彼も、思い出したのか…
「カロン…」
「え…殿下…?」
声を掛ければ、私の存在に今気付いたのか、その場の全員が注目した。
カロンは憔悴しきった顔を上げる。目が合ったと思いきや。すぐに視線は私の後方に移った。
「なあに、この騒ぎは?
あっ、アルフィー様!こんな夜中にどうなさったの?」
近付いてくるのは、間の抜けた声を出すカリア。私に向かって笑顔で手を伸ばしてくるが、届くことはなかった。
「きゃあっ!?」
「お前の、お前のせいで!!元はと言えば、全部お前のせいでえええっ!!!」
「「「カロン様!!?」」」
「いやあっ!や、やめ…」
バシッ! ゴスッ
カロンが狂ったようにカリアの髪を強く掴み、何度も頬を叩いた。その目は正気を失っており、騎士に羽交い締めにされるまで続いた。私はその様子を、じっと見ていた。
カリアは両目から涙を溢れさせ、私に縋るように顔を向けた。
「ぐすっ、ひっく…お兄さま、なんで…?
アルフィーさま…なんで止めてくれないのぉ…?」
「私に触らないでもらおうか」
「え…?」
「ちくしょう!!お前が死ねばよかった、姉上でなくお前が!!許さない…!この疫病神!!」
「公子様、お気を確かに!」
「早く旦那様に報告を!!」
カロンが連れていかれ、カリアにはメイドが手を差し伸べ、使用人が奔走している。すぐに公爵夫妻も姿を見せるだろう。
私は彼らに背を向けて。歩いて…その場を離れた。
前回と同様であれば。これより1ヶ月後には…エリオット陛下が私達を裁きに来るだろう。
その時を静かに待つか、無駄に足掻くか、逃げるか。私は……
******************
「ん?今日は見事な朝焼けだな」
ある日。夜明けと同時に目を覚まし、外の明るさにカーテンを開けると。鮮やかな赤が、周囲を染めていた。
私はその光景に…全て思い出した。これが、3度目の人生だと。
「エディット!!!」
今回の彼女は、公爵家の地下牢にいるはず!!まだ間に合う、皆が助かる!!と急いで救出に向かったが。
「あ…殿下…」
「カロン…?」
地下には先客がいた。カロンが…牢の前で、力無く座り込んでいた。目の前には、変わり果てた姿のエディットが横たわっていた。
「……使用人が…ここ1週間以上…誰も、水も食事も運ばず…に、いたと…」
他の者の「あーあ、死んじまったか」といった声も、私達の耳には届かない。身動きも取れず、何時間も揃ってその場に縫い付けられた。
待て…今日は確か…
「殿下、カロン様!閣下がお呼びです、至急いらしてください!隣国から、皇帝陛下がお越しです…!!」
「「………………」」
来た…
カロンは静かに立ち上がり、歩き出す。伝言に来た使用人は先に戻り、今私達は2人きりだ。
カロンの背中に問い掛ける。
「…お前。覚えているのか…?これが、3度目だと」
「え…まさか。殿下、も?」
小さく頷く。するとカロンは、フッと笑った。
「そうですか、ではお先に。また…次で会いましょう」
「……ああ」
カロンは懐から護身用の短剣を取り出し…躊躇いもなく、自分の胸を突き刺した。
「うっ…」と小さく唸り、すぐに事切れた。見届けた私は彼の胸から剣を抜き、自分の喉に突き付ける。
「エディット…許しておくれ…」
次こそは、きっと。きみを救ってみせるから。
エディットは。17歳の誕生日から、エリオット陛下がこの国に来るまでの間に必ず死ぬ。それを発端に、私達も数年以内に命を落とす。
だが私達がそれを思い出すのは、彼女が死んでから…取り返しがつかなくなってから。
ならば何度でも、繰り返そう。いつか…みんなで未来を迎える時を、待とう…
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