第18話 友造の計画

 茅の隙間を伝って雨粒は、ポツトツポタリと軒下へ。空家となったアリジゴクのすみかを浸食しています。

 地獄の果ては極楽か。旅立つ家主の行き先は、鳥無き山のコウモリの腹の中なのでありました。



「若いやつに仕事おしつけおいて、自分は酒盛りって……おっちゃん、それはさすがにおらでもひくわ」

「べらんめえ! エンマコめ、おいらを除け者にしやがって。こうなりゃあ奴が押入に隠していた南蛮の酒を一滴残らず空けてやるぜ」


 外にいる新人に門番を任せて門監詰所の板間で酒を呷る山本は、顔が赤らみすでに出来上がっている様子。

 このまま話を続けていると悪酔いに巻き込まれ延々愚痴を聞かされそうだったので、聡吉はさっさと要件を切りだします。



「ふうん、友造がねえ……」


 聡吉の話を聞いて、水を得たならぬ、酒を得た山本。

 その表情が先程までとは一変し、生き生きとしてきました。


「脅迫状の差出人はあいつで決まりだ。すぐに捕まえにいこう」

「うんにゃ……妙だぜ。お前の話だとそいつはカヤ場で仲間に計画の中止を告げていたんだろ? まあ仮にそれが別の計画だったとしてもだ、警察が集まっている受け渡しの場所に、知っててのこのこ現れるか?」

「それじゃあ、おっちゃんは差出人は他にいると言いたいんか? あ、もしかして、去年の暴動に参加した誰かか」

「それはない。もうすでに調べた」


 答えを急ぐ聡吉に、山本がピシャリ。


「どのみち友造を追うにも人手が足らんからな、他の連中が戻ってくるのを待ってそれからだ。で、お前さんに聞きたいことがある」


 山本はそう言うと、囲炉裏の火棚に下がったベンケイから二、三イワナを取って聡吉に渡します。

 聡吉は朝もろくに食べて来なかったので、無心になって尺上しゃくがみイワナにかぶりつきました。

 煙にいぶされた燻製イワナは引き締まった身に味が凝縮され格別で、一本あっという間に平らげてしまいます。

 


「お前は以前、カヤ場で友造を見たと言っていたが、そのときに仲間と計画のことを話していたんだろう。仲間の顔は見たのか?」

「いやそれが、暗いし頬被りをしていたからよくわからなかった」

「なにか特徴はなかったか、思い出せ」


 そう言われたところで、それ以上はなにもでてきません。

 

 すると山本は

「計画が何かをまず知る必要があるなあ……」

などと途方もない事を呟き始めました。


 酒気を帯びながら輝く目をくわと見開くいまの彼は、果たして正気なのでしょうか?


「よし、山事務所に話を付けてやるから、お前はそっちを探ってきてほしい」



 とまあ、嫌な予感が的中。

 無理筋な要求をされ、聡吉は食べかけていたイワナの串を落としてしまいます。


「はあ? 友造の計画を調べるのに、鉱夫から聞き取りをするってのか。何人いると思ってるんだ」

「全員から話を聞けというんじゃない。奴のいた周辺を調べるだけだ。おいらが行くとな、鉱夫等からまた粗探しにきたのかと警戒されちまうんだよ。それに、いまはお前の記憶意外に手がかりも無い」


 そう言うと山本は 

「そうと決まれば善は急げだ。ちょっくらいってくらあ。留守番頼むぜ」

と、聡吉に反論する間も与えずにさっさといなくなってしまいました。



 詰所の柱にとまっていたニイニイゼミが何かに気づいて飛び立つと、昼を知らせる鐘の音が山に鳴り響きます。

 やがて戻ってきた山本と交代で、あとはよろしくと肩を叩かれやってきたのは五番坑。


 山神神社のほど近く、山内に七ヶ所ある坑口のなかで唯一鉱夫達の出入り口となっているここ五番坑口は、他の坑口とは違い周囲を木柵で囲われ物々しい造りとなっています。


 坑口脇に建つ茅葺屋根の山事務所では、ちょうどお昼時とあって中の者達が弁当を広げているところでした。



「ああ、お前がその……あれな。ふむ、行ってよし」


 袴に編上靴ブーツを履いた若い下掛がこちらを見ずに答えます。


「あの、皆さんは坑内に入る鉱夫全員を毎日確認してるんすよね。友造に関する話ってなにか聞いてませんか?」


 少しでも情報を得られればと、藁をもつかむ思いで聡吉は事務所の者に聞いてみる事にしました。


 すると、その問いに一同一斉に噴飯し

「何人いると思ってるんだ、そんなのは流れ作業に決まっているだろう。鉱夫一人一人と長話はしない」

とまるで相手にしてもらえません。


 頼まれたわけではないが、鉱山おまえたちの問題で奔走しているのだから少しくらい協力してくれてもいいだろうと聡吉が腹を立てていたところ

「友造のことなら、奴が所属していた備前か、同じトロ押しにでも聞いてみるといい。これを持っていけ」

と鉱夫を監督する老齢の山先手代が坑内の絵図と、明かりとなる油燈カンテラを貸してくれました。


「鋪の中は血の気の多い連中ばかりだから気を付けることだ」


 そう言われ目を向けた四つ留口(坑口)は、先が見えぬ暗闇です。



 そしていざ坑内に足を踏み入れると、中は外の暑さとはうって変わりひんやりと冷たい空気に包まれていました。

 穴を支える支柱の隙間からは水が滴り落ち、まるで坑内が雨漏りでもしているかのようです。


 聡吉が足下のムカデに気を取られていると、人の気配に驚いたコウモリ達が飛び立ち頬を掠めていきました。



 山内では現在、排水専用の坑口を除いて五つの通洞(水平坑)と二つの斜坑、通気や運搬のため地表から垂直に堀り進められた堅坑と呼ばれる坑道が一つ。そしてそれらを深さに応じて横に繋ぐ坑道が四つ使用されています。


 そこで働く労働者の数はざっと三千、選鉱製錬施設をはじめとする坑外の者も含めると五千人をゆうに超えます。

 そのなかから友造に関する話を聞きださなければならないのです。


 聡吉は必死に以前の記憶を辿って、仲間の特徴を思い出そうとしますがなかなかでてきません。


「そういや確か、痩せてて猫背だった気がするな……」



 ぶつぶつ呟きながら歩いていると、やがて風は収まり広く明るい空間に出ました。

 明かりに照されキラキラと輝く壁面の鉱物。


 中央に敷かれた貨車トロッコ用の軌道レールと、その脇に排水用の大きな溝。

 ここは排水と鉱石運搬用に作られた横の大きな坑道で、山内にある全ての坑口を繋いでいる大切おおぎりと呼ばれる大動脈です。

 両脇の壁には等間隔に油燈カンテラが掛けられ、ここだけは外と変わらぬ明るさでした。

 

 聡吉がおぼつかぬ足取りで坑道を歩いていたところ、奥からゴオゴオと鉱車の車輪が擦れる低く不気味な音が聞こえてきます。


 いなせを気取り結び目を横にして手拭を頭に巻いた若いトロ押しが、こちらに鉱車を押しながら近づいてきました。


 ちょうどよかった、彼に話を聞いてみよう。


 そう思ったのですが、トロ押しは急いでいたのか

「知らねえ、どけ!」

と、とりつくしまもなく行ってしまいます。


 仕方がありません。聡吉はもう一つの手がかりである、備前の鉱夫達が担当する切羽きりは(採掘現場)を目指すことにしました。

 切羽は下三番坑道の亀子の(鉱脈)にあるので、まずは下に降りるための竪坑を探します。



「この絵図、線と文字だけでわかりづらいんだよな」


 借りたものにぶつぶつ不満を漏らしながら歩いていたそのときです。

 

 すわ! 壁に立て掛けてあった丸太がガラガラと音を立てながら突然……。


 聡吉は動く間もなく材木の下敷きとなってしまいました。

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