第5話 繋がりのかたち
農村における
当然いい面と悪い面があるわけですが、そうした繋がりを悪用しようと目論む輩はいつの世もかわらずいたようでした。
盛り廃りの激しい博打のような鉱山業で余所者が採れるときには群がってきて、採れなくなれば借りた金も返さずに去っていく。
そのような鉱夫達にたいし、近隣の者達はやっかみをこめてカネトリ衆の質流れなどと呼んでいたようです。
狭い範囲に閉じ込められ監視される閉塞感、いつ起こるとも知れぬ事故やヨロケ(塵肺)などの職業病にも保証がない不安定な生業のなかで、所帯を持たずに酒や賭博、喧嘩に明け暮れ宵越しの銭を持たぬ刹那的な生き方をする鉱夫達。
そんな彼等が周囲と関わることで、ときに軋轢を生むこともありました。
「山本親分さんのお
中野の飯場に着くと、さっそく腰の曲がったおっかあが丸めた紙くずのようにしわくちゃな笑顔で迎え入れてくれます。
男衆が出はらっているいま、飯場の主は中野親方の妻であるこのおっかあなのです。
「さっそくですが、ギアシさんが夜な夜な飯場を抜け出しているそうですね。行き先に心当たりはありますか?」
こう挨拶もそこそこ、おリンがぶしつけに質問を繰り出しました。
あまりに率直すぎる質問に、もう少し慎重に聞き出せよと隣で聞いていた聡吉は内心はらはら。
やっぱりおリンに相談するとろくな事がない。
するとおっかあは
「まんつ、いいお天気なんしな」
と聞こえていないのか、とぼけた返事をしてみせました。
のっけから肩透かしをくらったおリンに聡吉は得意満面。
「押して駄目なら引いてみるってな。まあ見てな」
そう言うと、部屋のなかを一通り見回します。
こじんまりとした畳の部屋には古ぼけた将棋盤や火鉢があるくらいで、めぼしい物は見当たりません。
さらに奥へと目をやると、床の間にかかった三酢図の掛軸と、飾り座布団の上で仏像のように鎮座している大きな黒い原石が目に入りました。
これだ、と聡吉はひらめきます。
「はあ、こらまた見事な石だすな……」
聡吉が石を誉めると、案の定おっかあは喜んで石の講釈を始めました。
「これはギアシとおっとおが、
堀大工(採掘夫)は鉱夫の花形とも呼べる職業ですが、作業には常に危険がつきまといます。
そんな堀大工のなかでもギアシは一目おかれる存在でした。
「ギアシと
鉱夫がまだ野武士の扱いを受けていた徳川の時代、外からやってくる身寄りのない渡り鉱夫は鉱山に家庭を持つ自鉱夫と親兄弟の契りを結ぶことで身元を保証される鎚親とも称される仕組みがありました。
現在は
中野のおっとおとギアシは、そんな友子の関係であったのです。
聡吉は焦ることなく確実に、本題へ話をむけていきました。
「そういや、ギアっつぁんって家族はいるんすか?」
「ギアシさんね!」
間髪入れぬおリンの指摘ではありましたが、どちらにせよあだ名には違いありません。
「娘が一人いだんすども、まさかあの家さ嫁にいくとは……」
そう言いながらおっかあは、顔を曇らせ縁側に目をやりました。
隣の
そのとき鋳物の風鈴が風に揺られてリーンと鳴り、襖の奥で赤子が声を張り上げ泣きだしました。
「お子さんですか?」
「いんや、孫だんし。なんとして、元気よくて」
そう顔をほころばせるおっかあにおリンが
「見せていただいてもいいですか?」
とせがむと彼女は喜んで嫁のおキチを呼び出します。
「可愛い! 男の子ですか、女の子ですか?」
「
まだ毛も生え揃わぬ幼子を抱かせてもらったおリンは
「うわあ、小っちゃい!」
とその重さに驚きながら、自分の親指程もない子供の手のひらを見て目を細めました。
「ちょうどあれと同じぐらいの孫がギアシにもいたはずなんしども、さぞ顔ば見たかろうて……」
おっかあは、茶を啜りながらおリンにあやされ微笑む孫を眺めそう呟きます。
ギアシが夜な夜な飯場を脱け出す理由は、もしかすると孫にあるのかもしれません。
すぐにお
仕事終わりの鐘が鳴り鉱夫達が続々と家路につきはじめた頃、聡吉達は鉄臭い泥がこびりついた草鞋に再び足を通し飯場をあとにします。
二人を見送るおっかあは、念を押すようにこう言いました。
「ギアシは真面目な男なんし。脅迫なんて大それたこと、できる男で
それを聞いた聡吉は、はじめから彼女に全部見抜かれていた事を知りひやりとします。
脅迫状の話は滞在中に一度も切り出していません。
「脅迫状のこと、わかってたんすか?」
聡吉が訊ねると、おっかあはこくりとうなずきギアシが下手人ではないと考える理由を答えました。
彼女が言うには、そもそもギアシは読み書きができないので脅迫状は書けないはずであるとのこと。
確かにそれが本当であれば彼の疑いは晴れます。
聡吉はそのことをいったん山本に報告することとし、その場をあとにしました。
飯場を出た聡吉達は、
鉱夫達の道具を直す鍛冶屋が振り下ろす槌の音が町中に響き渡るなか坂道を下りていくと、途中の山神神社前で人集りに出くわしました。
祭りの練習かと思い目をやると、どうもそうではない。人々が笑いながらなにかに石を投げつけています。
聡吉はそれを見て驚き、声をあげました。
「あ、昼間の米泥棒!」
「ねえ、ちょっと、なんなの?」
人混みに阻まれて、背の低いおリンがこの光景を目の当たりにしなかったのが幸い。
石を投げられていたのは、来るときに刃物を持って門鑑で暴れていたあの男です。
縄で縛られた男は
その両脇で手綱を握りしめていたのは、役人のようななりをした男達。
「お
列にいた男に言われ聡吉は
「ごめんだね、おら達はここの者じゃない」
ときっぱり断ります。
聞くところによると彼は供給詰所の御蔵米に手をつけたそうで、町内引回しのうえ追山(鉱山追放)となったようです。
石を投げている者のなかには彼の知り合いもいて、心なしか加減をして投げているのがわかりました。
「郷に入りては郷に従え。これはいまここにいるみんなの意思だ。みんながやっているんだから、お前もやれ」
「みんなで渡れば怖くないが一番怖いんだよ。なかにはやりたくないやつだっている。一部の意思を勝手に全体の意思にすんな」
繋がりというときに無慈悲で強硬な連帯感は、外れたものには容赦がありません。
はたから見ると残忍な行為も、彼等からすれば立派な善業と成り得るのです。
「御雇いさん(御雇外国人)のてまえ前みたいな惨たらしい刑罰はなくなったが、官営になってやり方が回りくどくなった……」
舌打ちをしぼやきながら石を投げるその男もまた、心の底からやりたくてやっているわけではなさそうでした。
聡吉達が人混みから抜け出した頃には、辺りも薄暗くなり人通りも疎らになりはじめます。
中野組から借りてきた手提げ提灯の明かりだけが、話をしながら歩く二人の足下を頼りなく照らしていました。
バタバタと音を立て、四番坑の閉ざされた格子の隙間から飛び出してきたコウモリ達。
「ねえ、急ごう」
「そだな」
なんとなく気味が悪くなって足取りを急ぐ二人。
ちょうど鈴音坂にさしかかり、折り返しにある夜泣き岩の辺りにやってきたときのことです。
「ちょっと、ふざけないでよ」
「はあ?」
「いま、変な声出したでしょう」
聡吉の後ろを歩くおリンが、急に妙なことを言いだしました。
ひと気のない坂道で、聞こえてくるのは右手斜面の遥か下にある沢のせせらぎだけです。
「カエルじゃねえのか」
特段気にもとめぬ聡吉ではありましたが、辺りの静けさと崖下から昇りくる生ぬるい湿った風はさすがに気持ちの良いものではありません。
「足元に気をつけないとな。いいか、絶対に押すなよ……」
一歩踏み外せば下は崖、二人が肩を強張らせ身を寄せ合いながら坂を登っていきますと……。
「マジか……」
なんと聡吉にも赤子の泣き声のようなものが聞こえてきたのです。
幻聴かとも思いましたが、うしろの騒がしさからみるにどうやらおリンにもいまの泣き声が聞こえていたようでした。
慌ててその場を去ろうとする二人でしたが……。
すわ! 物の怪の仕業か?
突然スウと行灯の火が消えたものですから、もうひっちゃかめっちゃか。
立ち止まって火をつけようとする聡吉に、おリンがぶつかります。
「なに止まってんの! はやく行ってよ!」
「おいよせ、押すなって!」
崖っぷちで背中を押された聡吉でしたが、間一髪半身を反らしてどうにかその場に踏みとどまりました。
さあ、大変なのはおリンの方です。
勢いよく踏み出す先にあったのは崖で、思わず聡吉の袖を掴まえました。
「引っ張るなあああ……!」
どうやら聡吉達には、腐れ縁という名の切っても切れぬ強い繋がりがあったようで。二人仲良く深い谷底へとオチてゆきましたとさ。
マルキそば屋準備中 古出 新 (休止中) @159357adgj
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