5
閉じた瞼の裏に光を感じて、俺は目を覚ました。背中や腰が痛い。お地蔵様の前で座ったまま、いつの間にか眠っていたらしい。明け方みたいで、まだ夜の青紫が残っているところと、赤く照らされた雲がまだらになっていた。
神様は俺の横で体育座りをしたまま、どこを見るともなくただ前を向いていた。
「神様」まだ自分の声が、眠気を帯びているのを感じながらきく。「神様の家はどこ」
「い、え?」
こっちを見て、神様がきき返してくる。
「いつもいるところ。帰らなきゃいけないところ。……安心できるところ」
神様はしばらく黙ってから、今座っている地面を指さした。
「その前は? 神様はどこから来たの?」
すると今度は身体をゆっくりとねじって、後ろの山をさした。
ああ、と思わず声が出た。
「山か」
火のように赤い朝焼けに照らされた山を、俺は眺めた。
「山か。やっぱりそうだよな」
俺は地面に落ちてる小石を拾って、いくつもの線と四角をひとつ書いた。
「この線は、俺たちの前にある道。分かる? それでここを曲がると、人間の家が何軒かあるところに出る。俺の家は、この四角のところ。大きな家の向かい。屋根が青いから、少し目立つ」
「そこが、みきと、の家?」地面を覗き込み、神様がきく。「帰ら、なきゃ、いけないところ? あんしん、できる、ところ?」
「うん……」俺は自分の家を示す四角を、石でがりがりと削った。「そうだった。前までは」
神様は俺の言っていることが分かっていないのか、何も言わなかった。構わず続ける。
「俺の父さんって樹木医でさ。ええと、つまり……木を調べたり、病気になった木を治したり、管理したりするひと。分からなきゃ、それでいいけど」
「じゅ、もく、い……」
「だから、神様がいた山の木もたくさん調べてたんだ。数え切れないほど登ったと思う。それで、三ヶ月前、山から帰ってこなくなった」
もう一度振り返って首を反らし、山のてっぺんまで見上げる。そんなに高くない、大きくもない山。
「警察とか、消防のひととか、町の大人が探したけど、見つからなかった。今はまだ行方不明、ってことになってるけど。でもおかしいんだよ。父さんはこの山をよく知ってた。危ないところも、通っちゃいけないところもちゃんと分かってた。山で急にいなくなるなんてことないんだよ」
一気にまくしたてる。喉が詰まって、しばらく喋れなくなる。
「いなくなるなんて、ありえない。何か、いつもと違うことがない限りは」
俺はゆっくり立ち上がった。
朝焼けで赤く染まった神様の顔を見下ろす。
「お前が食ったんだろ」
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