第4話「セルゲイはなぜわらう」
次の日、セルゲイはまたいつも通りに柵のところまで来た。ぼくは少し、昨日のことを引き摺って気を不味く思っていたが、彼は何も覚えていないようにへらへらと、いつもみたいに欠けた前歯を見せながらぼくを見つけて「やあ、君」と暢気にしていた。
「今日も、朝のメシはあるのかい」
「早く来たまえよ。冷めてしまったら、どうするんだ」
そう言うとぼくはセルゲイが柵を乗り越えるのを、手を取って手伝った。土にまみれた汚い、それでいて硬い手は、フランソワの柔肌よりも温度があった。紅茶のポットを少し温くした時みたいな温もりだった。
「セルゲイ」
ぼくは何かを言おうとした。目の前の醜い農奴は、首を傾げてぼくの顔を覗き込んだ。
「昨日のことかい」
今度こそ胸が刺された気がした。否、それはただの幻覚でしかないことはわかっているつもりだが、それでも体は正直なのだ。
「おらは気にしていないよ。君のことだからどうせ、少しは気に負うだろうとは思ったがね」
「怒っていないのか」
「怒るものかよ。農奴同士でもけんかはあるのさ。あれくらいで怒っていたら、おれたちはナビンスキーを殴り殺しているさ」
けひけひとセルゲイは笑いながら、パンを切り分けて口に入れる。「怒ってちゃ、ありつけるものにもありつけねぇしな」、なんて言葉が聞こえてくるようだ。
そんなものかもしれない。ぼくはこのセルゲイという人間が、単なる獣以上の何かに見え始めていた。そこに根拠はなく、ぼくの知る言葉で説明できない感情から来る認識であることが歯痒くてならなかった。
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