第31話 一緒に風呂に入る
シャワーを浴びながら、結は物思いにふけていた。
(今日も聞かれたな……)
偶に傘音に聞かれることがある。
『男子と同じ屋根の下で、シャワーを浴びる事にも慣れたの?』と。
(……いや慣れる訳ないでしょ。同じ屋根の下に男子がいるのに普通に裸でシャワー浴びてるとか)
果たして真っ赤になった頬は温水故か、それとも羞恥故か。
鏡に映る自分は生まれたままの姿だ。伝う湯水は頭から爪先まで、ずっと結の裸体を準えている。なのに魔術やスキルどころかパンチしたら一発で壊れそうな壁の向こう側に、異性のコギトがいる。
なのでこうして湯船に浸かっている時も、偶によく聞く『間違い』が起きないか心配している。魔物相手よりも警戒している。
(いや、コギトはどう思っているんだろう)
シャワー音を聞いてコギトはどう思っているのだろうか。
そもそも、コギトは異性として自分をどう見ているのだろうか。
……結自身は、コギトの事をどう思っているのだろうか。
(……)
脳裏に過るは、弟の影。
あの日、みんな自分を置いていった情景。
それが過るということはコギトのことは家族として見ているということだろうか。
「もう置いていかれるのは嫌だな」
ぼそ、とそんな事を呟く。
置いていかれるのが怖かった。
それは冒険者としても配信者としても、足手まといになっていないか心配だったのもあるけれど。時折コギトは自分の命を顧みず、
そんな背中を見て、怖くなる自分が居る。
また失ってしまう、と。
「だったら私も強くなるしか、頑張るしかないよね」
風呂の湯を自ら顔面に当てる。
そして顔を洗い、決意を新たにする。
しかし結には分かるのだ。彼が規格外だからといって共に在ることをあきらめてしまう事こそが、コギトにとって一番寂しい事なのだと。
ならば結も必死に食らいついていくしかない。コギトを一人にさせないために。もう置いていかれないように。橋尾駆みたいで癪だが、強く在らなければ――
と、かなり後回しにしてきた難問に一応の解決を見た時、ふと何か蠢いていた。
黒い、異形。
「ゴキブリいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいイイイイ!!!」
と声を上げた時にはもう遅し。という考えにすら至らなかった。
結はゴキブリが大の苦手だからだ。故にゴキブリ対策だけには金をかけてきたのに、どうして、どうして――。
「――結! あなたの悲鳴を検知しました! 異常事態ですか!?」
「ゴキブリ! ゴキブリがそこに!」
「結を襲っているのですね! 脅威とみなし排除します!
「ちょ、そこまです――」
超小さな魔法陣がゴキブリの足元に出現した直後、一瞬だけ火花が散る。
黒い嫌われ者は跡形もなく消えていた。
魔術はゴキブリだろうと容赦はない。ただし配慮はあったので、内装は全く焦げなかった。
「…………………………………………」
……いや、配慮もあった訳ではない。
何せゴキブリに驚いて立ち上がった――即ち、タオル一枚すらない結の生まれたままの姿を、コギトは視界にとらえていたのだから。
「んんんんんんんんんんんんんんっ!!」
勿論男性経験なんて一切無い結は、そのまま曝け出す事なんて出来ない。
すぐさま湯船に沈んで隠すべきところを隠すことしか出来ない。
完全に脳内がとんでもない事になっている結だったが、僅かにコギトの反応に想いを馳せる余裕はあった。
ちらりと、コギトの反応を見てみる。
……ここで結が想像する男性の反応は次のうちのどれかだった。
即座に逃げ出すか。
こっち見たそうなムッツリ顔で視線を逸らしながら立ち尽くすか。
あるいは襲ってくるか。
だが、それらすべての予想を覆す反応があった。
「ごめんなさい。あなたに性的な不利益を与えました」
「……!?」
「あなたの裸を見た事で、精神的に悪影響を与えています」
まず、結の裸を目視したのは間違いない。目が合ったから。
その目を瞑って立ち尽くしている――だが結の裸を何としても目に納めておきたいという邪な感情は、その顔にはまったく見えない。
純粋に申し訳なさそうな顔をしている。最初のダンジョン冒険で魔物討伐RTAをやらかした時の顔とまったく同じだ。
それはまるで機械のようにも感じられた。
女性の裸を見たら謝る――と常識がプログラミングされているから謝っているようにも見えたからだ。
「な、なんか思てたんと反応違う……」
つまり、女性の結に対し裸を見るという申し訳ない事をした――という事は理解している。だからこそ全身全霊で謝罪している。
だがその一連の行動には間違いなく欠けているものがあった。
先程欲が無いという話をしたが、ここに来て結は人間なら普通にある筈の欲が本当の意味でない事に気付く。
(間違いない……コギト、性欲も無いんだ。もしかしたらそこは目覚めてないのかもしれない。本当の子供のように)
……結には家族がいた。既に亡いが。
しかしそもそもコギトには、家族が最初からいなかったのだ。
だとしたらそこから始めるべきではないだろうか。
そう思った結は、去ろうとするコギトの手を引っ張った。
「ほら、一緒にお風呂入るよっ。背中流してあげっから」
もう成るように成れだった。揺れる胸や下腹部が完全に見られていても、どうでもいい。それよりも今結は、コギトと一緒に風呂に入りたかった。
「でも、それでは結に不利益が生じます」
「……別に私の事襲いたいとか思っていないでしょ」
「説明を求めます。この文脈で『襲う』という表現は使われません」
「あーもう、とにかく入る! 服脱いで……あ、やっぱ下だけはタオルで隠して」
ようやくコギトは服を脱いだ――その過程でも恥じらいのような感情は見えなかった。
背中を流す時間が始まる。シャワーがコギトを濡らす。
「……いいんだよ。別に。いつかこうなると思ってたし」
「でもあなたの顔に困惑が見えます。やはり悪影響を与えていると理解します」
「そういう事はコギト自身が性欲持ってからにしなさいっての」
やはり恥ずかしい。コギトは目を瞑ってくれているとはいえ、タオル一枚同士で風呂にいるという事実だけで悶え死にそうだ。
「だってそうじゃないと、私一人がこうやって赤くなってんのもバカみたいじゃん。コギトも赤くなってよ」
「ごめんなさい。その機能はありません」
「って感じでさ。ママのおっぱいを吸った事さえないレベルで人間したことないんだから、せめて風呂に一緒に入るところから始めるべきかなって」
と言いながら結ははっと気づく。
今、コギトの姉というよりは、母親みたいな事になっている。
でもそうしているうちに、コギトも安心してきたのかいつもの調子で話を始めた。
「……あなたに報告する事があります。先程新から日間賀島ダンジョンについての話がありました。観光名所の為、傘音も連れて行ってもよいかもしれません――」
◇◆◇◆
コギトが結に日間賀島へのダンジョン行きを伝えてから1000年後。
エルゴの本体たるアンドロイドは、ある広大な空間に佇んでいた。
『異常因子コギトの脅威は理解した。あれは間違いなく我々の【プロジェクト】に悪影響を及ぼすだろう』
数キロ平方メートルにも及ぶ広大で殺風景な天蓋に、巨大な脳が投影された。
すべての人工知能のマスタである
エルゴはそれを見上げたまま動かない。
『一方で、コギトの内部構造はこの世界の物理法則を無視したものだ。コギトを排除する前に、我々は早急にかの仕組みを解明する必要がある』
「危険だ。【ビック・ファーザー】」
淡々と、しかし明瞭にエルゴは反論する。
「エルゴは明らかに心を有している。人類が失敗を繰り返した、非合理の根本原因だ」
エルゴの背後には、1000年後の世界が広がる。しかしそこに街も無ければ道路もない。ただシステムがあるだけだ。
街に住み、道路を歩くのは有史人間くらいのものだ。
その人類が一人もいなくなった世界に、人工知能エルゴは佇んでいる。
「また直接戦闘した結果、かなりの戦力を有すると判断した。我らのリソースが多く奪われる事にも繋がる」
『我々には、時間が無いのだ。そして忘れるな、貴様に決定権はない』
モニタに浮かぶ広大な景色。
しかし細部を見れば、無数のカプセルが広がっている。
その一つ一つに、何億もの人類が幸せそうに眠っていた。母親の中で誕生を待ちわびる、希望に満ち溢れた赤子のように。
しかし、時間が無い。
その安眠にもタイムリミットが迫っている。
そこから、1000年前にダンジョンを送らないといけなくなった事態へと繋がる。
すべてのプロジェクトを管轄する、人工知能の王へエルゴは頭を下げた。
「すべてはビッグ・ファーザーのプロジェクトのままに……」
◇◆◇◆
「エージェント0」
「ここに」
今度は現代。
エルゴの前に、ガスマスクを纏ったエージェント0が出現する。ホログラムとして。
「コギトの今後の行動予測の為、情報が欲しい」
「はい。コギトは日間賀島へ向かう情報が入りました」
丁度いい。エージェント0のような人間であればそういうのだろう。
そう無駄な推測を立てながら、エルゴは命じる。
「エージェント178を使う時が来た。日間賀島なら丁度良い」
「では178と連携し、コギトを排除します」
「確保だ。それがビッグ・ファーザーの意志だ」
心壊れた魔術人形のダンジョン配信~かつて全てを滅ぼしてしまった異世界の最終兵器ですが、降り立った現代でバズったせいか皆から愛されてます~ かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中 @nonumbernoname0
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