第27話 魔術人形、愛される現実を見る(前編)
魔術人形は元世界の夢を見ていた。
過去をなぞっただけの、心無い追憶。
(……いやだ)
人間の罵声を受け続けるだけの日々だった。
魔族の生命を屠り続けるだけの日々だった。
魔王やあの少女を手に掛けてしまった時のことまで、鮮明に思い出してしまう。
(
人間が怖くて。魔族が怖くて。すべてが怖くて。
自分という最終兵器が怖くて。
頭を抱えて、泣いている。
(ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……)
だけど、どうして胸に火が着いているのだろう。
何故か灯ったスキルを松明に、辺りを探す。
すると、差し伸べられた掌が二つ見えた。
芯まで温かくて、お腹いっぱいになりそうな掌だった。
次第に〔ありがとう〕や〔楽しかった!〕などのコメントが流れ、それが掌になってまたコギトに差し伸べられる。1つ、2つ、と数え歌のように次々と出現する。
冷たい闇から、コギトの身体が掌たちに救い上げられる。
その先の世界にはもっと多くの心がいて――。
◆◇◆◇
「あ、気づいたよ結ちゃん!」
「コギト! 大丈夫!? 私分かる!?」
白い天井。これは見慣れたものだ。自分が創られた工房もそうだったからだ。
白い布団。これは慣れたものじゃない。
白い二つの掌。悪夢の中でも、結と傘音の手は温かった。
次第に悪夢を見る前のことも思い出してきた。ダンジョンから脱出したら突然意識が途絶えたのだった。
「
恐らく原因は
「しかし結と傘音はどうしてここにいるのですか? 現在は午前10時。2時間目の時間です」
「あんなダンジョン騒動が起きて通常営業なんて出来ないし、正直授業があっても私は抜け出したと思う」
屈託のない結と傘音の目。
「心配したんだからね」
「ごめんなさい」
「コギトだけじゃないよ、傘音ちゃんもだよ」
「……うん。ごめんね」
二人して謝ると、結が無言で二人へ抱き着いてくれた。心配をしてくれたことは嬉しい。だが心配させてしまった事は反省点だった。人間として生きていく以上、限界を超え過ぎてはいけない。
だが越えなければエルゴは倒せなかった。もし倒せなかったら結や傘音も死んでいたかもしれない。
人間と兵器の狭間にしか、活路はなかった。
そう考えていると、結がコギトにも頭を下げてきた。
「ほんとうにコギト君、ごめん。私の我儘のせいでこんな風になって」
「どうして傘音が謝るのですか?」
「どうしてって……」
傘音は困惑していたが、本当にコギトには分からなかった。
「
にゃーん、と猫の声がした。魔物に匹敵する俊敏さとしなやかさで机やベットの隙間を潜り抜け、傘音の太ももに陣取った。「かわいー」と触れようとする結へ尻尾を立て唸るが、一方コギトに対しては興味津々といった顔でのぞき込んでいた。
一方傘音に対しては自然体で、彼女の黒タイツに包まれた太ももに座り込んでいた。
「うん……出会ってまだ二週間程度だけど、そういう情が湧いている、かも」
「家族や仲間なら、生きてほしいと願って当たり前です。そして
嬉しいという
二度目で何とか抱っこすると、またコギトは笑う。
「だから謝らないでください、傘音。
その笑みを見て、物静かだった瞼に涙が溜まるのを検知した。哀しみの値ではなく、嬉しさの値を傘音から読み取った。
「うん。コギト君、ありがとう」
◇◆◇◆
翌日朝、想定より早く天伯高校の登校は再開された。
勿論ダンジョンが消失した後の旧校舎は立入禁止で、今でも政府の関係者やアンドロイドが監視と調査を続けている状態だ。
公にはコギトも言っていないが、あのエルゴという未来のアンドロイドの行方も杳として知れない。ダンジョンの構築に関わったというエージェント178についても真相は闇の中だ。
「Oh,コギト。体は大丈夫かしら?」
教室に入る直前、エレナに声をかけられた。彼女も昨日はダンジョンから無尽蔵に出てくるゴーレムを留め、事後処理で殆ど寝ていないのか、流石に疲労がたまっている様子だった。
だがゴーレムを堰き止めた彼女の実力はやはり元Sランクに相応しい活躍だったと、結が絶賛して見直していた。
「
「Uh-huh,
「肯定します。あなたも限界を超えたら保健室に行ってください。無理をしてはいけません」
まだ浮世離れした言動を見せるコギトを、じーっと見つめてくる。
「エレナ?」
「あなたは本当に
と言いかけて、エレナが硬直した。
「
「Oh,Sorry……何でもないわ、また不調があったら言ってね」
「はい。わかりました」
少しフラッとしているエレナが心配ではあった。3時間目に戦闘の科目があったはずだからそこでもう一度診断しておこう、とタスクを一つ追加登録をして、教室の扉を開ける。
またクラスメイトが群がってきても、ショートしないように意識する。
集団はどうしても苦手だ。
元の世界を思い出す。
だけど、高校デビューを成功させたい。コギトはもっと人間になりたい。
「コギトが来た!」
「おはようコギト!」
「体調は大丈夫なの!?」
と一昨日のように立ち上がってまた群がってきそうになったが、結の顔を見て【ルール】を思い出したのかその場で出迎えるに留まった。
「はい。みんな、おはようございます」
逆に腫れ物扱いされているのだろうか。だとしたら自分はもう大丈夫だと、誤解を解かなければ。
そう思いながら自分の机に座ると、中に何かが入っていた。
【ミス・ドーナツ】の箱に入った、何種類ものドーナツだった。
「説明を要求します。
「それはコギトの分だよ」
コギトがクラスを見渡すと、皆の手にそれぞれのドーナツがあった。
困惑するコギトを見て狙い通り、と結がドーナツを掲げながら笑っていた。
「じゃ、本日はコギトの入学パーティー及び、旧校舎に突如現れたダンジョンの攻略を記念してパーティーを開きたいと思います。ただし授業開始まで40分までしか無い故、早急にお願いいたしますっ!」
「パーティー、をするのですか?」
「うん。コギトの為にね。こうした方がみんなと仲良くなるでしょ?」
「パーティー……」
……
でも、このクラスで今から行われるパーティーはそうじゃない。
「こ、コギト?」
「……ごめんなさい。哀しくないのに、何故か涙が発生します」
みんなコギトの入学を、事件の解決を祝ってくれていた。これ以上に嬉しい高校デビューなんてない。
口にしたオールドファッションは、美味しかった――三人で食べた昼食があれだけ美味しかったのだ。ならばクラス全員分で食べるドーナツが美味しくない筈がない。
「コギトありがとう!! 橋尾君の動画みたよ!」
「ところでやっぱり政府の裏話とかあったりする?」
「私らみたいな冒険しない組からしたらダンジョンなんて恐怖でしかないから」
と押し寄せる人並みを結が順当に裁こうとするが、ドーナツ片手にコギトはそれらと向き合う。
「はい、いっぱい話をさせてください!」
たった40分だったけど、駆以外の全員と話をした。心が凍った
その最中、コギトは一つ気付いた。
一番後ろの席にいるはずの駆がいないことを。
「駆は不在なのですね……」
鞄はある。相当重傷だったのに登校したのは驚嘆に値するが、この場に参加していないことに少し悲しくなる。確かに群れたがるタイプでは無かった。今でもコギトの事を憎く思っているのかもしれない。
「でもコギト君を保健室に運んだのも橋尾君なんですよ?」
「あとドーナツパーティでもしてろ、なんて私に提案したのも橋尾だったわね」
「駆が……?」
傘音と結の証言に、また空白の席を見てしまう。そして探知魔術【ミーツケイター】を発動させて、駆が屋上にいることを知ると跳躍魔術【ショートカット】でワープするのだった。
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