第28話 魔術人形、愛される現実を見る(後編)

「駆!」

「は? お前ためのパーティーを抜け出してきたのか?」


 屋上で一人、クリームいっぱいのドーナツを食べていた戦士へ駆け寄ろうとするが、手で制された。これからコギトがすることを予測していたようだ。


「俺を連れ戻そうとかヌルいこと考えてんならさっさと戻れ。ああいう慣れ合いの場が俺は大嫌いなんだ」

「……あなたに伝えたいことがあります」


 ぶっきらぼうに遠くの空を眺めたままの駆へ、コギトは笑む。


「ありがとうございました。あなたが結にパーティーを提案してくれたおかげで、コギトは高校デビューが出来そうです」

「……」


 ドーナツを咀嚼する駆。


「お前の強さだけは認めてやる。だがドーナツみたいに甘いその考え方だけは気に食わねえ」

「はい。じゃあ気に食うまで一緒にドーナツを食べましょう」

「気に食うなんて単語はねえっ……」


 喉にドーナツが詰まったのか、駆が咳き込む。


「……お前は強いんだ。強い奴はなんでも許される。パーティーの中心でちやほやされたっていい。だが今のうちだけだ。俺はお前より強くなってドロ甘な考えを否定してやる」

「あなたはこれからも限界を超え続けるのですね」

「そうだ。弱いなら死んだ方がマシだ。お前に何と言われようともな」


 腕組する駆が語る哲学はオリハルコン並みに固い。翻意なんてとても期待できない。

 駆は確かにダンジョンで言っていた。『強くなかったから、親父とお袋が死んだ』と。結がそうだったように、駆にも巣食う過去があったのかもしれない。


 だけど今の駆は、かつてのコギトだ。

 パーティーの片隅で終わらぬ命令を待ち続ける壊れた人形だ。

 だから、誰も端っこに居させたくなかった。


「じゃあそれを否定します」


 と駆の手を掴む。


「なにっ!?」

「何故なら今はコギトの方が強いからです。コギトの指示に従ってもらいます」


 有無を言わさず跳躍魔術【ショートカット】を発動した。二人で教室の中心に転移した。


「おまっ――」

「――あ、橋尾だ!」

「――すげえ、マジでパッと現れるんだな」


 何か駆が文句を言おうとしていたが、群がったクラスメイト達に掻き消される。パーティーの勢いが、これまで孤立しがちだった駆への質問攻めを可能にしたのだった。


 一方コギトへは何故かこの日本には似つかわしくなさそうな、ハンガーにかかったメイド服一式を手にした結たち女子が駆けつけていた。


「そういえば前言ったかもしれないけど、来月【六月祭】っていう文化祭が天伯高校ではあるのね」

「はい。このクラスではメイド喫茶をすることを、コギトは知っています」

「で女子たちで相談したんだけど、コギトさ……メイド服着てみない?」


 本来女子だけで着て接待する服装だったのだが、(仕様上)男子であるコギトが求められているのには致し方ない訳がある。

 中性的な顔立ちに、(仕様上)12歳の外見。雰囲気も(仕様上)あどけない。声帯まで声変わり前故に、下手な女子よりも声が高い。

 そんなコギトの魅力に着目した結果、『六月祭文化祭でメイド服を着せたらめちゃくちゃ似合うんじゃないか?』という意見が上がったのだった。


 だがフィクションでも無いし、男子であれば断じて拒否するところ――コギトは笑顔で頷いた。

 ……所謂女装がどういう事か、魔術人形キッズは学習していない。


「はい、わかりました。コギトはメイド服を着用しま――」

「ストップストップ、女子の前で脱ぐのはルール違反だよコギト」


 裾に両手を掛け始めたので結が全力で止め、メイド服と一緒にコギトを隣の空き教室へと連れていく。それについていき、空き教室の扉が空く瞬間を待ち呆けるクラスメイト達。


(普通に承諾しちまったよ……)

(まああの様子ならメイド服恥ずかしがらないんじゃね?)

(えっ、マジで気になる。ヤバいよね……)


 ソワソワする中、教室の扉が開か—―ない。


「ん?」


 5分経っても、10分経っても、開かない。

 朝の日光も、密室の中までは明らかにしない。


「コギト? 開けていい?」

「……はい」


 結が確認を取ると、弱弱しい返事が返ってきた。何事かと眉を顰めながら結が空けようとするが、抵抗が生じて開かない。中から強い力で閉められている。


「こ、コギト?」

「ご、ご、ごめんなさい……コギトは、不具合が生じています」

「……もしかして恥ずかしい? やめようか?」

「それは拒否します。コギトはメイド服を着ると約束しましたから」


 そして一泊置いて、教室の扉が開いた。

 嵐のような不具合恥ずかしさで、今にも『ご主人様』とか言い出しそうな格好になっていたコギトは涙目になっていた。


「…………………………不具合が、発生しています。ものすごく、は、恥ずかしいです……何故でしょうか。コギトには分かりません。メイド服を着用する行為が、何故このような感情を生み出すのでしょうか」


 猫耳を着けた天使が、真っ赤になってスカートを抑えている。

 確かに少年だった筈なのに、メイド服を着ただけで完全に女子になっていた。それどころか男子はおろか女子さえも虜になっていた。結や傘音もあまりの調和具合に言葉を失っていた。 


(えっ、か、可愛すぎでしょ)

(これが、男の娘……?)

(猫耳似合いすぎんだろ)

(こんなの反則でしょ、文化祭勝ったな風呂入ってくる)


 コギトは学習した。男子が女子の格好をするのは恥ずかしい事なんだと。

 だが何処か捻じ曲がりそうな、主に下半身がスースーした感覚。大なり小なりときめいているクラスメイト達。

 それら全てインプットして、コギトはこう結論する。


「……何故か、コギトは嬉しいと感じます」


 まだ男の娘という単語さえも登録されていない魔術人形キッズだったが得も言われぬ高揚感を覚え始めた頃だった。

  


「ん……ぐっ!?」



 ガタ、と物音がした。

 全員が後ろを見る。机や椅子を薙ぎ倒して駆が尻餅を着いていた。 

 強張った顔で、何故かコギトから視線を逸らす。


「駆?」


 ダンジョンで一番の重傷だったことを思い出したコギトはすぐさま駆へ走り寄る。だがその姿を見た駆が更に体調が悪そうに、胸の部分を抑えるのだった。


「あなたの身体に異常が診られます。早急に保健室に行くべきで――」

「違う! まったくそういうアレじゃない!! 俺に近づくな!!」


 眩しそうに手で目を覆いながらコギトから距離を取る。

 女装している自分が一番恥ずかしいのに、どうして駆がむず痒そうにしているのだろう。


「ああそうだ。俺は傷が開いた。今日は早退する……!!」

「ならば早く保健室にコギトが連れていきます」

「だから俺に近づなとい、いい、言っていだろう!!」

「あなたの言動に異常が見られます」

「異常じゃない異常じゃない俺は断じて異常じゃない」


 必死にかぶりを振りながら、一人駆が離れていく。

 その後ろ姿へ、コギトは大きく背伸びして手を振った。

 ……結果的にまっしろな脇を見せつけているのだが、その魅力にコギトは気付いていない。


「駆! また一緒に冒険しましょう! あなたもコギトの仲間です!」


 それを聞いて、駆が必死に歯を食いしばった。

 まるで捻じ曲がった不具合に抗っている魔術人形キッズのように。


「うるせえ! お前は絶対に否定してやる!! お前なんか絶対に否定してやるううう!!」


 怒涛の勢いで駆けだしていってしまった。

 だがコギトは決めた。いつか必ず駆とも冒険する、と。

 


「……傘音ちゃん。これってさ、明らかに女装したコギトに惚れたよね」

「……よりにもよって初恋だったんですかね」


 ちなみにコギト以外は、駆の中にちょっとだけ歪んだ性癖を見たようだ。

 だが今までとっつき辛かった駆の弱点を見つけ、彼も弄られ始めたのは別の話。


 

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心壊れた魔術人形のダンジョン配信~かつて全てを滅ぼしてしまった異世界の最終兵器ですが、降り立った現代でバズったせいか皆から愛されてます~ かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中 @nonumbernoname0

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