第25話 魔術人形、戦った仲間を褒める

「駆! 限界を超えた攻撃により、あなたへのダメージが増加しています!」


 得物を杖代わりにして立つ駆を、爆炎が弱弱しく紅に染めていた。その肩に手を伸ばすも、それが恥と言わんばかりに手を払いのけられた。

 コギトに出来るのは、両肩で息をする駆を見守ることくらいだった。


「限界を超えてたのはお互い様だろ……俺が弱いから受けた傷だ。自分の尻拭いくらい自分でする」

「……あなたを弱いと思いません」


 一瞬上下する両肩が止まった。


「だってあなたは、ずっと最前線で戦い続けています。今回も、そして昨夜確認したあなたの動画でもそうでした」

「当たり前のことだ」

コギトはそう判断しません。コギトはずっと後ろにいた人間に命令されてきたからです」


 見知らぬコギトの背景に想像していたのか、一瞬怪訝そうな表情を見せた駆。コギトが後方で腕組をすることしか能のない【勇者】に命令され続けてきた――までは思い至らずとも、似たような環境にいたと悟ったようだ。

 最前線と強さに固辞し続ける背景は、きっと前向きなものではないだろう。

 だがそれでもしがみ付いていられるのは、心灯ハートエイクのような心の火を駆も宿しているからだ。


「そしてあなたが強いからこそ、最後にエルゴへ攻撃することが出来たのです。コギトはあなたの強さを評価します」

「……」

「でも生命を犠牲にしてまで強さを求めることは、コギトは強く反対します」


 僅かに沈黙があった。傷のせいではなく、掛けられた言葉を咀嚼しているような横顔が見えた。

 だが最後にはいつもの調子で「フン」と小さく笑うと、配信ドローンの方に向かって行ってしまった。


「駆!」

「心配無用。高ランクの冒険者は身体も丈夫だ。寧ろ変に声かけたらヘコむぞ」


 と諫める新が続けて尋ねる。


「見させてもらったよ、ユニークスキル【心灯ハートエイク】。精神状態に呼応してあらゆる能力を向上させる、と暫定的には記録しておくよ。細かい分析結果はまた後日伝える」

「はい。ありがとうございます」

「身体はどうだい? スキルならば無限に使える訳じゃない。使い過ぎたらそれ相応のデメリットがあるもんだ」

「はい。自分の身体を再認識します……現在、スペックが一部落ちているようです」


 人間で言えば疲れている状態だ。しかし魔術人形キッズは魔力もスタミナも永久機関から供給されるために、実質無限のはずだ。それが調子を落としているのは、心灯ハートエイクを使った事による反動が来たのかもしれない。前借した力を返したような感覚。どうやらスキルというのは魔術人形キッズであってもそういうものらしい。

 そもそも何故スキルが急に使えるようになったのか? それが分からない今、新の分析結果だけが頼りだった。


「ちなみに……電子機器へのハッキングはした? 例えば橋尾君の配信ドローンとかに」

「ハッキングとは何ですか?」

「そこからか。じゃあいいや」


 無意識にやったのか、と新の唇が動いているのが見えた。

 しかし配信ドローンをハッキングしたとはどういう事だろう?

 と駆のドローンを見た時、ライブ配信が丁度再開されていた。


〔駆死にかけやん……〕

〔ああ新規勢乙、もっと血塗れだった時あったから〕

〔いやマジで何があった〕

〔さっきのアンドロイドみたいなやつは何だったんだ!?〕

〔なんで配信が途切れたん!? 政府の陰謀!?〕


「……何があったかは後で話す。とりあえず危機は去った、とだけ言っておく」


 液晶にコギトが映る。一方新は何故か映っていなかった。この瞬間だけホログラム機能をオフにしていたのだ。


「このコギトに助けられた」


 コギトへ振り返る新。

 彼なりの感謝だった。


「駆……」

「事実だからな」


〔おおお、コギトだ!!〕

〔コギトいたんか!?〕

〔なんでコギトおるん!?〕

〔駆ボロボロで、コギト無傷で草。これが【差】なんやな……〕

〔やはり最強はコギトか〕


「思想信条はともかく、実力は奴の方が上だ。しかし、俺は必ず力を手に入れる。そして冒険者たちのトップに出てやる……」


 その宣言を果たした直後だった。

 また配信ドローンから光が消え、ぼと、と地面に落ちてしまった。駆はおろか、新も予期せぬことのように眉をひそめた。


「……今度は俺のハッキングじゃない。通常回線が遮断されている……? 俺のドローン及びホログラムは特殊な回線を使っているから無事だが」


 足音がして、全員がその方向へ振り返る。

 エルゴが爆散した中心地。パワードスーツやアンドロイドの残骸が未だ煌々と燃え盛る最中に、影があった。


「心は理解不能。しかし心灯ハートエイクは早急に手を打たなければならないスキルと判断する」


 ――


「い、異常事態が発生しています……完全に破壊した筈なのに、エルゴが稼働しています」

「先程も言った通り、エルゴのデータはバックアップされている。二体目の簡易用端末にログインしたのだろう」


 先程からエルゴたちの事情に精通している新に、エルゴの視線が向いた。


「アラタ……貴様もコギトと並ぶ最大の障害だ。コギトを利用し、我らを排除する試みか」

「利用なんて人聞きの悪い事言わねーでくれっかなアンドロイドのくせに。コギトはお前らと違って心が在るんだからよ」


 冷たかった。ホログラムなのに、ひんやりとした何かが胡乱な新の表情から読み取れた。


「ところでなーんで通信回線が繋がらなくなったかな。俺の回線は【テレポーテーション】技術を使ってっから空間の断絶なんてものともしないんだけど」

「質問の回答を拒否する。その質問に意味はない」

「コギト、橋尾君。バッドニュースだ」


 ホログラム上で何か計算を走らせていたのか、画面が表示されていた。




「このダンジョン、あと10分51秒で消滅する」

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