第23話 魔術人形VSアンドロイド(中編)
千年後の戦闘兵器。人型パワードスーツ。
鋼に匹敵するゴーレムの装甲を最硬にまで研ぎ澄ませている。それでいて衝撃をほぼゼロに抑える機構が搭載されていて、剛柔併せ持つ極限の防御力を兼ね備えている。
更に無尽蔵かつ莫大なエネルギーは、相応の馬力を生み出す。
例えば拳を叩きつけるだけで、ダンジョンが震える程の衝撃を実現する。
「……想定以上の破壊力を認識しました」
回避。
蜘蛛の巣を想起させるような無数の亀裂と、それを実現し得たエルゴの右手。たった一回の暴力でコギトは魔王に匹敵する脅威性を見た。
しかもエルゴは最速の最適解を選んでくる。
「ベストパターン算出」
コギトを上回る超速度で密着。一切の無駄なく最小限の動きで、破壊の正拳を構えていた。
ランナーブレードで鍔迫り合う。しかし力負けしたコギトが後ろに弾き飛ばされる。
右腕内部の破損を一部認識しながら、ブレる視界の端にエルゴを認識する。
「貴様の動き、予測軌道をラーニングした。狙撃モードにシフト」
エルゴの両肩から砲身が出現していた。ただのアンドロイド個体であったエルゴのものよりも太い。
「レーザーマグナムを発射する」
チュイイイイイン、と灼熱が凝縮される音。茜色の
一方、コギトは異世界の赤い魔法陣を展開していた。
「
炎の蠍と
途端、魔術とオーバーテクノロジーが
「ぐ、う……」
「駆!」
それに目も暮れず、コギトは近くにいた駆を拾う。戦闘の余波だけでも今の駆にはダメージが重い。
「貴様の動きはラーニング済だ。そこで駆を救助することも予測している」
閃光の中から別の閃光。それがコギトの左肩を貫通する。
「
「異常発生――」
エルゴの足元に金色の魔法陣を浮かべる。魔術によって錬金された魔術合金がエルゴを喰らった。
ダンジョン最下層に浮かぶ金色の卵。エルゴの火力をもってすれば
しかしその間に駆を安全な場所に置ければよいと、一時戦闘を中断して戦闘空間を離脱した。
「コギト。左肩は大丈夫かな」
十分に距離を取り、新が若干心配そうに見つめる中、駆を降ろしながら左肩を修復する。
「損傷は軽微です。修復は完了しています」
「何故助けた……情けのつもりか……!」
駆に強い力で掴まれた。とても重傷とは思えない力だった。
吐血痕もある駆の顔に安堵感は無かった。死ぬまで戦う覚悟が宿っている。
「おいおい橋尾君。コギトは君を助けたんだぞ? そこは人間として感謝を寄越すべきじゃないかなぁ」
「頼んだ覚えはない……!」
煽られた相手がダンジョン庁長官と分かったうえで、そのホログラムへ獅子の如く眼光を浴びせる。
「そもそも橋尾君は何故このダンジョンに来たかねー。ヤバいのは分かってただろ?」
「分かってたさ。ダンジョンが新設されるなどここ十数年は無かった。なら一番乗りして成果を得れば、俺は強さを世間へ証明することが出来る……!」
「青いねぇ。何故そんな強さに執着するんだか」
「強さが全てだからだ!! 弱者は虐げられ、強者はすべてを思うがままに出来る!! 冒険者程それが分かりやすいモノは無い!」
吠えた直後、咳き込んで伏す駆。
生命反応に異常をきたしている。探知魔術からそれを悟ったコギトが、無理矢理駆を寝かせようとする。
「これ以上の発言はあなたの生命にかかわります! 発言を控えてください!」
「死んでも構うものか! 弱ければ生きている意味はない! ましてやSランクライセンスを軽んじる様な……強さの証を汚すやつより弱いなら、死んだ方がマシだ!」
その時、振幅を超える
「死んだら何もマシじゃありません!!」
駆も新も黙り込むほどの憤慨。
勢いそのまま、コギトは捲し立てる。
「あなたは知っているんですか!? 人間も魔族も死んだらずっと冷たいままです!! 二度と手を握ることは出来ません!! 温かさを感じることもできません!!
「何を言って……」
「Sランクライセンスは生命には変えられません、強さは生命には変えられませんっ!! 生命とは、
「お前に何が分かる。人間ですらないお前に何が分かる!!」
だが暫く呆気に取られていた駆は弱弱しくも刃のように頬を尖らせたままだった。
「弱い人間は生きる事が罰ゲームになるんだ! 生まれた事すら後悔する地獄を味わうんだ! 親父やお袋がそうやって惨めに死んだように……」
憤慨する自分と鏡映しになるように、満身創痍にも関わらず振幅を超える激情を宿していた。
「だから俺は、死んでも強くな――」
爆発。
直前で気付いたコギトは、駆を抱えながら距離を取る。
粉塵の向こうからパワードスーツを纏ったエルゴが歩行してくる。
「想定外の速度で
「既存の物理法則を無視した物質だったが、ラーニングは完了した。二度と
もう足元に魔法陣が出てもすぐに回避するだろう。
一層劣勢になった、とコギトは認識する。
「ラーニングするたびに無限に強くなる。それが我らアンドロイドだ。しかしコギト、キッズにラーニング能力はない。貴様はこれ以上強化されることはない」
「……肯定します。一つの例外を除いては」
一つの例外とは
だが二度とあの状態にはなりたくない。少女の黒焦げの頭を、二度と抱きたくない。
「結論は出た。コギト、貴様を完全破壊する」
凶悪な右手の装甲が、コギトを指差す。
「貴様は致命的な間違いを犯した。橋尾駆を助けるという不合理な選択をとった」
「それのどこが間違いなのですか」
「橋尾駆を無視した攻撃パターンを選択がベストパターンだった。しかし橋尾駆を助けた事により貴様は中度の損傷を負う、バットパターンを選択した」
倒れ伏す駆を差すように見やり、再度コギトへ
「それも心と呼ばれる不具合だ。人類滅亡の先例から、心は最終的にすべて破壊しなければならない」
「……やはりあなたは間違っています」
「間違っている?」
「あなたは心が何なのか分かっていません」
駆へ怒鳴った時と同じ熱が、コギトの声を焦がす。
「心は定義済みだ。心とは、生物が生存するための原始的かつ非合理的な電気信号のパターン。また人類滅亡の根本的な原因である不具合だ」
「やはりわかっていないです」
「何?」
「何故駆が再起不能の損傷を受けておきながら、あなたへ攻撃することが出来たと思いますか?」
エルゴから回答は無かった。回答する意味も無いと思われたのかもしれない。
しかしコギトは答えを出している。例え方向性が間違っていたとしても『強くなりたい』という心で駆は限界を超えていたのだ。
限界を超える。それも心の作用の一つだ。
「心というのは……人工知能に登録された概念からでは、
今心配しているであろう結の手を。今心寂しいであろう傘音の料理を。今配信を待っているであろう視聴者のコメント達を――テクノロジーの外側にある心で感じ取る。
そして、オーバーテクノロジーの権化たるエルゴを睨む。
「支離滅裂な発言を認識。やはり心は破壊しなければならない。その障害となるコギトを排除する」
その刹那、コギトの目前にエルゴがいた。
ランナーブレードをはじき返したパワードスーツの右手が、隕石のように迫る。
「ベストパターン算出」
「右手部位をランナーブレードに換装します」
「無駄だ。貴様の武装は全て対処できるとラーニン――」
弾け飛んだ。
衝突の末、何かがダンジョンの天井へ当たった。
エルゴの右腕だった。
「……!?」
すぐさま距離を取るエルゴ。アンドロイドでパワードスーツを着用している故に、驚愕はコギト達から一切見えない。
だがコギトを観察する細かな挙動に変化があった。
「ベストパターンを変更……しかしパワードスーツへの干渉は不可能の筈だ。先程の事実と矛盾が生じている……!」
「
深紅の曼荼羅模様が大きくコギトの前に広がる。
それを見てエルゴの両肩から黒筒が飛び出す。
「レーザーマグナムを発射する」
迷いなくエルゴも応戦し、再び
だがこれも先程の相殺とは違い、コギトの炎魔術が超未来の光線を呑み込みはじめた。
「ベストパターンを再変――」
業火と熱線が炸裂し、エルゴの筐体が壁へ叩きつけられる。何千度もの焔に包まれたエルゴを見ながら、コギト自身に生じていた変化へ気付きつつあった。
「……異常です。
ランナーブレードの切れ味や運動能力の向上、
だが現にすべてエルゴに打ち勝っている。
コギトをラーニングして、コギトより強くなったはずのエルゴに優勢である。
「待てコギト……その胸の炎はなんだ……!?」
「胸の炎……!?」
自身の胸を見ると、小さな火が猛っていた。
「こんな機能は
触れることも出来ない。何かを燃やすことも出来ない。
ただコギトの胸部分で小さく、しかし激しく燃え上がっている。
温かい。
まるで結と繋いだ手みたいだ。
そしてこの炎が、理解不能の力をコギトに提供しているような――。
「スキルだ」
発言したのは新だった。まるで何か分析しているかのように、コギトの情報が載ったテキストが次々に映し出されていく。
「間違いないスキルだ。コギト、君はスキルを手に入れたんだよ」
「……人間じゃないのにスキルを手に入れられる、だと……?」
「ユニークスキル【
「
しかしそうではなかった。
なぜならユニークスキル【
コギトは心の分だけ無限に強くなる。
「エルゴ。あなたを
ゴォ!! と。
未だ前進する心無き
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