第22話 魔術人形VSアンドロイド(前編)
けれど千年後の世界を、コギトは想像したことはない。
必要なかったからではない。無意識に避けていたからだ。たった百年も生きられない人の設計上、千年先の未来に結は確実にいないからだ。だから無意識に避けてきた。
……そうやって目を逸らしてきた未来が、人と変わらぬアンドロイドを象ってダンジョンの最下層に佇む。
しかも、ダンジョンを世界中にばらまいた黒幕と新は言っていた。
「う、うおおおおおお……」
空白になっていたコギトの後ろで、駆が立ち上がった。
しかし既にボロボロだ。どうみても戦える姿には見えない。
「おい……勝負はついてねえぞ……!」
「駆、停止を要請します! すでにあなたは深刻な損傷を受けていま――」
その先の死など恐れていない様子で、雄叫びを上げながらエルゴへ駆ける。
満身創痍にしては研ぎ澄まされた突進。明らかに人間の限界を超えている。
右手の刀は、まだ瞬いている。
だがエルゴは駆を見ようとさえしない。
「貴様の動きはラーニング済だ」
一切見てないのに、たった一歩動いただけで躱してしまった。
最初からその軌道をなぞることが分かっていたかのように。
「想定を超えた耐久力は高く評価する。しかし不合理な選択を取り続ける【心】を
エルゴの伸ばした右掌中心から、銃身が飛び出す。
「生命活動を停止せよ」
「――跳躍魔術【ショートカット】を発動、並びに右手部位をランナーブレードに換装します!」
コギトの身体が
余波で互いの身体が吹き飛ぶ。駆を抱えたコギトが南へ、エルゴが北へ引きずられる。
傷だらけの駆を降ろしながら、エルゴを見返す。
「……非常に強いエネルギーを検知しました」
「ランナーブレードを認識。内臓のレーザーウェポンでは破壊は難しいと判断」
流れ作業のように状況を整理していくエルゴに
「あなたはアンドロイドなのですか」
「肯定」
「ダンジョンを創ったのもあなたですか」
「肯定」
「何故人間に危害を加えるのですか」
「今回は人間を排除することを目的としていない。しかし橋尾駆が侵入したため、処理を実行していた」
何故か後ろで腕組をしている新に目を向け、彼の言った言葉を思い出す。
このダンジョンはコギトを誘う為だけに創られたのだと。
「……何故
「我らが【プロジェクト】に利益を齎しうるコギト、貴様を捕獲するためだ」
「あなた達のプロジェクトとは何ですか」
「それを答えることに意味はない――レーザーソードを出力する」
エルゴの左手から光の剣が飛び出した。近くにあった岩が簡単に融解していく。
人間ならば触れた瞬間に接触箇所が蒸発する事だろう。
コギトは黒い剣に変貌した右手を。
エルゴは光の剣を出力した左手を。
兵器同士、翳し合う。
「貴様を回収する。
「拒否します。
「気をつけろコギト。千年後のアンドロイドが有するラーニング技術は、未来予知さえ可能にする」
新の警告の直後、突進したのはエルゴだった。地面を破壊するような馬力で踏み込み、一歩でコギトとの間合いを詰める。
しかしコギトの反応はそれを凌駕する。ランナーブレードを逆袈裟に振り抜く。
「予測AI発動。ベストパターン算出」
ぶん、とコギトの一撃が空振りに終わる。人間ではおよそ有り得ない姿勢でエルゴが停止し、斬撃を回避したのだ。
ベストパターン――すべての状況から未来を予測し、敵を破壊するための最適解。エルゴの瞳には、未来のコギトが映っている。
そして既に見た未来の通り、レーザーソードを隙だらけのコギトへ振るうのだった――。
「左手部位をランナーブレードへ換装します」
「……!」
――それより早く、先程まで人の左手だった部位が黒刃へと変貌し、エルゴを切裂く。直前で後退したものの、白コートの下で機械特有の火花が散っていた。
近くで見ていた駆も、そして遠くで眺めていた新も、思わず言葉を失う。
千年後のアンドロイドでさえ、
「コギトをラーニング。情報を更新。ベストパターン算出」
一方でエルゴは劣性に無頓着な様子でコギトをラーニングしながら、右手のレーザーウェポンを向ける。だがその時には、紅の曼荼羅模様がコギトの前に浮かんでいた。
「
蠍の形をした火球が、未来のビームと衝突する。
ダンジョンを割るような轟音が刹那犇めくも、押し切ったのは
「ベストパターン変――」
火炎がエルゴを中心に咲いた。駆け抜ける熱線だけでも人間を焼却するには十分すぎる。その中心では、いかにアンドロイドであろうと保つ見込みはない。
実際、僅かに回避行動を取れたエルゴでさえ、左半身が殆ど破壊された。回路やチューブ、またはこの時代に無さそうな機械が剥き出しになっていた。
「エルゴ。これ以上の抵抗は、あなたの排除に繋がります」
「あー、コギト。その脅しは無駄だ」
新が腕組しながら補足説明をする。
「そいつ端末なんだよ俺と同じでな。
「アラタ。
「寂しい事言うね相変わらず」
コギトがエルゴを睨む。八割方破壊されたようなものだが、直立はまだ可能なようだ。
「エルゴ。人間は劣等存在ではありません」
「貴様は人間ではない。何故人間を高く評価する。これまで得た貴様の発言から、別世界では非常に粗悪な扱いされていたと予測している。この予測と矛盾している」
「あなたの言う通りです。人間は心という不具合を有するが故に、誰かを冷たくし、そして自分もいつか冷たくなるために生まれた、そう判断していました」
言葉を続けるコギトの掌には、結と初めて握った温かさがあった。
「しかし結の手は温かった。彼女の隣にいるだけで、とても温かくなります。嬉しくて、楽しくて、恥ずかしくて、冒険を沢山したいと思えます」
「貴様は間違っている。人間の愚かさをラーニングしていない」
「間違っているのはあなたです。人間の温かさを感じていません――エルゴ。何故千年後からダンジョンを建てたのですか?」
エルゴは答えない。
「……あなたの言う千年後では、人間は皆冷たかったのですか」
「みんな冷たくなってるよ。千年後では人間は殆ど滅びている」
精悍な顔つきをしていた新は、もはやホログラムという事を忘れるくらいの迫力があった。
「新、詳細な説明を――」
「――コギト、貴様には心があると判断した」
ズシン、という轟音が空間を包む。
再度エルゴの方を見ると、どこからかゴーレムが一体紛れ込んでいた。
「貴様の戦闘力は簡易用端末ではラーニングしきれない程大きいことは高く評価する。しかし心などというノイズを内包している事は低く批判する」
「心がノイズとはどういう事ですか」
「人は心が在る故に滅びた。心とは致命的な不具合だ」
心とは不具合。
それは、コギトが自爆しながら出した結論。
「ゆえにすべての物質に心がある事は許されない」
淡々と告げる機械的な言葉で、自分自身は一切の心を有していないと言わんばかりに、千年後のアンドロイドは無表情のままゴーレムに手を付けた。
「ベストパターン算出。コギトの捕獲にはスペックの強化が必要不可欠と判断――
『ERGO、log in.Transform powerdsuit』
突如ゴーレムから音声が響いたかと思うと、その岩の身体が突如分解しエルゴの身体に纏わりつく。
着装はものの数秒で終わり、ゴーレムのような岩の巨人も、エルゴのような模された人間もそこにはいなかった。
正真正銘の、武装だらけのアンドロイドが出現した。
『
戦闘能力が大幅に向上している。ケルベロス並みに手ごわい相手だ。
そう分析したうえで、コギトは千年後のオーバーテクノロジーと真正面から戦うと決めた。
心を守るために。
「エルゴ。あなたを排除します」
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