第21話 魔術人形、ダンジョンを創った黒幕と出会う
最下層に降り立つや否や、早速予想外の出来事がコギトに降りかかっていた。跳躍魔術【ショートカット】の着地地点を傘音のとなりに設定した筈なのに、何故か30メートルもズレた座標にワープしてしまっていた。
先に進もうとすると不可視の壁に阻まれてしまう。コギトの顔に困惑が深く刻まれる。明らかに【ショートカット】が阻害されたのはこの壁が原因だ。
「傘音の位置まで辿り着くことが出来ません!」
ダンジョン化の際に巻き込まれた教室の扉が透明な壁の向こう側にある。あの扉を開けるだけで傘音を助けられるのに――もどかしさで不具合が発生しそうになるが、隣で新のホログラムは触れるはずの無い壁へ手を伸ばす。
「検出結果が出た。どうやら空間がここで断絶している。自然発生したようには見えないし、人為的に通せんぼされているみたいだな」
「どうすれば空間の断絶を解消できるのですか?」
「空間断絶の維持機構がどこかに存在する筈だ。それを破壊するしかない」
つまり、特定の機械を破壊しなければならない。
だがコギトの探知魔術【ミーツケイタ―】はあくまで生命反応の検知にのみ使われる。無機物相手では精々マップを作ることくらいしか出来ない。
だがその程度ではコギトはへこたれない。
「探しましょう。早く傘音を助けたいです!」
「やれやれ。思ったより非合理的な子供だこと」
コギトは最下層のダンジョンを駆け回る。付随するドローンから発される新のホログラムも辺りを見渡してくれていた。
「ところでコギト。一つ君に考えてほしい事がある」
「何でしょうか」
「何故、このダンジョンが創られたと思う?」
意識が疑問への興味に吸い取られた。自然発生的なものだとコギトは推測していたが、新はまるでダンジョンが人為的に作られたものだと言っているかのようだった。
「結論から言う。このダンジョンは、君を誘い込むためだけに創られた」
「理解できません。どうしてですか?」
「そりゃあ敵さんにとって、君はあまりにイレギュラーだからだよ」
「【敵さん】、とは誰ですか?」
純粋に次から次へと質問するコギトに、鮮明なホログラムは笑う。
「逆質問になるが、君はトランティという国は知っているかな?」
「はい。正式名称ニュー・ア・トランティ共和国、通称トランティは60年前に太平洋上で発見された島国です。面積は2001キロ平方メートル、現在の大統領は――」
「ああ、すまんすまん。歩くウィキペディアには愚問だったね」
一度見ればすべての情報を永久記録するのは、
「じゃあこれは知っているか? トランティは各国にエージェントを派遣していると」
「いいえ、知りません。エージェントとは何ですか?」
「機密情報の流出、破壊工作、要人の暗殺――そんな汚れ仕事を、トランティのためにする連中だ。このエージェントの為に、5つの国が滅んだ」
さて、ここでさっきの話に戻ろう。そんな風に言う新の顔は、どこかコギトを値踏みするように怪しく微笑んでいた。
「振り返りだ。君はなぜここに来ている?」
「傘音と駆を助ける為です」
「そうだな。裏を返せば、白兎さんと橋尾君がいなければコギトはここに来なかった訳だな?」
「肯定します」
「なら、こうは考えられないか? 誘い込んだ敵さんとやらは、白兎さんか橋尾君のどちらかだと」
コギトからは返答が無かった。
「一つ機密情報を教えてあげよう。この付近にエージェントが紛れ込んでいる。エージェント178と言ってな」
「あなたは、傘音か駆がエージェント178だと考えているのですか?」
「察しがいいじゃん。コギト君……特に白兎さんは怪しい。何故か彼女は良く旧校舎に定期的に行くと言っていなかったか? それがダンジョンを創る準備行動の為だとしたら」
傘音が閉じ込められている教室を見やる。あの教室は空間断絶の壁によって遮られてしまっている。
「とくに一見白兎さんは不運にもダンジョン化に巻き込まれた子だ。しかし実のところ生きていて、それも見ようによっては空間断絶の壁に守られているともいえる――出来過ぎている」
ドローンが更に近づいてくる。新が歩いてくる。
難問に対し黒板に回答が追記されるのを待っているかのような、面白くも試すような顔つきをしていた。
「なあコギト。少し出来過ぎているとは思わなかったか? たまたま君が編入してきた翌日にダンジョンが発生し、そのダンジョンに君の友達が巻き込まれている――俺だったら罠で、しかも友達は実は敵だったと思うけどね」
コギトは最後まで聞いて。
きょとん、とした顔で首を傾げた。
「新。敵ならば仲間や友達になってはいけないのですか?」
「ほう? どういう事だ?」
「
逆に新の方が言葉を失い、コギトが次々に捲し立てる。
「だから傘音がエージェントだと仮定して、即ち敵だと定義したとしても、
あの魔族の死顔が、一緒にご飯を食べた時の笑顔に変えられるのならば、コギトは元の世界に戻りたかった。
でももうコギトは魔族を殺してしまった。魔族は永遠にコギトを憎んでいる。
心を自覚した
「あと、傘音はやっぱりエージェントでも敵でも無いと推測します。
屈託のない朗らかな顔で、恥ずかしさも迷いもなく新にそう言って見せた。薄暗いダンジョンに咲く太陽を見て、場違いだったのは自分だと自覚したかのように、新は後ろ髪を書いて見せた。
「……君は、水晶のような心の持ち主だな。君のような人間ばかりだったら――」
地響き。強大な戦闘音。
非常に近い。その方角を向く。
「探知魔術【ミーツケイター】より検知。駆のものです!」
探知魔術【ミーツケイター】は生命の大きさも検知する。しかし得られた反応からは、生命反応が徐々に削られている事が分かった。
実際辿り着いた時、駆は前のめりに倒れていた。その駆へ白いコートの少年が丁度トドメを刺さんと右手を向けていた。
「脅威を認識! 駆を危険から救出します!」
コギトが超速度で駆に到達するよりも早く、白いコートの少年は距離を取った。その動きでコギトは検知する――彼は、人間ではない。
「
彼も人に創られた存在。
エルゴと呼称した彼を見つめていると、追いついた新が隣に並ぶ。
その横顔は笑みを崩さずとも、とてつもない殺意に満ちていた。
「コギト。さっきの話だが、アレとだけは友達にも仲間にもなるな」
「あなたはあの存在が何なのかを知っているのですか」
「彼はエルゴ。ダンジョンを世界中にばらまいた黒幕にして、1000年後の未来からやってきたアンドロイドだ」
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