第20話 魔術人形、ゴーレムと対峙する
傘音が死んでいる可能性に行き当たった途端、何故かと初めて会った時のことを思い出した。初めて弁当を持ってきた時の傘音を思い浮かべていた。
今まで体感した不具合よりもとても冷たく、とても重かった。
旧校舎がダンジョンになった際に、一緒にダンジョンの一部になったなんて想像したら、果てしない絶対零度が心を凍らせてきた。
「傘音ちゃんがやっぱり電話に出ない……」
結の横顔は焦燥で色褪せていた。
コギトのスマホからも、乾いたコール音から進まない。今傘音はまともに連絡を取ることが出来ない状況にいる。
「Bad boy......
若干低いエレナの声。しかし常時の冷静沈着さが僅かに失われている。コギト達を咎めるというよりは、まだ情報が錯綜している旧校舎に近づけたくないという印象を抱いている。
だが敬愛するエレナを見て、寧ろ結が縋る。
「エレナさん! これ何が起きているんですか!? 傘音と連絡が取れないんです! なんで旧校舎がダンジョンに……!?」
「Oh, 白兎さんが……!?」
傘音が行方不明と知り、眉を顰めるエレナ。
巨大自動車会社が一体化した豊田第1ダンジョンにいくつも昔の車が混じっていたように――もしかしたら傘音もダンジョンの壁に埋もれているかもしれない。
よしんば埋もれていなくても、中の魔物に殺されているかもしれない。
未だ応答の無いスマホに集中を注ぐ中、エレナに武装した役人が耳打ちする。
「
「ただし?」
「橋尾さんがダンジョンの中に飛び込んで、配信しながら最奥まで進んでいる」
【エスへの橋】を見たら『緊急配信』と銘打ったライブ動画がアップロードされていた。岩の身体を有した魔物達を次々と蹴散らしながら奥に進んでいる。
「駆は傘音を助けに行ったのでしょうか」
「そんな事をする奴じゃないと思う。異常発生したダンジョンの最下層に一番乗りしたって成果が欲しいだけじゃない?」
「Uhh……橋尾さんは才能が私よりあって、誰よりも学校に早く来て訓練場で朝練するほどの努力家なのに、頑張る方向を少し間違えているわね」
駆が朝練していたという訓練場を見やる。僅かに覗く施設のあちこちに深い傷が垣間見える。トレーニング器具も全て一番負荷の高い設定で止まっている。
駆の強さへの執着は本物だ。ただ、事ここにおいてはあまりに軽率で、周りが見えていない。駆の命も危ない。
「……探知魔術【ミーツケイター】を発動します」
探すのが怖い。二人は既に死んでいるかもしれない。冷たくなっているかもしれない。
フラッシュバックする自分が殺した生命の体温を潜り抜け、帰ってくる魔力反応に希望を託す。
かっ、とコギトの眼が開く。かすかに安堵感が込み上げる。
「結、安心してください。傘音の生命反応を検出しました」
「……ほんと?」
傘音は生きている。それを聞いた途端、安堵が結にも深く伝播した。
「ダンジョンの最下層、一番奥で確かな生命反応を認識しています!」
幸いこのダンジョンはかなり浅く得られる情報も鮮明だ。今結は隠れるようにして最下層の狭い隙間に閉じこもっている。少なくとも致命傷に繋がる怪我もしていないことが分かる。
だが妙な反応も付属していることに気付く。
「結と同じ個所に、別の生命反応を検知しました」
「まさか魔物!?」
「しかし敵対性が感じられません。脅威であれば結を攻撃している筈です」
「Excuse, その他に情報はない?」
かなり踏み込んでくるエレナに思わず引いてしまった。
「いいえ、ないです」
「……直接見るしか178関連の判断のしようが無いか」
だがそれよりも優先するべきは傘音と駆の命だ。
「至急中央政府より戦力をダンジョンに向けてください。駆も最下層付近にいます。早くしないと二人の命が――」
「――残念だが直ぐには難しい。あれを見るんだ」
金属的な足音。その方向を見ると、新がアクセスされたアンドロイドが指をさしていた。
「うわあああああああああああ!!」
「くっ、現れたぞ!! 【ゴーレム】が現れたぞ!!」
「アンドロイド隊や専用武装はまだか!?」
破壊音と役人の悲鳴が連続する。人より一回り大きい人型の岩石が、放たれるスキルを意にも介さず力ずくで次々と吹き飛ばしていく。
まるで流れ作業のように攻撃を続ける怪物たちに、コギトは違和感を覚える。
「ダンジョンから抜け出したのでしょうか? しかし妙です。あの魔物達からは生命反応がしません」
観察している暇はない。こうしている間にも次々と人々が攻撃されている。このままでは死人が出るのも時間の問題だ。
「右手部位をランナーブレードへ換装します。脅威を排除します」
結を庇いながら、右手を刃へと変換する。
躊躇なく怪物との距離を詰め、反応される前に右手の黒刀を大振りにする。逆袈裟の線が光り、それを境界に岩の身体が崩れ落ちた。
原型を保っていられなくなり崩れる直前、岩の中に何か光るものが見えた。
とても自然には出来ない作りの、回路。明らかに人工物の機械だ。
「一瞬ですが回路を認識しました。しかし魔物という情報と矛盾しています」
「Of course.これは
もう一体のゴーレムも、風穴を空け既に沈黙している。
その上に佇むエレナの手には、機械的な洋弓があった。
「アンドロイドなのですか!? 人間が創ったのですか?」
「少なくとも俺達日本人が製造したアンドロイドじゃない事は確かだ」
ぞろぞろとダンジョンからゴーレムたちが迫ってくる。役人達が魔物専用の銃火器で応戦したり、スキルを発動しているおかげで隔離区域内で食い止めることは出来ているようだ。
「Because. だから私達もダンジョンに近づけない。それが原因で助けに行くことが出来ない」
「……ならば、コギトが助けに行きます。跳躍魔術【ショートカット】を使えば一気に傘音の位置まで跳ぶことが可能です」
「私も行く! 傘音ちゃんは絶対助ける!」
「
結が悔しそうに唇を噛んでも、エレナは道を譲らない。そしてコギトもエレナに賛成だった。ゴーレム以上の脅威がいたとしたら、このダンジョンは
だが傘音を心配する気持ちは互いに同じだ。結が5年前に家族を失ってからというもの、一番近くにいてくれたのが傘音だったらしい。傘音の喪失は、即ち家族の再喪失を意味する。
「結。約束します。必ず傘音を助けます」
ケルベロスに挑む前のように、結に声をかける。
「そうしたら、今度はコギトが傘音に料理を食べさせます」
「またケルベロスを倒す前みたいになっちゃったね……お願いだから、コギトも帰ってきて。二人とも帰ってこないなんて嫌だよ」
返事をしようとした時、ドローンが二人の間に割って入った。コギト達のものではない。ダンジョン庁のシンボルがついた、青色のドローンだった。
「俺も連れて行ってもらおう。そのドローンは【端末】の一つでね――」
「――ダンジョン庁が誇るデータリソース全てを使って君をサポートすることが出来る」
思わず言葉を失った。何故ならドローンから新の身体が出現したからだ。
しかしコギトの手は新を擦り抜ける。これも高文化が生み出した技術、ホログラムだ。
「分かりました。新、よろしくお願いいたします――跳躍魔術【ショートカット】を発動します」
「さあ、友人を助けに行こう。これも楽しい青春の一ページだ」
◆◇◆◇
ダンジョン最下層の殺風景な景色が、新のデータ世界にも反映される。ここからは全力でコギトをサポートするつもりだ。ここでコギトを破壊される訳にはいかない。
(しかし……エージェント178が何かしでかすと思ったが、まさかダンジョンを新しく作るとは。完全に予想できなかったぜ。これはトランティ国も相当コギトの存在がイレギュラーのだったようだな)
コギトとは無縁のデータ世界で思案していると、端の映像に映るものがあった。これはコギトに渡したドローンからの360度映像ではなく、橋尾駆所有の配信ドローンからの映像だった。
緊急配信と銘打たれた枠内に、駆以外の人物が出現する。
『俺より先に最下層にいるだと……何者だ』
『質問の回答を拒否する。その質問に意味はない』
〔だれ?〕
〔なんだコイツ〕
〔ゴーレムじゃない?〕
臨戦態勢の駆に呼応して、視聴者のコメントにも困惑が広がる。
その枠内に【機械的に返答する白いコートの少年】を見た瞬間、パチン、と音が鳴った。
それは新が指を鳴らす音であり、配信が通信不良のため停止になった音だった。
〔え!? 見れなくなった?〕
〔ちょっと待てなんで、今の誰だよ〕
〔ヤバいのいた!? 政府の介入キターーーーーー!〕
と思われてでも
新だけが見れるライブ配信の中で、心をまったく匂わせない無表情を貫く少年がそれ程の重大存在だったからだ。
『質問に意味はない? どういう事だ』
『人類に未来は訪れない』
直後、衝突が始まった。戦闘能力だけならSランクとも呼べる橋尾駆を赤子扱いする白いコートの少年を見て、僅かに新の口元が緩む。
(まさかすべての黒幕まで釣れるとは思ってなかったよ……エルゴ)
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