第19話 魔術人形、校舎がダンジョンになった事案を目撃する

「俺も正直なところ期待してたんだ……ケルベロスを倒してSランクになった男が編入するって聞いてよ」


 ふん、と自分自身を嘲笑う小さな鼻息を検知した。


「だが現実はどうだ。なんて事はねえ。お守二人いなきゃ授業さえまともに受けられねえなんてよ。どこがSランクなんだ?」

「いいえ。午後からはそうなりません」

「ほー?」

コギトは高校デビューを成功させます。その為にクラスのみんなに接触し、一緒に楽しく嬉しくなります」

「要はクラスメイト全員と友達なりまーす……ってか?」

「はい。仲間や友達と定義される間柄になりたいです。それは駆、あなたも例外では――」


 と近づこうとしたら、飛んできた裏拳に頬を弾かれた。


「それがSランクの発想ですらないって言ってんだよ人形」


 痛みはない。

 だが氷が胸の中で沈殿し始める。かつてコギトに八つ当たりしていた主人たちが、駆に紐づいてしまう。


「ちょっと……!」

「やめてください橋尾さん!」

「いいか冒険者ってのは蹴落とし合いだ」


 結だけでなく傘音まで二人の間に割って入ろうとしたが、駆は意に介さない。


「討伐の質と量を奪い合い、出し抜き、そこまでして漸く自身のランクを上げることが出来る。Cランク、Bランク、Aランク……そしてSランクまでは誰しもそうやって階段を登るのが常識だ。ケルベロスを倒しただけでSランクに成ったキッズとやらにはわかりゃしないだろうが」


 駆の口調から一切の誇張も欺瞞も検知されなかった。真正直な価値観で殴るように吐き捨てた後、コギトへ指をさす。


「何言ってんの、十終神とわりがみを倒したんだよ!?」

「あの動画だけじゃ情報は伝わらねえよ。ケルベロスが万全だったという証拠は何だ? 既に満身創痍だったか、あるいは高天原タヴーゾーンを警備していた政府の冒険者に削られていた可能性だってある……だったら俺だってケルベロスを倒せただろう」


 背中から刀を取り出す。結が扱う剣よりも数段上の材質で出来た、相当高品質なオーダーメイド品だった。鞘には【ヨシツネ】と書かれている。

 魔物の匂いがした。このヨシツネと呼ばれる刀で、相当数斬ってきたことが伺える。


「頭花畑なお前のせいで冒険者って職業が傷つけられるのは我慢ならねえ。表に出ろ。どっちが本物の冒険者か戦って決めようじゃねえか」

「冒険者を傷つけてるのはどっちよ。学校の中で私闘とか何考えてんの!?」

「言ったはずだ。Cランクに用はない。どけ」


 今にも斬りそうな雰囲気を醸し出す駆に対し、結も一歩も引かない。たとえコギトや駆より実力が劣っていても、二人の間からどこうとしない。

 だが今はそれに甘えていてはダメだ。敵意なら元の世界で散々向けられてきた。

 凍える不具合に苛まれながらも、コギトは結と傘音を庇うように前に出る。


「ほう。やる気になったか」

「いいえ。戦闘はしません。それは校則上禁止されています」

「冒険者同士の喧嘩なんて日常茶飯事だ。学校も気には止めやしねえよ……それとも本当の実力がバレるのが怖いか?」

「実力の事ならば、あなたの方が強いと定義されていいです」


 肩透かしを食らった証左として駆の眉が潜んだ。


「元々コギトはSランクのライセンスについては必要ありませんでした。欲しかったのは冒険者ライセンスだけです。それがあればダンジョンを冒険するのに十分だからです。もしこのSランクライセンスが争いのきっかけになるのであれば、返却も辞しません」

「……お前、Sランクに執着が無いのか」

「問い返します。あなたは楽しいですか? ダンジョンの探索が」


 その問をした途端、駆の表情が凍り付いてしまった。


「……ざけんな」

「それよりもあなたも一緒にパンを食べませんか? その方が有意義だと思います。一緒にダンジョン配信を楽しむ方法を検討しま――」


 まだ食べてないクリームパンを渡そうと差し出した手を払われた。旧校舎の壁に虚しくクリームパンが叩きつけれる。


「楽しむってなんだ。Sランクが要らないってなんだ。てめぇ冒険者舐めてんのか」


 その手も声も、とても冷たく感じられた。

 興醒めしたと言わんばかりの顔を最後まで変えることは出来なかった。


「戦わずとも良くわかったよ。俺の方が上手くやれる。配信者としても、冒険者としても……すぐに分からせてやるよ」


 その後少しずつクラスメイトとは打ち解けることはできたが、ただ一人駆とだけは会話をすることさえできなかった。



◆◇◆◇


 夜、駆の動画を見た。

 視聴者に向けた口数は少なく、淡々と魔物達を倒していく動画が多かった。時には最下層の怪物を全滅させた陰惨な光景を背に、ヨシツネを携える画を見た。視聴者とのコミュニケーションは少なくともここまで動画が伸びているのは、ひとえに駆が強いからだ。ここまで戦える人間は元世界でも全く見なかった。

 そしてSランクでも苦戦するような魔物を倒した時は、確かに笑みを浮かべていた。


 しかし感じられるのは満足感のみで、楽しさや微塵も伝わってこない。

 彼の発言を見ると、どうもSランクになる事に――強い人間になる事に拘っている。


 第一印象、魔術人形キッズへ命令を投げるだけの人間に近いと感じていた。

 しかしその実、近いのは魔術人形キッズそのものなのかもしれない。



「だから今日こそ駆と接触します」


 翌日もコギトは諦めない。

 結を背に乗せた状態で、ペダルを踏みながら宣言していた。

 

「んー、私は反対だけど梃子でも動かなさそうだね」

「はい。コギトは梃子でもやめません」

「分かっているとは思うけど、最早コギトの事を敵だと思ってすらいるよ」

「敵ならば、生命にかかわる事でも助けてはいけないのでしょうか?」

「んんんんんん、またムズイ質問をするねぇ」


 こういう時、結は一緒に考えてくれる。即答する事はせず、「うーん」と彼女なりに悩んだ後で回答してくれる。


「どうしても立場上分かり合えなくて、向こうから殺しに来るとかだったら……正直向こうの生命とかは考えていられないと思うよ。私は、橋尾の奴はいつかコギトを殺しに来るって」

「はい。あなたの回答は正しいです。しかし――」


 ここでコギトは気付く。

 駆が似ているのは魔術人形キッズだけでない。自分が手ずから殺してきた魔族にも似ている。


「コギトは、それでも殺したくありませんでした」

「言ってる事は分かるけどさ、私はコギトの方が心配だよ」

「それと、傘音は今日は一緒では無いのですか?」

「何か先に旧校舎に行くって」


 そういえば傘音が何故、旧校舎に通っているのかは聞いていなかった。今日どこかで聞こうと思いながら、校門に自転車を止めようとした時だった。

 政府の黒い自動車が目に付く。明らかに異常な光景だ。


「政府が動いているなんて……何かあったのかな」


 群がるスーツ姿の男たちも、その中心で指揮を執るエレナも別段本校舎の方に注意は向いていなかったようだ。寧ろ彼らの視線が集まっていたのは、旧校舎がある方角だった。


 人目を盗んでコギトと結は旧校舎に向かった。


「…………ねえ、旧校舎どこ?」

「分かりません。しかし代わりにダンジョンと思われる空間が発生しています」



 つまり昨日まで旧校舎だった建物が、ダンジョンになっていた。


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