第18話 魔術人形、高校デビューに挑戦する。

 天伯高校1年1組の黒板に、【佐藤小樹人】の文字が記されていた。


「本個体はコギトです。魔術人形キッズであり人間です。皆さんと授業するのが楽しみです。どうかよろしくお願いし――」

「うおおおおお!!」

「この子がケルベロスを倒したっていう!?」

「やっぱ実物、違う!!」


 コギトが入る前にエレナが新担任として自己紹介したのだが、それ以上の盛り上がりでクラスメイトが押し寄せてきた。


「菊理さんと付き合ってんの!? 一緒に住んでるの!?」

「魔術見せて! フルルビー見せて!」

「ちょっとごめん、触らせて、あ、人間と同じ感触……!」


 事情を知る結や傘音が止めるも多勢に無勢。そしてエレナは何故か自分を見ているだけ。


 コギトの疑似脳がオーバーヒートを起こした。

 恥ずかしさでいっぱいになってしまった


「人間が多すぎます! ふ、不具合が発生……跳躍魔術【ショートカット】を発動します!」


 緊急避難的に屋上へと逃げた。高校生活始まって一分で泣きそうになってしまった。転校生特有の質問攻めは、コギトにとっては特攻レベルで弱点だった。

 幸いにも屋上と校舎は鍵がかかっているタイプで、人目をはばからず泣けた。そして不具合で軋む心が、徐々に落ち着いていくのを自覚した。


(……コギトはまだ人間に適応出来ていないのでしょうか。コギトは高校を冒険したいのに)


 一人どうすればいいか思案していると、スマホが鳴った。

 結の名前が記されていた。


『コギトー? もう怖くないよー、さっきクラスメイトの皆には叱っておいたから、さっきみたいな質問攻めは来ないよ!』


 探知魔術を働かせれば結と傘音がドアの向こう側にいることが分かった。再度跳躍魔術【ショートカット】を発動し、結と傘音の手を取りながら教室に向かった。


 創られて初めての授業中も色んな視線を感じた。興味本位で振り返る瞳を見た。腫物に触るような瞳も見た。まだそれならいい。

 いちばん辛かったのは、ある少年からしきりに発せられる敵意――危険な兵器を憎む色無き瞳を見た時だった。


 その瞳を見ると、前世のたちの影がちらつく。

 影は過去元世界から聞き慣れた命令を追想してしまう。


『コギト、何だその目は』

『なんだとこのポンコツが!! 人形が人間に逆らうな!!』

『殺せ!! 魔族をさっさと殺せ兵器が!!』


 振り払う。もうその世界に自分は居ないのだから。


 その少年は教室の一番後ろに座っていた。午前中、コギトの背中にずっと敵意を浴びせていた。


 午前の授業が終わり、正午。

 天伯高校名物であるクリームドーナツパンを結が三人分買ってきたので、傘音の三人分弁当と合わせて食べることになった。


「傘音、本校舎から離れた場所です。この建物は何ですか?」

「旧校舎だよ。今は物置や部活で使われているんだけど、昼は誰も来ないの。コギト君が来たら教えたいと思っていたんです」


 人が少なく落ちつける旧校舎で過ごそうと提案したのは、意外にも傘音だった。

 丁度今年の春に設立されたという本校舎を眺めながら、同じく今年の春で役目を終えた旧校舎の教室で傘音特製弁当の蓋を開く。教室には机も椅子も無かったので、三人揃って床に座る。


「にしても傘音、前々から旧校舎に一人で行っているけど何してんの?」

「ここ使わなくなった物が置いてあるから、何か掘り出し物無いかなーって見てるの」

「分かりました。傘音は旧校舎で冒険しているんですね」

「う、うん、まあね」


 眼鏡越しの少しあどけない目が泳ぐ。どうやら冒険以外にも彼女が頻繁に一人で旧校舎に行く理由があるらしい。だがそれを聞く前に、タイツに囲われた傘音の太ももの上で弁当が開いた。

 しっかり味付けされたウィンナーが口の中で広がる。


「傘音の料理は本当に美味しいです。コギトに登録された味の中で一番高い数値を出しています」

「褒められたって考えていいのかな」

「ふふーん、私が味見役で中学から鍛えた甲斐があったかなー」


 何故か結が亭主の如く胡坐をかきながら腕組をしていた。

 黒タイツで覆う傘音と対照的な、陽光で純白に瞬く脚が交差している。靴下も短く、太ももから脛までくっきり見せている。


「結は料理をしないので褒めることが出来ません」

「いや私だって本気出せば魔物料理ジビエとか作れるし! 焼けばいいんでしょ焼けば!」


 と冷や汗塗れで少し引き気味になる結。だが基本的にダンジョン配信の時も傷回復ポーション効果を持った栄養食かゼリーしか見た事が無い。既に結は料理が出来ない少女だと結論を出している。


「でもコギト大丈夫? 高校イヤになった?」


 結の質問に頷きそうになる。だがそれでは元世界の魔術人形キッズのままだ。

 それに、高校に抱いていた期待が消えたわけでは無い。


コギトも耐性がつきました。昼食を終えたら、コギトからみんなに接触したいと思います。高校デビューを成功させることが今の役割です」

「高校デビュー……?」

「はい。スマホで調べた結果、楽しい高校生活には高校デビューが欠かせない事を学習しました。頭部も金髪にしようと思います」

「やめなさい絶対にやめなさい」


 何故か猛烈に止められた。「違う、多分コギトが考えている高校デビューと違う」というつぶやきも観測された。


「ただしその為には一つ分からないことがあります」

「どんな事が?」


 傘音がクリームパンを口にしながら尋ねる。


橋尾駆はしお かけるの事です」

「橋尾? ああ……やっぱりコギトも気付いていたよね。アイツだけコギトの事イヤそうに見てたもんね」


 元世界の人間みたいに、今にも魔族抹殺の指示を飛ばしそうな顔つきをしていた少年。それが橋尾駆はしお かけるだった。


「実はね。彼もダンジョン配信者なの。【エスへの橋】って言ってね」

「そうだったのですか?」

「しかも……Aランク。高校卒業するころにはSランクに成れそうなんだって。正直学校始まって以来の天才でさ、特別待遇受けてるんじゃなかったかな?」


 だとしたら小田エレナ並の逸材という事になる。実際コギトも直ぐにスマホで調べると、実力のほどを裏付けるコメントが散見された。また、少し前に【エスへの橋】がYOUTUNAGの動画配信ランキングで一位を取っていた時期もあったことが分かった。長久手ダンジョン挑戦前に学習したランキング動画に無かったのは、同時期にAランクへの進級試験の為にしばらく動画更新が出来ていなかったためらしい。


 その時、コギトは探知魔術無しでも分かる足音を検知した。堂々と歩いてくる微かな振動が止んだと思ったら、教室の扉が開く。


「なんだ。Sランクのキッズ様はこんな旧校舎じゃないと怖くて物も食べれないってか」

 

 橋尾駆はしお かけるは午前中と同じ、疎ましさを内包した瞳をこちらに向けていた。

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