第17話 魔術人形、食事をする

 一週間経って、流石に結も熱が冷めてきた。

 というのも憧れの小田エレナや、遥か天空の存在であるダンジョン庁長官に会って浮かれていたところもあったのだが、流石に今となっては思う。


(ここまで手厚くコギトをサポートしてくれるのって、何か裏があるのでは!?)


 中央政府がコギトを囲い込もうとしているかも? という思いを巡らせるのは何も結だけではない。SNSを開けば中央政府が、海外がコギトを我が物にしようと云々という内容の投稿を何個も見かける。


(だって今日一緒に買いにいったスマホだって、さり気なく誘導されていたよね? あー、一週間前まさかのダンジョン庁長官とLIME交換出来た事にステータス感じてた私を殴りたい)


 結の不安が疑念に変わったのは、コギトのスマホを買いに行った時だった。新から結宛にコミュニケーションアプリLIMEで「そんな格安スマホで大丈夫か? このショップで一番いいのを頼め。金はタダにしとくから(意訳)」と送られてきて、気づけばその通りに買ってしまったのだ。

 コギトのポケットに入っているスマホから、逐次政府へ情報が盗まれてていてもおかしくないのだ。何故その可能性に思いをはせなかったのだろう、と悔やむ。


 いや、スマホに仕込む必要さえないのかしれない。新との対面後、白衣を着た如何にもインテリそうな人たちが良く分からない検査をコギトにしていたのだ。あの時にコギトの頭部とかに情報を伝達するGPSを仕込んでてもおかしくない。


 何よりエレナが天伯高校に赴任する理由、どう考えてもコギトの監視じゃないか。


(うぅ、憧れのエレナさんを警戒しなきゃいけないんて)


 影勇者オトナへの勧誘も本気だったのかもしれない。

 時には鞭も使ってのっぴきならない状況に陥れ、次会った時は影勇者オトナへの招待にうんと言わせる気だ。

 こうやって陰謀論というのは出来上がっていくのだろうか。


 という悩みを信用できる中学からの親友に打ち明けていた。


「そっか……やっぱり政府の力が働いているんだね」

「そうなんだよ。私どうしたらいいかな傘音かさねぇ」

「コギトくん本人はどう思ってるのかな?」


 白兎傘音しらと かさねは結をなだめながらコギトがであろう部屋へ、眼鏡に覆われた瞳を向けた。とても線の細い小さな体でダンジョン探索とは無縁なのに、結よりも落ち着いていた。

 ドアが開く音。結も傘音もそちらを見た。


「見てください結、傘音! 制服です! コギトは初めて着用しました!」


 コギト本人はどう思っているか?

 聞くまでもなく、物凄い楽しそうだった。 


 初めて袖を通した天伯高校の制服を見せびらかすコギトの額に、今が幸せと書いているかのようだった。

 きっとコギトは騙されているなんて微塵も考えていなさそうだ。

 あんなにダンジョンの魔物は警戒していたのに、新に対してはすっかり心を許してしまっている。


「明後日から天伯高校の冒険をすることを、コギトは楽しみにしています! 様子を視聴者さんたちへ配信したいです」

「よーし落ち着こうか。高校は配信したら肖像権侵害ね」

「でもコギトは制服を視聴者さんに見せたいです」

「住所とか学校とか特定されるのって怖いんだぞ」


 義務教育範囲内の五科目について「流石に勉強に着いていけなかったら色々怪しまれっから勉強しとけよ!(意訳)」と新から渡された参考書を読み、知識を身に着けたものの、彼は道徳や保健体育はまったく勉強していない。故に常識が身についておらず、倫理観は赤子に等しい。


「でもこれで家事全般やってくれてるんでしょ? 前より片付いた気もするし」

「そこは恥ずかしながら。なんとこの子料理も出来まして」


 魔術人形キッズは家政婦アンドロイドのような使い方も想定されていたようで、一度作り方を覚えてしまえば料理もこなせてしまうのだ。


「って事はコギト君ってご飯食べれるの?」

「機能的には可能です。魔術人形キッズは平均的に調整された味覚を搭載されています。しかし味見以外で食事はしません」

「どうして?」

コギトの活動に食事は不要だからです。コギトには永久魔力機関が存在し、そこから活動に必要なエネルギーを無限に供給されます」


 コギトに食事は不要だ。必要な結にすべて与えている。


「……まだそこだけは慣れないけどね」


 ……この一週間社会経験は出来る限りさせた。昨日ダンジョン配信を行ったが、その途上で愛知一番の繁華街である名古屋駅跡地を観光した。多勢がまだ怖いようで結の後ろに隠れていたが、ゲームセンターで「これは何ですか!? 楽しいです!」と目が輝いていた。更には結と傘音のバイト先である喫茶店に行ったときは珈琲という飲み物に驚いていた。


 一週間前のコギトからでは考えられない事だった。

 異世界という地獄で壊れてしまった心が、完全ではないにせよ回復した証拠なのだろう。心に余白ができた結果、魔術人形キッズであるという理由だけで禁じられていた『子供らしい発見と学習』をどんどん繰り返す。

 その様は心に溢れた子どものようで、結はずっと見ていたかった。


 だが食卓にはいつだって結一人だった。

 そうなるとどうしても思い知らされる。

 彼は人間では無い。食事が意味をなさない魔術人形キッズなのだ。


「コギト、でもさ……」


 でも結は知っている。

 そんな風に距離を置くことが、コギトにとって一番冷たい事なのだと。


「ねえコギト君。実は今日お弁当持ってきたんだけど、三人で食べませんか?」


 傘音がお弁当包みを取り出す。見た目の清楚さの通り、彼女はエプロンがとても似合う良妻賢母の才能をいかんなく発揮し、これまで結の胃袋を掴みまくってきた。

 そんな結の甘えっぱなしな歴史を知らないコギトは、首を横に振る。


「それは拒否します。何故ならコギトに食事は不要だからです。コギトの口内に入ったものは、魔力機関により消滅します。その為、コギトではなく結と傘音が食事する方が確実に有用です」

「いいからいいから。ね?」


 コギトや結よりも小さな体で裾を引っ張ると、三人で同じ床に座らせる傘音。


「食べるのって、満腹になる為とか味わう為だけじゃないよ。みんな一緒に美味しいっていうのも大事たと思いますよ。だから結ちゃんも一緒に食べたいんだよ」

「しかし食料のロスは、非常に重要度の高い問題と定義されて……」


 と言いかけたコギトの口にミートボールを箸で入れた。驚いた様子でコギトが目を開く。


「で、私も食べる」

「私も」


 結に合わせて傘音もミートボールを口に含んだ。トマト煮の香ばしい風味が口の中一杯に広がる。


「どう? 一緒に食べると美味しくて楽しくない?」

「はい。あなたの言う通りです。美味しくて楽しいです! しかしミートボール一つ分が丁度今、魔力機関に触れて消失しました。それは歓迎すべき事では……」

「いいんですよコギト君。胃の中に入っちゃえば、何も変わらない」


 二人の説得に心折れたのか、ついにコギトも笑いながらもう一つミートボールを口に含んだ。しかし食べることに慣れていないせいか、トマト煮が白シャツにぽとりと落ちる。


「あー! 折角の制服が!!」

「早く取らないと染みになっちゃう!」


 結と傘音二人に口元や制服を拭われていく。やはり人間の常識を身に着けるのは当分先のようだ。


「結、あなたは高校が楽しみでは無いのですか?」


 そんな時、コギトに尋ねられた。


「いや、楽しみだよ」

「今のあなたから熱さを感じません。何か気がかりなことがあるように、悩んでいます」


 子どものような目は全てを見透かしていたのだ。

 政府がコギトを囲い込もうとしていないかと言う不安を。


「んー、まさかコギトにそんな事を言われるとは」


 一本取られた、と言わんばかりに結が仰け反る。

 楽しさを散々語る自分が、コギトに言われてどうする。

 政府が何かしてきたのなら、その時はその時で何とかする。これは視聴者にもすでに言った事だ。


 今はコギトが人間として認められた第一歩として、高校生活を始めようというのだ。それを心から祝わずして何とする。


「よし。じゃあお詫びに私のピーマンをコギトに上げよう」

「結ちゃん。好き嫌いしちゃだめだよ」

「むむむむ」


 これからもコギトには楽しんでほしい。発見して、驚いて、学習してほしい。

 まだ会って一週間だけど、それを隣でずっと見届けていたいと思えるくらいに、結にとってコギトの存在は大きくなっていった。


 政府の巧妙な誘いにも乗らないで、冒険だけしてほしい。

 子どもの心で居続けてほしい。


「ねえコギト」


 そう思ったら、気づいたらこんなお願いをしていた。


「君だけは大人にならないでね」


◆◇◆◇


「明日からコギト君も高校だが、一足先に学校はどうだ? エレナ」


 政府所有の超セキュリティの内側に存在するデータ空間に新は一人浮いていた。目前には天伯高校監視カメラの映像が広がっていた。そこにエレナは居る。


「No problem. 明日からコギトのクラス、1年1組担任並びに戦闘科目の教師として正式に赴任された。前回の担任がアンドロイドだったから引き継ぎはスムーズに進んだわ」

「教師も人手不足でアンドロイドの時代か……さて。聞いていると思うが、直近で君に警戒してもらいたいことがある」


 新の空間に映ったのは、次々に拷問されている青年だった。


「彼が教えてくれたところによると、その付近にトランティ国のスパイ、【エージェント178】が潜伏しているとの事だ。コギトの出現によって何か動きがあるはずだ」

「OK. 怪しい奴を見つけ次第マークする」


 エレナとの通信が終わり、新の空間には様々なアプリの明滅が始まった。


「コギトに言うべきだったかな。いや、折角だから楽しんでほしいのだがな」


 新が困ったように笑う。


天伯高校の中に一人、スパイがいる……なんて」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る