第12話 魔術人形、魔王を倒した最強の技を発動する

 ランナーブレードへと変形した右手を掲げ躊躇なく突進。体格差が百倍以上あるケルベロスの足元に潜り込む。

 その瞬間も、コギトは一切臆さない。楽しいとか哀しいとか不具合めいた心に振りまわれていても、怖いという反応はやってこない。

 対してケルベロスは爪撃。鉄だろうと軽々と両断する威力だ。

 

 両者、擦れ違う。

 コギトの前面に抉られた痕。


〔うわ、コギト〕

〔やられた!?〕


「軽微なので遂行に支障はありません。修復します」


〔回復してない!?〕

〔ヒーリングスキルまであるのかよ!?〕


 湯気が立ったかと思うと、時間が巻き戻ったように傷口が消えていく。

 魔術人形キッズには無限の修復機能がある。魔族を全滅まで追い込んだ継戦能力の根源はこれだ。


「ガァァァア……!!」


 ケルベロスの咆哮。バランスを崩し、轟音と共に床へ転げ落ちる。

 コギトの足元に転がっていたケルベロスの前脚が、煙のように消滅した。


「ケルベロスの強度とランナーブレードとでは、ややランナーブレードの攻撃力が勝ると判断しました」


〔マジか〕

〔ケルベロスの足を切断したのか!?〕

〔あんなデカいのどうやって斬るんだよ!?〕

〔ケルベロス相手に一人で押してんじゃん!!〕

〔頼む頑張れコギト〕

〔うおおおおおおおおおおお!!〕


 途端、コギトの修復機能を鏡映しにしたかのように、ケルベロスの前脚が瞬時に回復する。 


〔え〕

〔ケルベロスも回復してる!?〕

〔5年前のエジプトでも倒したと思ったら復活して皆やられたらしい……〕


 どよめくコメント欄。

 しかしただ一人、コギトだけは殺風景な顔で残酷な現実を分析していた。


、修復機能の発動を認識しました。原動力は頭部と判断します。ならば三つの頭部を同時に切断します」

 

 異常なエネルギーが全身を巡っている。それが回復の役割を果たしているようだ。力の出本は三つの頭部と見て間違いない。

 長期戦にするつもりはない。リスクを負ってでも、次の一手でケルベロスの三頭を斬り落とす。そうすれば回復は出来ずケルベロスは即死する筈だ。


「……ガゥ」

「……! ケルベロスの行動パターンが変化しました」


 突如ケルベロスがコギトから距離を取り始めた。

 魔物の動きじゃない。明らかに理性がある挙動だ。本能の任せるままの近接戦を避け、コギトを脅威と認め向こうも対策を取ってきた。


 三つの頭部が三角形を描く位置で固定される。

 中点に紅の四角錘が象られた。


〔動画見たことあるぞ赤いピラミッド……〕

〔エジプトのSランク冒険者あれで全滅してたよな!?〕

〔それだけじゃねえよ! あれでエジプトの首都吹き飛んだろ!〕


 ケルベロスの必殺技、【ピラミッド】。

 止める暇はない。跳躍魔術【ショートカット】も間に合わない。発動が早い。


「ケルベロスから異常な魔力を検出。長久手ダンジョンが崩落する熱量と判断……」

 

 太陽に匹敵する熱量があの三角錐に凝縮されている。つまりあれが発動したらこのダンジョンそのものが危ない。


「……結の生命維持に多大なリスクが生じます……!」


 別にコギト自身はピラミッドを受けても致命傷にはなり得ない。

 だが普通の人間である結は、崩落するダンジョンに耐えられない。

 つまり、ピラミッドの発動は――


 一度演算し出したら止まらない。

 冷たくなった少女の頭部が、フラッシュバックする。

 あの頭部が、もし結のものになったら……?


「死んでほしくない……結に死んでほしくないです……」


 コギトの顔に、【恐怖】の霜が初めて張り付いた。


「結を……邨を殺さ縺帙?縺励↑縺」


〔今コギトの声〕

〔おかしくなってたよな〕

〔バグってる!?〕

〔いや通信障害だろ早く逃げろ!〕


 【ピラミッド】が紅の光線となって、四方八方へ放たれた。

 光線がダンジョンの堅牢な内部をいともあっさりと融解させていく。たった数秒で同階層の崩落が開始する。

 破滅の光は、コギトにも降り注ぐ。


コギトが破壊されるリスクを無視します。早急にケルベロスを排除します!」


 最終兵器は回避しない。

 真っすぐ最短距離で突っ込む。ピラミッドがダンジョンを破壊する前にケルベロスを仕留める。少なくともケルベロスの首を断つまで人工肉体は保つ筈だ。


 結果、ランナーブレードを掲げたコギトに【ピラミッド】の光が浴びせられるその刹那。


 コギトはドローンのとあるコメントを見た。



◇◆◇◆


 行かないでほしかった。

 折角出来た親しい人が、また十終神とわりがみに喰われてしまう。

 なのにダンジョンの36階で一人佇む結には、もう何もできなかった。


 弟の繋は、目前で十終神とわりがみ【スワンプマン】に消された。怖がりだった弟。まだ8歳だった弟。いつも後ろに着いてくる事しか知らなかった弟。なのに何故あの日だけは、彼が夢見た冒険者のように無理に立ち向かっていったのか。何故勇敢と無謀を履き違えた弟の手を、繋ぎ止めることが出来なかったのか。

 今でも後悔が冷たく心に残る。

 そしてあの時と同じ、とコギトが帰ってこないような不安が重なる。

 

「そうだ、予備のスマホで見れるかもしれない……」


 ドローンがコギトに着いていったならば、と鞄から予備のスマホを取り出す。

 ジャンク品だが映像はばっちり見える。

 ケルベロスと対峙して一切物怖じしていないコギトの背が見えた。


 ケルベロスが赤いピラミッドを発動しようとしている。五年前、壊滅したエジプトの都市が脳裏を過って血の気が引いた。都市一つ壊滅せしめた小さな太陽を、コギト一人にぶつけようとしている。

 コギトは逃げない。明らかに危険性が分かっているのに、ミサイルのように特攻していく。


「ダメ」


 コギトには勝算があるのだろう。だが仮に公算通りに進んでケルベロスを倒したとしても、人間としてのコギトが帰ってこないような気がした。


 気付けば、指がコメントを打っていた。

 最早無意識で指が勝手に動いていた。

 弟への後悔と、コギトへの心配。それらが目まぐるしく渦を巻いて導き出した言葉は、ただの願いの羅列である。


〔逃げて、人間でいて、死なないで〕


◇◆◇◆



〔逃げて、人間でいて、死なないで〕


 それは結のコメントだった。


 途端、時間が一万倍に引き伸ばされたような感覚がコギトにあった。

 今はケルベロスを排除する事だけに集中するべきなのに、雑音のような思考が割り込んだ。


(理解できません。コギトは人間ではありません。魔術人形キッズに死と言う概念は存在しません)


 と分かっているのに、画面の向こう側で必死な顔をしている結を想像したら、何故か口が裂けても言えなかった。

 更に視聴者のコメントの中にも、コギトの目に留まるものがあった。


〔にげろ〕

〔死なないでくれコギトおお〕

〔なんか自分から死にに行ってないか?〕


(どうして――)


 結のコメントを中心とした温かい言葉から、意識が離れない。 

 

(どうして結も、視聴者さんもコギトにそんな温かい言葉をかけてくれるんですか?)


 分かる事は、あの画面の向こうで結は待っていること。

 視聴者さんも、一緒に冒険をしたいと思っていること。

 それは最終兵器ではなく、人間として見ているからこその願い。


 彼らはきっと望んでいない。

 命と引きかえに敵を倒すような、短絡的なバッドエンドを。


「……対処方針、変更します。白鳥の星雲プリオシンサファイヤを発動します」


 水の盾がコギトの前に出現した。

 自分を守ったのは初めてだ。

 水属性である白鳥の星雲プリオシンサファイヤは灼熱波への盾として有効という側面があるとはいえ、それは魔族を滅ぼす兵器だった頃からでは考えられない行動だった。


 最適解は確かに灼熱波の中を突っ込む事だった。

 だが遠回りしてでもコギトは自分を守る。結と視聴者たちの願いを守ったまま帰る。

 そしてダンジョンも崩落させない。結も殺させない!


「ダンジョンの破壊が進行しています。あなたを早急に排除します!」


 白鳥の星雲プリオシンサファイヤは想定以上に保っていた。これならばケルベロスを葬るためのもう一つの解を導ける。 

 魔術人形キッズとしての攻撃用魔術5つすべてのスロットルを回す。


 蠍の超新星フルルビー

 双子の彗星ツイントパーズ

 白鳥の星雲プリオシンサファイヤ

 鷺の星風バードエメラルド

 北の一番星オレンジダイヤモンド


 五種の色彩も形状も異なる魔法陣が、ランナーブレードを包む。

 魔術は剣で混沌に溶け合い、刃に銀河を映し――


「【天上送りハレルヤクロス】を発動します」


 ――かつて魔王を倒した斬撃が、空間ごとケルベロスの三頭を消滅させた。



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