第13話 魔術人形、手を繋いだ先の世界で笑っていた

【速報】ケルベロス消滅


 ・無名の探索者

 コギトやばすぎだろ

 

 ・無名の探索者

 本気で助かった。

 命を救われた。

 ありがとうコギト


 ・無名の探索者

 死ぬかと思った……

 マジで死を覚悟した……

 

 ・無名の探索者

 とりあえずコギトはSSランク冒険者

 

 ・無名の探索者

 SSSくらいあるだろアレ


 ・無名の探索者

 いやほんと良かった……

 コギトには足向けて寝れねえ

 死ぬかと思ったよ@長久手民


 ・無名の探索者

 おい待てダンジョン崩壊進んでないか?


 ・無名の探索者

 めっちゃ揺れてるうううう!!


 ・無名の探索者

 ああああああああああ


 ・無名の探索者

 やばい!!



◆◇◆◇



「……37階の崩落を認識」


 残ったケルベロスの三頭から生命反応消失を認識した直後、悍ましい揺れと共に同階層の大自然が次々に沈んでいくのが分かった。

 【ピラミッド】による破壊は、ダンジョンの完全崩壊というところまでは間違いなく食い止めた。だがケルベロスが暴れた37階だけは耐えられなかったようだ。


 結が危ない。


「結!」


 単身、風穴から下層36階へ飛び降りる。

 まだ結は無事だ。ずっと心配していたような泣き顔が見えた。


「コギト!」

「伏せてください! コギトが守ります」


 結の隣に着地するも会話の時間はとれない。ケルベロス討伐時に魔力が枯渇していて、跳躍魔術【ショートカット】の発動までには時間が掛かる。

 天蓋が割れ、生物を圧殺するには十分すぎる塊が何十と降ってくる。連続する轟音は破壊の証。それが結に直撃したら終わりだ。


 降らば降れと上階を睨みつける。

 結に降ってくる岩石は全て排除する。


 だが


「……あれ?」

 

 最初は恐慌状態にあった結も、段々疑問符が浮かんできたようだった。

 コギトと結の個所だけ綺麗なのだ。石の一つも落ちてこない。


「私たちのところにだけ……ダンジョンが崩れてこない」


 理由は様々ある。

 落下中に瓦礫と瓦礫がぶつかって、あるいは押し寄せる土砂が進路変更して、落ちてきた木が逆につっかえ棒になって――様々な偶然が連続して、崩落が寧ろ二人を避けているようにも見えた。


 そして、二分後にはしん……と静まり返る。


「崩落の停止を確認。これ以上の危険はないと判断します」

「でもこんな……ここまで崩落に巻き込まれないなんて」

 

 流石におかしい、とコギトも思う。結とコギトのところにまったく落ちてこない確率は明らかに低いはずだ。


「……ニャア」

「フォーチュンキャットを認識。あなた達も無事だったのですね」


 コギトが振り返った時には、フォーチュンキャットが去るところだった。

 を鳴らしながら、『さっき助けた礼だ』と言わんばかりに一瞥して、家族とともに霧のように消えていった。



◆◇◆◇


 跳躍魔術【ショートカット】によってダンジョンの入口に着いた時、疎らに人が集まっていた。


「あ! いた!」

「実物のコギトだ!」


 コギトを見つけるなり集まってくる。


「ありがとう、本当に助かった!」

「今度ウチと一緒にダンジョン配信してもらえないか!?」

「凄かった、君のおかげで愛知は……いや日本は救われた!」


 泣きながら握手を求めてきたり、お辞儀された。自分がどうしてそんな事をされるのか分からなかったし、愛知どころか日本を救ったなんて自覚も無かった。

 でもそうやって言われていると、何だか変な温みがコギトの中に入ってきた。くすぐったい様な、挙動がおかしくなるような、頬まで熱くなりそうな不具合だった。


「……跳躍魔術【ショートカット】を再度発動します」


 気付いた時には人のいない林の中へ瞬間移動していた。


「うわっ、どうしたの急に」

「ごめんなさい。何だか集合した人間を見ていられない不具合が生じたため、一時的に退避しました」

「ははぁ、恥ずかしかったんだね」


 揶揄うような結の目も見ていられず、視線を逸らしてしまった。

 これが『恥ずかしい』不具合か、と学習する。

 どうやら恥ずかしくなると自分コギトは上目遣いになるらしい、と液晶に映った自分を見て思う。


 と振り返っていると、横から結に抱き着かれた。

 掌以上に脈打つ鼓動と、ずぶ濡れだった服を帳消しにするような温かさに包まれた。


「よかったほんっとに……心配したんだから」


 見上げると丁度コギトの頬に液体が滴った。結の涙だった。

 ずっと怖かったと言わんばかりにくしゃくしゃだった少女の泣き顔を見て、恥ずかしさとは違う何かがコギトの中に押し寄せる。


〔結ちゃん……〕

〔確かにコギトが心配だったな〕

〔なんか途中コギトが死にそうで怖かったよ〕


 元の世界ではみんな自分を最終兵器としてしか見ていなかった。

 自分の為に泣いてくれる人なんていなかった。

 自分に為に心配してくれる人なんていなかった。

 

 でもこの世界では最終兵器としてではなく、一人の人間として見てくれている。

 それがコギトは嬉しかった。


「すいません配信中に。いやちょっと……ケルベロスと戦っている間、ほんとに怖くて。家族がいなくなった時のこと、変に思い出しちゃったのかな……」


 視聴者に配慮して離れようとした結。


〔せやで〕

〔あんなん心配になるわ、しゃーない〕

〔結ちゃんがいたから今のコギトがあるんやで〕


「それは間違っている事ではありません」


 だけど配信中にも限らず、コギトも結の手を掴んだ。

 最初に会った時、結がそうしたように。


「泣いていいんですよ。手を繋いでいいんですよ。だから抱きしめてもいいんですよ。それを教えてくれたのは結、あなたです。だから、だから……」


 繋いだ手に涙が滴る。

 結のものではなかった。必死に涙を抑え込まんとするコギト自身のものだった。


「あなたが、あなたが……生きてて……よかった……!!」


 怖かった。

 もう手を握れないかと思った。

 遺骸を抱いて凍える地獄が再開するかと思った。


「コギトが生きててよかった」


 震えながらくっつきあう額は温かった。


〔ありがとう〕

〔言えたじゃねえか〕

〔本当にありがとう。コギト〕

〔あなた達に助けられました。ありがとうございます〕

〔俺も泣く〕

〔美しいと感じるのはなんでだろう〕

〔まじやばい〕

〔いっぱい泣きな!〕

〔二人が無事でよかった〕 

〔忘れるなよ! コギトは日本を救ったんだ〕

〔俺の命はお前に救われた! ありがとう!〕

〔助けられました。ありがとうございます。家族一同〕

〔今日は休め〕

〔二人で仲良くな!〕

〔今日の配信最初から見て良かった。これは歴史に残るぞ〕

〔ありがとう、ありがとう〕


 一つ一つ、流れていく言葉を認識する。

 仄かな灯がとっくに壊れたはずの心に堆積する。

 温水は罅から罅へと染み渡っていく。


 コギトは結に手を伸ばす。結はその手を取り、隣に立つ。

 最後まで着いてきてくれたドローンのカメラをじっと見つめる。


「皆さん、今日はありがとうございました。楽しかったです。次の配信ではもっと楽しくしますので、また一緒に冒険しましょう」


 手を繋いだ先の世界に映る自分は、心の底から笑っていた。

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