第11話 魔術人形、VSケルベロス

〔配信再開した!?〕

〔何があったん!?〕

〔二人ともずぶ濡れ!?〕


「いやー、さっきまでそこの池で遊んでました」


 液晶には困惑のコメント欄が浮かんでいた。


コギトは楽しいを学習しました。これでより良い動画配信を提供できると判断します」


〔楽しいを学習したって何!?〕

〔相変わらず日本語が変で草〕

〔折角同接数が伸びかけたのになんで止めたの?〕


 同時接続数は未だに6000人。配信停止直前には1万人行きかけていた事を鑑みればコメント欄の疑問も尤もだろう。

 実際、コギトの無双を求める視聴者がまだ残っていた。


〔コギトは他に魔術を使えないの!?〕

〔別の魔術を使ってみてくれよ!〕


「はい。コギトは攻撃用の魔術を5種類使うことが出来ます。蠍の超新星フルルビーはその1つです。しかし、その命令に従うことはできません。ごめんなさい」


 頭を下げる。結の挙動から学んだ、日本人向けの謝意。

 配信開始前、二人で今後の方針を会話した。


 重要なのは次の三つだ。

 ありのままのダンジョンを伝える。

 胸に宿った熱さを伝播させる。

 楽しかったことを共有する。

 この三原則の下、コギトはダンジョン配信を続けることで合意した。

 安易に魔物を皆殺しにせず。必要な時だけ排除するに留める。


 しかし新規で視聴する人間達はコギトが暴れるのを楽しみにしている。

 視聴者数の低下は免れないだろう。それも覚悟の上で動画配信を再開しようとした時だった。


〔おおお!! フォーチュンキャット!!〕

〔レアモンスターじゃん!!〕


 沸き上がるコメント欄。コギトも池の傍に魔物の反応を捉えた。

 虹色の猫型魔物。さきほどまでの魔物たちとは雰囲気が違う。

 

 警戒心剥き出しでコギトと結を睨んでいる。

 隠密スキル【かくれんぼ】を貫通している理由など聞くまでも無い。小さな体だが、不可思議なエネルギーが流動している。


「結。あのレアモンスターは大きな脅威になるリスクがあります。早急に排除します」

「……」

「結?」


 結が隣で息もつけない程に驚いていた。

 

「レアモンスターの中でも、全世界で目撃例が数回しかない、幻の魔物……」


〔だよな、最後に出たの10年前じゃね!?〕

〔写真でなら見た事あったけど……配信中は初めてじゃないか!?〕

〔すげー!!〕

〔ドロップアイテムで世界一億万長者になったとか聞いたぞ〕

〔幸運を呼ぶ虹色の鈴だっけ?〕


 視聴者たちも大盛り上がりしている。だがコギトはフォーチュンキャットの脅威性を図るのに集中していた。

 世界で数回しか出現しないということは、それだけ情報が少ないということ。ならば先手必勝で虹色の猫を倒すべきと、兵器としての計算が進む。


「……ニャア」


 魔術を放つ直前、コギトは気付く。

 威嚇するフォーチュンキャットの後ろで、別個体が蹲っているのを。

 更にそのお腹に、小さなフォーチュンキャットが数匹微睡んでいた。


「あれってまさか、フォーチュンキャットの子供……? 赤ちゃん?」


〔フォーチュンキャットの赤ちゃん……〕

〔世界初じゃん〕

〔す、すごい瞬間に立ち会っちまった〕

 

 必死に生きようとする小さな命を、コギトは初めて見た。

 乳を飲んでいるのか、子猫たちは母猫にくっついて離れない。

 父猫は、あの空間を守ろうとしているだけだ。


「……家族だもん。守りたいよね」

 

 結がどこか嬉しそうに、目を細める。


コギトは不具合を認識しました。触れていないのに、あの魔物からは温かさを取得することができます」


 あの空間に、コギトは温もりを検知した。

 それを知ってしまったら、体内を流転する魔力が停滞してしまう。

 結の脅威になるかもしれないのに、最適解を手放してしまう。

 

コギトは、あのフォーチュンキャットを排除することはできません」

「同意。いつか冒険者に倒されてしまう運命かもだけど、それは今じゃなくてもいいよね」


〔でも虹色の鈴を手に入れたら、マジで億万長者になれるぞ!?〕

〔一等地の東京に住めるどころか、日本を牛耳れるかもしれないぞ〕


 どこか惜しそうなコメントを見て、結が首を横に振った。

 

「あのフォーチュンキャットを倒したら、大幸運の代わりに大事なものを失いそうだし」


〔やさしいせかい〕

〔やさいせいかつ〕


 一方コギトは、ここまで元の世界では得られなかった大事なものを得ていた。

 ダンジョンの綺麗さに心躍る熱。池の水をかけ合った透明な楽しさ。生命が生命を守らんとする温かさ。

 それら全てを思い起こし、コギトは心にもない設計外の言葉を口にする。


「結。この世界は、こんなに広かったのですね」

「何悟ってんの。まだ入り口だよ。君はこの世界をまだちょっとしか知らないんだよ」


〔コギトって本当に異世界から来たみたいなことを言うな〕

〔でも少し顔が緩くなったぞ〕

〔アンドロイドの割には感情があるんだよな〕

〔だからアンドロイドじゃないんだって、キッズなんだって〕

〔キッズが何なのかって話なわけで〕

〔いいじゃん。もう子供って意味で。なんか俺はコギトを見守りたくなったぞ〕


 いつしかコメント欄から無双を望む声は少なくなっていた。残った視聴者のコメントを見ていると、何故か胸が擽られるような不具合を得た。これも楽しいというものなのか、結に聞こうとした時だった。


〔おい逃げろ早くそこから逃げろ!!〕

〔ケルベロスが降りてきてる!!〕


 切羽詰まったコメントが見えたのと同時だった。

 コギトが真上に途方もない熱源を認識したのは。



「緊急時に基づき、跳躍魔術【ショートカット】を発動します!」



 結もドローンも、そしてフォーチュンキャットの家族も全て別座標へ瞬間移動を終えた直後だった。

 先程までいた地点が、天蓋から光の柱に呑み込まれた。


「え……?」

「あれは間違いなく脅威と判断します」

「ケルベロスってコメントが……」


 結とフォーチュンキャットを庇う様にして前に立ち、濁流のように降り注ぐ光を睨む。元の世界でもよっぽど相対さなかったレベルのエネルギーを感じる。

 眩かった光が衰退し、巨獣のシルエットが浮き彫りになる。


〔逃げろマジだ!! 高天原タヴーゾーンから抜けてきたんだ!!〕

〔カズキの部屋見ろってそんな暇ないか。とにかく逃げろ!〕

〔えっ、愛知終わりじゃん〕


 コメントを見なくても危険性は十分に理解できる。

 天蓋へ到達するくらいの巨大な体高。漆黒の脚が四つ、狂犬の頭が三つ。そして爪に引っかかっている人間の死骸。

 まるで魔族を滅ぼした、破壊しか知らぬ魔術人形キッズのようだった。


〔足、肉塊ある〕

〔やべえ気持ち悪い〕

〔カズキだけじゃねえよな。警備してた政府直属冒険者のものかも〕


「逃げよう」


 手が繋がれた。しかし今度は前進ではなく、後退するための意志が伝わってきた。


〔そうだ逃げろ〕

〔いや隠れとけ! やり過ごせ!〕

〔コギト知らないなら教えてやる。十終神とわりがみはSランク冒険者でもムリだ。とにかく逃げろ!〕


「あれは無理だよ。逃げよう、逃げよう」


 結の手が震えている。こんなに冷たいのは初めてだ。その顔は少しだけ、自分が殺してきた魔族の最期に似ていた。

 しかし決定的に違うのは、彼女が怖れているのは自分の死じゃなくて、コギトの破壊であった。


「君まで失いたくない。十終神とわりがみに殺されたくない」


〔結ちゃん、十の災いステンピードの災害孤児だからな……〕

〔弟も死んだんだよね〕


 そのコメントを見て、全ての合点がいった。


「……あなたの家族は、死亡していたのですか」


 彼女の部屋に飾られた写真は、遺影だったのだ。

 そうだ。彼女がコギトに向ける目はいつも、弟を見ているかのようだった。


「あ」


 巨獣の駆ける振動。

 既に、二人のすぐ傍でケルベロスが聳え立っていた。

 隕石の如く前脚が振り下ろされる。



「結。ごめんなさい。それはできません」


 鈍重な衝撃が広がった。池が波を起こし、木々が揺れた。

 その中心で、コギトの右手が巨獣の前脚を受け止めていた。



〔は?〕

〔って生きてる!?〕

〔えっ、ケルベロスとパワーで張り合ってる!?〕

〔えええええええええ!?〕


「もしケルベロスを無視した場合、多くの生命が失われると予想します」


 足元に、ケルベロスが殺してきた人間の頭部が転がる。この冷たさは忘れもしない。この冷たさを、人間の命令で量産してきた。

 魔族を殺すことが間違いだと気付いた時には、もう遅かった。


「その生命にも、フォーチュンキャットのように家族がいるのかもしれません。あなたのように弟がいるかもしれません。コギトが知らない『温かい』と『楽しい』があるかもしれません。コギトはもう生命反応の消失を検知したくありません」


 コギトは結の手を振り解いた。

 温かさが失われる。最終兵器としての役割を果たす時が来た。


鷺の星風バードエメラルドを発動します」


 ケルベロスの足元に、緑色の斑模様。


「ゴアアアアア!?」


 プラズマ付きの突風がケルベロスを穿ち、天蓋を突き破って上階へと押し飛ばす。

 コギトも突風に乗って飛翔し、破れた天蓋から同階層へ進入した。


 ここは焼け野原の37階。

 最終兵器に戻ったコギトは、冷酷にケルベロスへ伝える。


十終神とわりがみケルベロス。あなたを排除します」




 この時着いてきたドローンを通して、固唾をのんで見守っていた同時接続数は125万人にも及んだ。

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