第8話 魔術人形、冒険者登録ができない

 結愛用自転車ママチャリの漕ぎ方はすぐに覚えた。


コギト、発進します」

「ちょ、待て、速いって!! わ、わああああ!!」


 荷台の結が驚いて抱き着いてくるほど、速く回してしまったらしい。

 人間の強度ではこの速度には耐えられないのだろうか。そう思考し、ブレーキを掛けようとした時だった。

 

「もっと、コギト、もっと早く!」


 再度振り返ると気持ちよさそうに髪を靡かせていた。


「あれ? ひょっとして楽しいのは、私だけ?」

「説明を求めます。楽しい、とは何ですか?」

「ん? 熱くない? 今君の胸さ、すっごい熱くない!?」


 そもそも速さに上下するような感情を、魔術人形キッズは持ち合わせていない。

 けれど、何だか胸が熱い。

 ペダルを回す脚に、設計外の力が入ってしまう。

 

「はい。コギトは何故か熱さを感じます」


 背中で結が笑い声をあげる度、知らない世界が人見知りせず流れていく度、魔術人形キッズは体中が火照る。

 

「私も熱い!!」

 

 その感情を楽しいと呼ぶことも。

 この光景を青春と呼ぶことも。

 コギトが知るのは、もう少しだけ先の話になる。


「着いたよ役所!」

 

 コギトが到着したのはダンジョン――ではなく、前段階の役所だった。

 役所内の迷宮管理課、通称ギルドに用がある。


「冒険は冒険者登録から始まるからね!」

コギト、冒険者登録を始めます」



=========

 

 

「冒険者登録できませんでした。コギトの冒険はここで終わってしまうのですか?」


 淡々と話すコギトだったが、胸が重く感じた。

 魔族を屠った時とは別の冷たさが、全身を襲った。


「まあダンジョンに入れない事はないよ。ただドロップアイテムの換金が出来なかったりとか、権利が制限されるだけ」

「戸籍登録をすることは出来ないのですか?」

「異世界から来た子を戸籍登録って、例外過ぎて話が進まないと思う」


 と考える結だったが「後で考えよう。ダンジョンに入れないわけじゃないし」と再び荷台に乗った。

 コギトも同意し、サドルに座って再度漕ぎ始めた。長久手ダンジョンに向かい始める。

 

「んー。ただ戸籍登録が出来ないと、他にも弊害が出るのよね」

「どのような弊害が出るのですか?」


 後ろで髪をたなびかせながら、うーんと結が考える。


「例えば学校に行けなかったりだとか?」

「学校とは貴族が、学習のために通う場所と定義されています。結は貴族だったのですか?」

「んな訳。学費のため、ダンジョン配信とかバイトとかで四苦八苦の日々っすよ」


 結はダンジョン配信と掛け持ちで、喫茶店でバイトもしているらしい。彼女は空いてる時間を、全て生きるために使っている。

 結の為に何とかしたい。そんな不具合が込み上げてきた。


「そんな顔しないでよ。私もやりたくてやってるんだから。それに高校も楽しいよ!」


 高校という場所でも、結の助けになりたい。


コギトも結と同じ、高校というところに行きたいです」

 

 でもその為には、コギトという名前が戸籍に登録される必要がある。日本人として、即ち人間として認められる必要がある。


(ならば、結たちはどうやって人間になったのでしょうか。魔術人形キッズはどうやって人間になるのでしょうか。心と定義される不具合があるだけでは駄目なのでしょうか)

  

 心という不具合を得て、改めて思い知る。

 ああ。コギトは、人間ではないのだと。


「……コギトは、人間になりたいです」


 山道を漕ぎながら、魔術人形キッズは落ち込んだ。すると温かい両手がコギトの両肩に触れ、励ましてくれた。

 

「じゃ、これが人間の一歩目だね。着いたよ!」


 起こされるような声で見上げると長久手の山林を背景に、天高く聳え立つ巨大な柱があった。

 これが長久手ダンジョン。空に続く道のようにコギトには感じられた。

 

「物凄いタイミングよくてね。レアイベントってのが起きてるの」

「レアイベントとは何ですか?」

「ダンジョンが変化するの。普段じゃ見られない景色になってる。更に普段は異空間に住んでるレアモンスターってのも出てくる」


 理屈はよう分からんけどね、と両肩を竦めながら結がスマホを操作する。

 液晶には、ダンジョン庁提供の長久手ダンジョンの解説が記載されていた。

 

 長久手ダンジョンは全50階層。

 中層にあたる37階まではCランクでも攻略可能。だが38階層以降はAランク以降で無くては攻略許可が出ない。つまり、38階層以降はミノタウロスのような危険な魔物が出るわけだ。

 しかし攻略可能、というだけで中層も油断はできない。特にレアモンスターの中にはSランクの冒険者でなければ太刀打ち出来ない怪物も出てくる。それが1階に突如出現する事もある。

 

「頂上に高天原タヴーゾーンとあります。これは何ですか?」

「……レアモンスターの中でも最上級のヤバい奴ら、十終神とわりがみが居座る異空間……レアイベントの時だけ高天原タヴーゾーンと連結することがあるの……! 」


 スマホを握る結の手に、明らかに不必要な力が入っている。


「結?」


 声をかけると、強張っていた結の顔がいつもの調子に戻った。

 結も、こんな冷たい顔をする事がある。コギトは少しだけ知りたくない事を知った。

 十終神とわりがみ。『レアモンスターの中でも最上級のヤバい奴ら』、以上の情報が恐らく結にはある。

 また凍り付いた顔になってほしくない。そんな配慮が、追及を断念させた。


高天原タブーゾーンが発生したら中央政府が派遣した冒険者しか行っちゃダメなの。だから私らには関係ないかな」

「はい。分かりました」

「今回は37階まで配信するよ。意外と距離あるからね。場合によっちゃダンジョン内で野宿かな。じゃ、配信始めるけど準備は大丈夫?」

「肯定します。コギトは昨日、あなたから渡されたスマートフォンで、視聴回数100万以上の動画を25本見ました。バズる傾向は分析済みです」


 えっ? と結の顔が引きつる。


「もしかして昨日寝てないとか言わないよね」

「肯定します。コギトに睡眠は不要です」


 魔術人形キッズは夢を見ない設計となっている。

 だが結には、まだ魔術人形キッズという人工物の仕組みに慣れない所があるらしい。

 

 結の準備が終わり、ドローンが羽ばたく。

 搭載したスマホに配信画面が映る。


〔お、始まった!〕

〔いつもより10倍くらい視聴者数いねえか!?〕

〔いや寧ろコギトもいるし、もっといるもんだと思ってた〕

〔結ちゃん生きてる? 鯉みたいになっちまった〕


「2000人って……いつもは200人なのに」

「バズってます。これは理想的な状況です」


 結は口をパクパクさせていたが、コギトは肯定的にとらえていた。

 右下の同時接続者数。これが増えることが、バズりへの一つの指標になる。

 コギトの役割冒険とは、バズらせながら結を守る事と定義していた。

 

「あ、えっと、皆さまおはようございます! 初めましての方は初めまして! 今日はコギトとの初ダンジョン探索になります!」

「視聴者さん。コギトと結はこれから長久手ダンジョンを冒険します。レアイベントが発生している情報があり、みんなが満足できる内容を提供できる可能性が高いです」


 事前に示し合わせていた通り、コギトも配信者として話した。

 しかし魔術人形キッズの言葉は、どこか機械的に映っていた。


〔コギトはさん付け部分に成れてない感じやな〕

〔英語をGoggle翻訳した喋り方ね〕


 その後、結が動画配信の方針を話した。

 38階以降は安全上の理由から登らない事、最上階は高天原タブーゾーンとなっているため近づきさえしない事。

 37階までをいつものように秘境巡りする事。レアモンスターには気を付ける事。

 結が話している傍ら、コギトは早速魔術人形キッズの性能を発揮していた。

 

「では1階ずつ登っていきましょうね。レアイベント中、どんな現象が発生するのか。そんな秘境巡りを今日はしていきたいと思います」

「探知魔術【ミーツケイター】を作動中。ダンジョン37階までの構造をインプット中……完了」

「コギト?」


 散布した魔力の反応で、37階までの地図がコギトの中に出来上がる。

 次にやる事は、目標である37階に到達する事だ。


「1階ずつ登る手法で目的地になかなかたどり着かない場合、視聴者さんが退出する傾向がありました。そのためバズるには過程をできる限り排除する必要があります」


 結は1段1段登ろうとしているが、それでは非効率だ。

 なら最初から37階に到達しておけばいい。

 魔術人形キッズが織りなす、無駄冒険のない最適解が始まる。


「これより37階へ移動します。跳躍魔術【ショートカット】を発動します」

「へ?」


 ダンジョン37階(平均到達時間18時間)に、10秒で到着した。

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