第9話 魔術人形、たった一つの冴えたバズり方

 ダンジョン内なのにまるで森だ。豊田第1ダンジョンの殺風景とは真逆の大自然が広がっていた。室内なのに屋外にいるような矛盾は考察に値するところだが、コギトにとっては優先度は低い。


 コギトの最優先事項はたった二つである。


「うん待って。すごく待って。今もしかして私達37階にいるの?」

「肯定します。これが最も早く目的地37階に辿り着ける手段です」


〔ちがうコギトそうじゃないww〕

〔まずワープできることがおかしい〕

〔ってかダンジョン構造を完全に理解しているってどういうこと?〕

〔だよな。レアイベントのダンジョンって通常と違うはずなのに〕


 まず隣で呆けている結の生命を守ること。

 そしてダンジョン配信を成功させること。

 初めてのダンジョンで、魔術人形キッズにはこの二つしか頭になかった。


「えっと……コギト、あのさ」

コギトは視聴済みの30の動画より、動画配信を成功させるプランを構築済みです。そのプランは最も結の安全を確保したものとなります」

「ぷ、プランって何……?」


 結の絶句はコギトには見慣れた光景だった。初めて魔術人形キッズを見た人間は、こんな風に現実離れした顔を見せる。

 少しだけ元の世界に戻った感覚になる。胸の部分が冷たい、と感じる。だが結が幸せになるためなら、コギトはプラン通りに動画配信をすることを辞さない。


「視聴者さん。探知魔術【ミーツケイター】の結果、本階層には158体の脅威が存在します。これより本階層に存在する脅威を一分で排除します」


〔えっ?〕

〔ちょっと待って、これって秘境巡りじゃなかったの!?〕

〔完全にプラン崩壊してるじゃねえかw〕


 夜通しランカーたちの配信動画を分析した結果、圧倒的なスキルを用いた魔物討伐がバズる傾向にあることが分かった。Sランク冒険者が強靭なレアモンスターを討伐したり、群がる魔物を一掃する景色にオーディエンス達は熱狂していた。

 だから派手な魔術で魔物たちを『無双』すれば、同時接続者数は膨れ上がる。コギトはそう計算していた。


「ちょ、ちょっと待ってコギ……え、光って……」

「問題ありません。この光はあなたに実害を与えません」


 輪郭が紅に輝く。

 光の正体は魔力だ。


 魔術人形キッズは心臓部の永久機関から魔力が供給される。コギトに至ってはダンジョン一つ簡単に滅ぼせるほどの魔力を無限に創り出すことが出来る。

 なお一方供給の際に漏れる魔力は、人間に影響を与えない設計になっている。人間に実害を与えない。その原則の下コギトは創られた。


 そして、魔力が集約した結果生まれるものがある。

 かつて魔族を灰に帰してきた、朱色の斑模様魔法陣だ。


「探知魔術【ミーツケイター】により、ダンジョン内に存在する158体の脅威全てを捕捉」


 見開かれた瞳が朱色に輝く。

 その瞳には、位置的に見えるはずのない158体の位置全てが格納される。


蠍の超新星フルルビーを連続発動します」

 

 魔法陣から全てを滅ぼすバズり守る為の砲弾が解き放たれた。

 ダンジョンを、緋色の流星が余すところなく照らす。

 

〔えっ〕

〔は?〕

〔なんだよこの炎!?〕

〔ミノタウロスの時の比じゃねえ〕

〔やべえええええええ〕


 飛び交う158の曲線はぐにゃりと交差しながら、遠くの魔物へ着弾する。

 連即する大爆発。拡散する焔の中、魔物が消滅していく。


〔今レアモンスターのサイクロプスいたよな〕

〔Sランクの魔物じゃねえか〕 


 順当に脅威が消えていく。強力な熱源だった一つ目の巨人も粉砕された。

 だが魔術人形キッズに油断という概念はない。完膚なきまでに脅威が消えうせるまで、指揮者のように隕石の焔玉をダンジョンへ叩き落とす。


〔魔物がゴミのようだ〕

〔もう世界の終わりじゃねえか……〕


 燃え上がる地獄。

 コギトには日常と変わらない当然の景色だった。

 最後の一体の死亡を探知魔術で理解する。


「魔物の生命反応消失。これより蠍の超新星フルルビーを停止します」


 終演の合図の如く右手を閉ざす。四方八方、全ての火が煙になって消えた。


〔え、鎮火した?〕

〔なんでもありすぎるフルルビー〕 

〔コギトは高天原タブーゾーン行っていいんじゃないかな……〕

〔もう全部アイツ一人でいいんじゃないかな〕

〔戦争みたいじゃねえか。コギトが兵器にしか見えない〕


 結果、37階には脅威は居なくなった。炎も無くなった。

 焼け野原なダンジョンには、敵意が少ない魔物のみ。

 その魔物たちもコギトを恐れ、視界に入る度に隠れていく。


〔普通に汗が出た〕

〔コギト凄すぎる。どの冒険者も敵わないだろ〕

〔やっぱり兵器じゃないか〕

 

「結。これで本フロアから脅威は排除されました。また、同時接続数の増加を認識しました」

 

 更に同時接続数も2000人から5000人に増加している。

 回数を重ねていけば『バズる』状態になる。


 結の命を守れた。

 そしてダンジョン配信を成功させた。


〔やっぱりコギト、最新型のアンドロイドだったのか〕

〔ほかに魔術はないの!?〕

〔これが戦争に出たら、マジで敵兵全部殺しそうな兵器になりそうだよな……〕

 

 【兵器】。その言葉を聞いても、コギトは平気だ。

 結がこれで温かくなってくれるなら、どんな不具合も我慢できる。


 きっと、結は喜んでるはずだ。

 魔術人形キッズは純粋にそう思い、結の顔を見た。


「結?」


 どうして結が思い悩む顔をしているのか、コギトには分からなかった。

 

「――すみません。視聴者の皆さん。ちょっとだけ配信を停止します」


 どうして結が配信を停止してしまったのか、コギトにはまったく分からなかった。


「結? 今視聴者さんの数は伸びています。配信を停止することは、間違っています」

「ごめん。もーちょい事前に足並みを揃えておくべきだった」

「……結。もしかしてコギトは、やり方を間違えたのですか?」


 もしかしたら何かやり方が間違っていたのかもしれない。

 一度考えだしたら、胸の部分が冷たくなってきた。魔族を殺した時や、魔術人形キッズの破壊を見届けた時に生じる不具合だ。


 結に嫌われたくない。そんなノイズが自律思考を濁らせる。

 役に立たなかった魔術人形キッズに向けられる苛立ちの顔。それを思い出すと、もう目をそらすしかなかった。 


魔術人形キッズには修正機能があります。だから教えてください。コギトは何を間違えたのでしょうか」


 落ち着いてと言わんばかりに困った笑顔で諭してきた。

 

「ねえコギト。ダンジョンの冒険は楽しい?」



◇◆◇◆


 生きている間に、ここまで筆舌に尽くしがたい景色を拝めるとは思わなかった。

 しかも同時接続数が飛んでもない事になっている。コメント欄はいつもと違って、更なるコギトの無双を求めていた。このままいけばランカーたちの仲間入りだったかもしれない。


(でも、それは違う)


 だけどコギトが放つ魔術に負けてはいけない。

 そう思い、結は配信を停止した。


 配信を停止した理由は、『秘境巡りのプランが台無しになったから』ではない。ダンジョン探索はアドリブの連続で、思い描いたプランにならなかった事なんて結には幾らでもあった。

 ただ、このままではコギトが駄目になる気がした。


『説明を求めます。楽しい、とは何ですか?』


 確か自転車で二人乗りしている時、コギトはそんな風に聞いてきた。


(きっとコギトは本当に楽しいことをしてこなかったんだ。だから楽しいが何なのか分からなかったんだ)


 そもそも人工物に楽しい楽しくないの概念は相応しくないのかもしれない。だがコギトは哀しいと涙を流すことが出来たのだ。それならば楽しいと笑うことだって出来たはずだ。


 少なくとも、焼け野原を背にするコギトは楽しくなさそうだった。

 まるで流れ作業のようにダンジョンを爆撃し、魔物達の命を奪い去った。どこにも冒険なんて無い。蠍の超新星フルルビーを発動する赤い瞳は、折角の美しいダンジョンを全く見ていなかった。

 そんなの、まるですべてを破壊するために創られた最終兵器じゃないか。


『コギトは、人間になりたいです』


 来る途中、そんなさみしい事もコギトは言った。

 なのにコメント欄には兵器という言葉が見え隠れする。

 折角近い仲間になったのに、このままじゃ人間から外れて遠い存在になる。


(コギトを、都合のいい兵器にしちゃいけない)

 

 だからバズる事よりも優先して。

 だから自分の身よりも優先して。

 配信を中止して、自分からコギトに近づく。


魔術人形キッズには修正機能があります。だから教えてください。コギトは何を間違えたのでしょうか」


 親の言いつけを必死に守ろうとするような、小刻みに震えた困り顔。

 よく弟もそうしていた。その度に庇った。少し楽しかった過去を思い出しながら、小さく笑って尋ねる。

 

「ねえコギト。ダンジョンの冒険は楽しい?」

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